ゴールデンウィークの頃にエントリーが始まる新潟シティマラソン。9月の佐渡トライアスロンAタイプに出走することを決めていたので、秋のローテーションは例年よりもハードになるだろうと予想し、もしスキップするならここかなぁなんて思いを巡らすこともあったけれど、地元開催で参加しないのは淋しいので申し込むことにした。
レースへの気負いがまるでなかった。佐渡A完走のあとのリカバリに重きをおいてシティの対策練までは間に合わなかった。とは言え12月に那覇フルマラソンは控えている。今の実力の有り様を把握するつもりで臨む。
大会当日。予報通り天候に恵まれる。日中の陽射しは強くなるだろうと予想し、佐渡と同じ装備で臨む。
相変わらずのトイレ渋滞により、しっかり後方からのスタートとなる。後に判ったのだが号砲からスタート地点通過まで6分掛かっていた。グロスタイムに執着はないけれど、トイレの拡充はなんとかならないものか。佐渡トライアスロンもトイレ渋滞していた。建築資材の供給の問題やコスト高騰は理解できなくはないが、優先順位を下げるところではないと思うのだが。
さて、レース邂逅。入りの1kmは6分30秒。道路の幅員とランナーの密度で3、4kmあたりまでは身動きが取れなかった。時折気持ちがざわついたけれど、それ以上に気になっていた左脚の腱膜炎や腰痛をなだめるのを優先した。鳥屋野潟周辺を過ぎると幅員が広くなり、おかげで周囲のプレッシャーから解放される。5分50秒/kmを切るぐらいのペースで進むことができた。
信濃川沿道から万代シティ、そして新潟市の象徴である萬代橋に差し掛かる。眼前には街へ切れ間なく続く色彩豊かなランナーの躍動が展開している。なかなかお目に掛かれる光景ではない。また左手にはパイロンを隔て、ユニバーサルランの選手が走っていて、かれらの姿におもわず見惚れてしまう。この一帯こそザッツ新潟シティマラソンの絶景ではないかと思った。
古町の十字路で折り返し、再び信濃川に戻るところで10㎞ファンランの選手らに別れを告げ、ぼくらフルを走るランナーは港トンネルへ向かう。周囲からは陽の強さ嘆く声を耳にする。午前の早い時間にかかわらず力のある光線が降り注いでいた。エイド給水を掛け水にしながら身体の熱を下げる。
このマラソンの難所として挙げられる港トンネルは気遣いが必須だ。ぼくは上り下りに応じ、歩幅とピッチを変えて進むことにしている。リズム重視である。
周囲がペースダウンすると変わらずに走っていてもペースを上げて走っているように感じてしまい、視界が暗くなることも手伝ってペース感覚が掴みづらくもなる。下りは四頭筋へのダメージを避けるため自制する。頑張りすぎず淡々とリズムよく進むことを心がけている。
トンネルを抜けた束の間、日和浜駐車場で応援隊のYさんを見つけ手を振った。このあたりから旧双葉中学の路地までそこそこの坂を上る。ここは歩幅は狭くてかまわないので小気味よくステップを踏むイメージで駆け上がる。
青陵大学、西海岸グラウンドと海岸沿いのお馴染みコースを進み、通称タコ公園から関屋分水25km地点に到達。そこでは満面の笑みをたたえた審判長殿がいらして、こちらも自ずと笑顔になった。タッチで挨拶を交わす。ふと時計をのぞくとほぼ予想通りだった。
青山の防砂林を突っ切る直線は、知人らとエール交換のできる盛り上がるポイントだ。何人かと言葉を交わし、先に行く彼らの背中に追いつかんと歩を進めた。すると折り返しを過ぎあたりから、どういうわけか楽にペースが上がる。練習では常々意識を回すポイントがあるのだが、それぞれが上手くやれていた。いま振り返ると、ここがもっとも気をよく走れた場面だった。この調子なら最後まで押し通せるかもしれない。そんなあまあまな期待を抱きながら気持ちよく30kmを通過した。
すんなりとはいかないもので信濃川の土手でアクシデントが起こる。前方のランナーを交わして左に寄ったところで、つまずいてしまい派手に転倒してしまった。幸い、柔道の受け身の前回りを取って、くるんとひと転がりして直ぐに起き上がることができた。レース中に転ぶなんてそうはない。中腰になり膝に手を置いて大きくひと息吸って、ヨシっ!と掛け声と共に走り出したが、右膝が痛んだ。調子に乗って飛ばした報いだろうかと反省した。
しばらくいくと再び応援隊のYさんがみえた。私設エイドを開いていた。もちろん脚を止め、ついさっき転んちゃったんだよーと、こぼしながら冷えたコーラの施しを受ける。コーラ以前に彼女の笑顔で元気が出る。
32kmの給水エイドを過ぎたあたりからなんとなく怪しくなる。そして、後半の補給名物の桃太郎アイスがトリガーになる。氷菓を味わうことを言い訳に歩いた。それはそれで心持は悪くなかった。がむしゃらに向かうのは大切だけど、こういう楽しみもあるのだと知った。
35kmを通過、土手を下りながら折り返すポイントだ。ゴールまで残り7km。一旦走ることを諦めた。そこからは時計を確認しながらグロスで4時間半でゴールできるよう調整をはじめた。走っては歩くの繰り返しだ。
平成大橋から美咲の土手、そして最後のエイドで佐渡のリンゴジュースにカップごはんを補給して本川大橋へ。橋の途中でへたり込む選手の周りに何人かの人が集まっている。横目で見ながら大事はないようで安心する。
ぼくもへたりこむまではいかなかったけれど、走る足はほとんど残っていなかった。気持ちはある。が、走り出しても長くは続かずに脚が止まってしまうのだ。歩いては走りを繰り返しながら、なんとか陸上競技場に辿り着く。
ぼくもへたりこむまではいかなかったけれど、走る足はほとんど残っていなかった。気持ちはある。が、走り出しても長くは続かずに脚が止まってしまうのだ。歩いては走りを繰り返しながら、なんとか陸上競技場に辿り着く。
目に飛び込んだ公式の時計表示は4時間28分台。最低限ではあるが安堵する。なんだかんだで小さなプライドを捨てきれないのだった。
ゴールはネットで4時間23分、グロスで4時間半。今回のような参加の仕方も悪くはない。次は伊是名88トライアスロンを経て那覇マラソン。そこで35㎞以降やれるのか。その辺りをフォーカスして、やってみようか。(了)