2019年4月28日日曜日

トレ☆レポ19.4.22〜4.28

 宮古島から戻ってきた翌日(火曜日)から通常モードで復帰したのだが、その日から体調を崩す。鼻はグズグズでなんだか熱っぽい。
 人は気温の低い方に移動したときが、体調変化のリスクに晒されるものなのだ。で、結局この鼻風邪は今もって治らず、ずっと引きずっている。そんな体調不良もあって十分すぎるほどオフ日を得ているのだが、トレに対する心の熱量は高く、アイテムを購入したり、筋トレの追加メニューを考えたりと、次のためのステップアップを練っている。どれもこれも宮古島対策中に気が付いたものを実行に移しているのだが、次の本命レースまでには十分な期間があるので、移行期間の今は、筋力アップや基本スキルを見直すようなトレーニングを積むにはちょうどいい。

 水曜日、ようやくバイクが帰ってきた。今回のバイク輸送は、往復でそれぞれ10日を必要とした。相棒が戻ってきたみたいで嬉しい。掃除とメンテをして、いつもお世話になっているショップにお礼がてら宮古島のボトルを持って顔を出す。これでやっと全てが完結したような気になった。
 そこで改めて。宮古島の経験は時間経過ともに特別な出来事としてぼくのなかで熟成されて、完走できたことは心の拠り所のひとつになっている。
 腕や手の甲に残る日焼けの跡は、宮古島で得た確かな印で、それらを見ながら胸を張らずにはいられない。いつか人生を振り返るとき、欠くことのできない出来事として語るに違いないが、その時、ボイルされた記憶の中で残るレースの詳細が何であるかとても楽しみだ。

 さて。今月一杯でエントリーを締め切る「酒田おしんトライアスロン」は見送ることにした。トラデビューしてからずっとエントリーしていたレースだけに、断腸の想いというのは大袈裟だがそれなりに未練はある。が、もっとやりたいことに資本を注ぐことにした。酒田おしんよ、また、いつか…。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニングなど  ※ ※ ※ ※ ※
22(月) 筋トレ(WT50),ジョグ 1h未満
23(火) レスト
24(水) 筋トレスイムドリル,トレミ 1.5h程度
25(木) 自宅トレにて筋トレ、バイクSIT×4本 1h
26(金) レスト
27(土) 筋トレスイムドリル,トレミ 2h程度
28(日) AM ロード16km 脚に任せてアップと10km走。残りはジョグ。
   PMサイクリング 併せて2.5h程度

【4/28トレーニング(km) …Swim9.0  Bike613 Run151】

2019年4月22日月曜日

宮古島の考察と余韻。トレ☆レポ19.4.12〜4.21

 宮古島トライアスロンへの挑戦を決めてから、ずっと意識してトレーニングを積んだのだが、果たしてどれだけ有効な練習ができていたのだろうか。これからのトレーニングメニューを組み立てるために、大雑把だがトレについての気付きをまとめる。

1.パワーアップを確信できたのはバイク
 たとえば東平安名崎までの向かい風の道中、またそこを折り返してからの上野の連続する坂上りで余力を持ちながらペダルを踏めた。新潟の冬季はなにかと制限されるので、筋力アップすべき部位を絞ってウェイトトレーニングを取り込んだ成果ではなかろうか。
 屋外でのバイク練は3月中旬以降。100km走をレース直前週と3週前の祝日に2度やった程度。バイク練と言えば専ら固定ローラーのペダリング。つまり固定ローラー+デッドリフトで脚を作ったというワケだ。

2.模擬練ブリックランが有効
 先に述べた100kmバイク練の直後、中距離ラン(15km程度)で5時間ほど体を動かした。レース1ヶ月以内で複数回やれたのは効果的だ。バイクからランの入り方、実践的に補給を組み込むことで思わぬ発見も得て、実際のレースでは摂る頻度、スペシャルドリンク設置など考察を生かすことができた。直前週の強度を下げたブリックランは直接効いた。これは佐渡で好タイムを出したときと重なる。

3.レース1ヶ月以内のフルマラソン出走
 このフルマラソンは残念ながら上手くいかなかったレースではあったが、ここをマイルストーンとしつつ、レース前後のラントレの内容を変える。ランの練習量が少ないように感じる中、4時間近く身体を動かしたことはラントレの精神的な支えにもなった。
 またこのレースを境に、疲労ケアをする期間を挟み、宮古島まえにひと山ピークを作ってから本番に向けテーパリングをした。1ヶ月前というのタイミングは絶妙だった。

4.無理せずにトレーニングを休む。
 全体的にものすごいトレ量をやった覚えはない。特に体調を崩した2月前半、佳境を迎えた3月のトレ合計量(距離)に目立った数字はない。むしろ少ないようにも見えよう。数字を積み上げる拘りは全くなかったとは言わないが、ほとんどなかった。
 しっかり意識したのは1回あたりの継続時間と強度であり、たいがい通常2時間のトレーニングで、時間が作れる時はそれを上回るようにした。いつものことだが連休も作ったし、調子が悪い場合はアクティブレストとして30分〜50分以内に留めた。
 普段より頑張ったことに違いないが、あくまでも可能な範囲に留めた。

 今回の宮古島エントリーからフィニッシュに至るまでの経験は、僕にとってとてつもなく大きい。トレーニングは元より、あらゆるものにフィードバックして、僕のマインドを、大袈裟に言えばこれからの生き方に影響させることも可能ではないかと思う。後者はさて置き、まずはそれぞれの種目のトレーニングを見直して、もっと強くなりたい。

 最後に。宮古島で言葉を教えてもらった。
「わいどー」は、がんばれ。その「わいどー!」に対して返す言葉ってなぁに?と尋ねたところ「あららがも」と教えられた。
 なにがなんでもやり抜いてみせる、ど根性!そんな意味らしい。
 あららがも、である。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニングなど  ※ ※ ※ ※ ※
12(金) レスト 宮古島へ出発
13(土) 宮古島サイクリング60km、ロード5km
14(日) 宮古島トライアスロン スイム3.0km,バイク158km,フルマラソン完走
15(月)~19(金) レスト5日間

20(土) AMバイク2H 気分良く
           PM WT50kg,Reスタート&メニュー追加の筋トレ
                 パドル,フィン使用の試泳、トレミでジョグ
21(日) AM 脚慣らし程度にロード10km
           PM スイムドリル1,000m+α

【4/21トレーニング(km) …Swim9.0  Bike390 Run120】

2019年4月16日火曜日

第35回宮古島トライアスロン 感動編(2019.4)

 宮古島トライアスロン、それは夢のような1日だった。
 宮古島人にとってトラ開催日は島を挙げての一大イベントだ。島の人口が最大になるのはこの日だとか。
 「ワイドー」(頑張れ)の掛け声が、街のそこいらじゅうから聞こえてくる。名前で声援をいただいたのは数え切れない。宮古島はもちろん、伊良部、池間といった海を渡る橋を通るそれぞれの島でも、それはもう大盛り上がりで住民が迎えてくれる。
 そして何より、ゴールの盛り上がり方が素晴らしい。衣装を纏った子供たちが、ゴールする選手につき「ワイド、ワイド」と小気味よく太鼓を鳴らしながらフィニッシュまで付いてきてくれる。これは何かの神話や伝承の一部が由来しているのだろうか。

 また選手に同伴者がいる場合は、横断幕、花束、もう様々なアイテムがゴールに飛び込む選手に贈られる。
 パーティーで意気投合した沖縄のトラチームTETI(テチ)の同伴ゴールをお手伝いすることができた。キャプテンとぼくの2人で幅3メートルほどのチーム横断幕を広げ、選手の背後について同伴ゴールするのだ。さっきまで選手として出場していただけに光栄なことだ。
 ある選手の同伴ゴールのその途中、突然年配の女性が選手に駆け寄り、ご祝儀袋(花代)を渡すではないか。その選手の同伴者はお父上だったのだが、ゴールに駆け込んだ瞬間、「今日は俺が奢るから、全部任せろ」って、お父さん、かなりの興奮っぷりでお話をされている。島の言葉だったので大半はわからなかったけれど・・・。
 なにこれ、そんなの今までみたことない!
 トライアスロンのフィニッシュにこれだけの熱くなれる選手以外の人達がこんなにもいるなんて。とにかく地元選手のフィニッシュは盛り上がる。見ているこっちもワクワクして、楽しくなっちゃうほど。
 この感動フィニッシュにも参加させていただき、応援する側としても大会を楽しむことが出来た。また参加したい大会のひとつ、訪れたい場所となった。宮古島はオンリーワン。
 …そして、ぼくの初ロングトラ完走に至るまで、関わったすべての人々に感謝します。
 ありがとうございました。

地元選手のフィニッシュ

選手フィニッシュのひとこま。

※第35回宮古島トライアスロン 10時間41分にて完走。

第35回宮古島トライアスロン 当日編(2019.4)

 AM5:20分、スイム会場にバスで到着する。明け方の外は暗く土砂降りの雨。預けたバイクはカバーを掛けているので心配はしていないが、そもそも雨を想定していないので自分が雨を凌ぐ手段がない。そこでウエットスーツにスイムキャップを被り準備開始。体も冷えないし具合はいい。
 この雨を受けて一部ではデュアスロンが囁かれていたが、AM6時トライアスロン実施の宣言がなされ、会場には歓声が沸いた。ぼくは、あたりまえに開催されると思ったのでそれに意表を突かれたような気になる。確かにヒドイ雨だしな。運営もぼくらと同じように、ひとつひとつ物事に対峙し判断をしているのだなぁと思いながら、準備をすすめた。

 スイムは1,500名の一斉スタート。自分の泳力を考慮してスタート位置を取るのだが、たとえば、泳力指標となるスイムアップタイムを示すプラカードがない。頼りのアナウンスも雨のせいで機器にトラブルが生じ拡声器を通じて行われるが、浜の真ん中にいたぼくはほとんど聴き取れなかった。そうこうしている間に7時15分、ぼくはいつものスタートのルーティーンを行いながら水辺へ歩き出した。
 とにかくバトルがすごい。ぼくがいたところがまずかったのかもしれないけれど、まぁ大変。コース幅もそう広くないせいもある。ぼくにとってOWSは今年初なワケで、幾度となく手を休めフロートを余儀なくされる。今までの経験したバトルでは一番。宮古島に出場するならバトル対策をした方が良い。今回は沈めなかったけれど2度沈められた。
 (スイムアップ 1:00:15)

 トランジション、バイクパートへ。「To Swim Finish」とプリントされた袋に、あらかじめバイクに必要な道具を入れておく。スイムアップ後、それを所定のラックから取り、道具を取り出したあと、スイムで使ったウェットやら何やらを袋に突っ込んで、バイクラックへ向かう途中、待機するスタッフに渡す。
 このとき、ぼくは袋に入れた道具を通路にぶちまけてしまった。タイムロス云々より、後方の方々にご迷惑を掛けましたこと、この場を借りてお詫びします。

 バイクスタートは土砂降りだったが、ぼくにとって叩くような雨粒は発奮材料なのでまったく気にならなかった。
 市街地を抜ける頃には晴れ間が広がる。空が青さを取り戻していくと同時に、露出した背中や肩がジリジリ焼けるのがわかる。これは!と思いエイドではかけ水をオーダー。するとエイドの子供達のボトルの受け渡しが絶妙で速度を落とさず受け取ることができる。即興の連係プレーが決まったみたいになり力が湧き出る。きっと彼らは練習しているのだろう。エイドの彼らの動きは賞賛に値する。
 伊良部大橋、池間大橋と海上の橋をバイクで走るのは最高の気分だった。思わず声が出る。風向きは、概ね行きが追い風で戻りが向かい風。35mmのリムは風の影響は全く気にならない。
 池間から東平安名崎(ひがしへんなざき)灯台まではひたすら向かい風。これにちょっとした坂が加わるとツラい。レース後に教えてもらったのだが、この区間の向かい風は恒例らしい。ぼくは前乗り気味でペダルを踏みながらデッドリフトでハムを鍛えた効果を感じずにはいられなかった。
 2周回目、140kmを過ぎたで再びアゲインストの風を受けることになるのだが、ここは随分としんどかった。が、そこはムリをせず、多少速度が落ちてもを体力を消耗しないようにペダルを踏んだ。それでも13時30分頃にランに入れる目算が立ったので気持ちは上がった。
 (バイクアップ5:09:20)

 そしてラン。絶対に歩かない、そう決めて臨んだ。
 競技場を出たすぐのところにエイドがあり、俵おにぎりをそれぞれの手に持って無理矢理に喉に通す。そこから1kmほどある下り坂の惰性を利用してランの動きを呼び戻す。
 事前のアドバイスもあり、ランの入りはゆっくりと決めていた。追い抜かれる度に不安になったがマイペースで、余力を持ってキロ5分の後半、あるいは6分に近い速度で、何かのタイミングでペースを上げらればと機会を伺うようにして市街地を抜ける。前半は案外と余力を感じられたので、これならイケるかもと楽観的だった。
 コースは緩やかなアップダウンの繰り返しだった。曇り空から時折、強い陽が射す。日焼けした身体が火照るので、エイドでは氷水をたっぷり含んだスポンジとスポドリを受け取った。途中、スコールがこないかなぁと雨乞いをしたが、残念ながら叶うことはなかった。
 折り返し(ハーフ)は2時間12分。ペースアップできるほどの余力はなかった。そこから確か23、4kmあたりだった、頭痛と吐き気を覚える。熱中症だ。状態が酷くならないことを願うだけだった。また、ちょうどそのあたりに急勾配の上り坂があり、絶対に歩かないと決めていたので、そこは意地でも歩かなかった。振り返ればこのレースで我を通した唯一の場所だったかもしれない。
 30kmを越えてからはスポンジとコーラで繋いだ。用意した既製品の寄せ集めのスペシャルドリンクが精神的な頼り綱になり、実際、弱った身体に効いた。
 残り10kmを切る頃は18時前のフィニッシュを目標に脚を前に出した。ポツリポツリ沿道から応援をもらうのだが、それが走る力になった。何度も時計を覗きこんで確認をくり返す。
 市街地に戻ってきた途端「ワイドー」の声援が飛び交うように耳に入ってくる。名前も度々呼ばれる。私設のエイドでは氷を渡される。それも、ぼくのペースに併せて走りながら渡してくれるのだ。相当弱ってみえたのかな、これは嬉しかった。
 ラスト、ゴールまでの道のりはなだらかな坂。少しづづフィニッシュの競技場が近づいて来る。もう少し。そして、遂に競技場のゲートを潜りスタッフの整列する前を声援をもらいながら走り抜ける。フィニッシュはすぐ目前。自然と笑顔になる。ぼくはマラソンのいつものフィニッシュのように、競技場のコーナーを曲がり、直線のど真ん中に位置して脚を進める。MCがぼくの名前を呼ぶ。後ろから「ワイド、ワイド」と子供たちが太鼓を叩きながら伴走してくれる。ゴール、フィニッシュテープを両手でもち高く掲げる。憧れた、あのフィニッシュポーズ。そして回れ右してコースに一礼。やっと終わった。
 (マラソン4時間31分)
(…もうちょっと続く)
エリートK君と。
by K嫁スポーツ撮影

第35回宮古島トライアスロン 前日編(2019.4)

 宮古島滞在2日目。
 夜中に目が覚めてしまい、寝付けなかったので薬を服用する。気がつくと朝7時ちょうど。これ眠剤ではないが、今のところぼくには効果絶大。忘れもしない最初に佐渡トラBに出場した時は、まったく眠れずに困り果て、それを契機に外泊するときは薬を常備するようになった。
 朝食を済ませバイクを組み立てる。バイク預託までには時間があるので、試走のついでにフィニッシュの宮古島陸上競技場へ向かう。レース終了後、バイクを撤収して自走で宿に戻らねばならないので道を把握せねばならなかった。

 出発すると早速宮古島名物となったまもるくん人形を交差点にて発見。尽かさず記念撮影。出で立ちと表情がシュールで、島の交差点の守護天使といったところだ。
 背高く茂る緑のさとうきび畑、今にも牛が顔を出しそうな牛舎、ときどき現れる背の低い緑の葉はタバコ畑、ブロックで組み上げられた無機質な農作業庫・・・。
 この時期、島は製糖期だそうで、刈り取られたさとうきび畑だろう、赤茶の土がむき出しになって葉がそこいらに落ちている。そこに突然、薄い青やピンク色の鉄筋コンクリートの造りの住宅が現れる。見慣れた瓦葺の木造住宅とは趣は異なっており、また家並みというような連なりはなく、十分な間隔をあけて点在するいという表現が相応しい。そんな風景に紅の花弁のハイビスカスが鮮やかに映る。that's南国、である。


 島の景色を楽しみながら市街地に出るのには、そう時間は掛からなかった。しかしここで方向音痴炸裂。グーグルマップを使いながら目的地へ向かっているのだが、どういう訳か常に反対方向へ向かってしまう。
 道行く2人組みの中学生に道を尋ねたところ「こっちの方が近道ですよ」と、ぼくの指さす方とは反対を教えてくれたその台詞に思いやりを感じずにはいられない。無作為抽出ではあるが島の民度はすこぶる高いのではあるまいか。

 市街地は築うん十年の鉄筋コンクリートの建物を大切に使っているというのが印象だ。街並みには宣伝広告物のようなものは極めて少ない印象だが、アチコチに立つのぼり旗が目に付いた。翌日のトラ開催告知のぼり旗が多少影響しているのかもしれないが、風の強い島ならではの、取り外しが容易に出来る利便性を買われて使用されているのかなと勝手な想像を働かせる。
 ところで、こちらではトライアスロンを「トラ」とは言わず、「トライ」と表現している。地元新聞紙面の字ヅラを眺めて気がついたのだが「トライ、トライ」と表現されている。なんだか塾の宣伝みたいに見えてくる。まぁ、どちらでもかまわないのだけど。
 午前は市街地の散策、フィニッシュ会場とトランジットのバイクラックの位置を確認した。

 午後。自走でバイク預託及びスイム会場へ向かう。ちなみに、またどういうわけか道を会場と反対の方向へと進んでしまうのであった。そうして無駄な時間を要して到着した会場の東急ホテルは、セレモニーで知り合った沖縄トラチームさんのおっしゃる通り長蛇の列。受付してバイクをラックに掛けるまで30分近く必要だった。
 ラックに掛けたバイクには、補給やシューズを含めあらかたセッティングをして、あとはバイクボトルを装着するのみとした。これに夜露や雨対策としてバイクカバーをかけて完了。預託会場を退出する前にトランジットの流れを係員に尋ねると丁寧に説明してくれた。
バイク預託の東急リゾートホテル

 スイム会場へ。スイムの荷物ラックを確認したのちに浜辺へ向かうと…、そこには見たこともない透明の海が広がっていて、思わず息を呑んだ。
 うつくしいナァ…と声に出してみた。その声を聴いていただろう、背後のご年配のアスリートが満面の笑顔を浮かべながら「そうだそうだ佐渡と比べると雲泥だ」とおっしゃる。「宮古島ブルー」というそうな。ここを泳ぐこともプレミアムなのだと確信する。スイムの準備してくればよかったと後悔するが、手荷物が増えるだけなので単身ではちょっと面倒。前日はレンタカーを借りて移動するのも悪くないのかも。

宮古島ブルー

 巡回バスを使って宿に戻り、少しばかりランニング。近所の温浴施設で汗を流して、あとは夕食を食べてさっと寝てしまおうと、あらかた準備を済ませる。
 夕食を予約した定食屋さんで一人食事をして勘定をすませると「明日、頑張ってくださいね」と声を掛けられる。なんでもないひと言が心の琴線に触れた。(続く) 

第35回宮古島トライアスロン 出発~到着編(2019.4)

 空港までは妹から送ってもらった。
「兄貴も好きだねー」とひと言。彼女の息子たちも身体を動かすことに熱心なので、ぼくが宮古島まで出掛けることを特に気に留めてはいない。
 運転をする彼女の、もっぱら家族に関する他愛ないエピソードに耳を傾けていると空港に到着。たまにこういう機会を持つのも悪くないなと思った。

 宮古島へ向かうぼくの出で立ちは、ジーンズにTシャツ、薄手のウインドブレーカー、さらにその上にジャンパーを着込むという、ぱっと見かなり変な格好だ。宮古の最高気温は27℃の予報。きっとTシャツ1枚でも十分だろう。1枚1枚薄皮をはがすように脱ぎ、あちらの気候に合わせるつもりの格好だ。こちらとは15℃の気温差。この差による体調の変化、環境順応が気がかりの一つだった。

 那覇空港の到着は予定より15分遅れる。本を持ち込んだのは大正解で、惰眠と読書を繰り返しながら3時間ちょっとの空の移動は暇をもてあますことはなかった。ちなみに本は伊藤計畫の「ハーモニー」。「虐殺器官」の方が好みだがページをめくる毎に、この作家の構想力に舌を巻くのはどちらでも変わらない。
 さておきこの日、空港は混雑していたようで、軒並み便に遅れが生じていた。ぼくが乗る宮古島便も例外ではなかった。ようやく飛び立つ機内で考えたのだが、やはりスケジュールはタイトに組むべきではない。また次があるならばもう1日前に入るのがベストだろう。
那覇空港

 宮古島空港で荷物を受け取ったのは17:40分を回っていた。空港の建物から出ると暖かくて強い風が吹いている。宮古島ブリーズ、勝手に名づける。
 空港から出てすぐ目の前に現れる、白いドーム状の建物が選手登録の受付会場だった。入り口に無数に立てられたのぼり旗が夕日に照らされ、風に激しく揺れていた。

 左腕にタグを留められ、ゼッケンを受け取る。これでもう逃げられない。果たして、無事に完走できるかどうか。不安はその一点に収束する。
 競技説明会とオープニングセレモニーを待つ。大きなキャリーバッグが加わった手持ち荷物にうんざりしながらも、会場の雰囲気を味わおうと散策した。
 ブースの数は佐渡トラの1.5倍ぐらいで、紹介される物販の種類もそれ相応、トライアスリートが好みそうな、真新しさと品質を謳う品物が陳列されていた。

会場のブース

 説明会の時間が近づくと一気に人が増えた。選手が一堂に会するのだから関係者まで含めると2,000名は近いのか。所狭しと並べられたテーブルの料理には手をつけないようにと再三アナウンスが流れ、プログラムは粛々と進行した。
 まったく未知の空間にひとりぼっちというのは精神的にキツイ。ロング挑戦への不安も増幅する。群衆の中の孤独。いやアスリートの中の孤独だ。時折、LINEで家内にこぼすしてうっちゃっていたが「そういうことは、まるで気にしないと思ったー」のコメントに余計寂しくなる。
 そんなとき「どちらからですか?」と声を掛けられる。側に置いてある大きなキャリーバックのお陰か。いかにもさっき到着したばかり、会場に直行してきました感を演出してくれていた。
 その一言を皮切りに同じテーブルにいる方々に自分から声を掛けることができた。
 結局この日、会場で意気投合した地元のアスリートさん達に上野(うえの)の宿泊先まで送っていただき、なにかあればいつでもどうぞと連絡先を教えていただいた。
 緊張と不安の中、人の優しさに触れる宮古島入り初日となった。(続く)

オープニングセレモニー

2019年4月12日金曜日

出発。トレ☆レポ19.4.8〜4.11

 週末のバイク-ラン練のせいだろうか、週のはじめは強い倦怠や眠気に襲われて2日間を休養に充てる。本番に向けて体調を整えられれば良いので無理はしない。それ以降、いつもやっていることの質を落として汗を流した。
 それから、レースに集中できるようトラ以外の懸案を頭の中から取り除いた。宮古島以外のことは終わってから考えることに。実はこれが一番厄介で面倒な作業だったかもしれない。
 そしてようやく出発の朝を迎えた。今日、現地に赴く。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニングなど  ※ ※ ※ ※ ※
8(月) レスト
9(火) アクティブレスト ペダル練
10(水) S1,000m、トレミ走(TR) 10km
11(木) TR10km

【4/11トレーニング(km) …Swim5.0  Bike120 Run60】

2019年4月8日月曜日

宮古島トライアスロン出場に向けて2019 渡航の準備のこと②

 宮古島への渡航手続きについて記しておく。
 当然だが、出場が決まると移動手段と滞在する宿を確保する必要がある。現場は離島でありキャパシティは限定されているハズ。早い者勝ちみたいな心理が働くのか、当選発表の時期は問い合わせは殺到する。
 佐渡トラでは、ゴール近隣の宿泊施設はすでに常連客の事前予約が入っており、利便性の高い宿泊施設はほぼ予約不可能である。それを考慮すると厄介な問題になりそうで不安に駆られる。勝手のわからないぼくは、まず手始めにと大会公式HPに案内があるJALパックに問い合わせをする。
 当然、エキスペンシブ。トライアスリートは時間とお金に余裕のある御仁が多いのは間違いないのだけれど、それにしてもなかなかだった。ぼくはノックするドアを間違ったと諦め、ひとまず羽田から宮古島までの移動と滞在の宿を予約した。新潟から東京へ出て、新橋経由の羽田の往復、それにバイク輸送は別途計上ではあったが・・・。
 これで気持ちがかなり萎えた。だってだって、渡航費用一式で最高級国産カーボンホイールが揃っちゃう予算になるのですよ!
 これは他に手段のないときの保険と考え、新潟から直行できるプランを地元の旅行代理店にリクエストする。しかし最初の段階で、すでに予約で埋まっていて高価な航空券しか残っておらず、公式とほとんど変わらないコストだった。
 それが半月程たち、先ほどのJALの本予約の締め切りを迎える頃、地元代理店から安価なプランが組めました!と連絡をもらう。
 期待しないで欲しいと言われていたのが急転、費用を確認して即予約。バイク輸送を入れても、高級カーボンホイール片側分で収まった。
 世間にはいろんな選択肢が存在するが、タイミングというのはとても重要なのだ。需要が増加する場面いおいて、供給する側の理論でコトは進む。少し熱が冷めた頃、常識的な範疇で契約することができたのはラッキーだった、が、きっとコストの下がる手段は他にあると思われる。余裕があれば現地でヒアリングをしようと思う。
 それにしても、くれよん、カンガルー、バンザイっ!!みなさんのおかげです。

 渡航および滞在の決済、バイクの運送の予約手続きなどは3月中旬に完了。
 バイクはメンテを経て3/31に梱包、4/2の午前中に宮古島へ旅立っていった。
 あとは手荷物。これはいつも作成する自前の工程表と持ち物リストでカバー。

  渡航の準備については、ざっとこんなカンジである。

トレ☆レポ19.4.1〜4.7

 なぜ、宮古島へ行こうと思ったの?と質問されると、ぼくは決まってこう答えることにしている。
 宮古島でそういう催しがあるから、そこへ行かなきゃならないんだ。
 差し当たっての回答はこうだ。そして、ギリギリなんとか完走できそうなトライアスロンがあるから、そこまで出掛けることにしたのだと…。
 レースを想い描く。気力の限界を迎え、前に進むことが出来なくなること想像をしたり、すっかり暗くなったころ、ヘロヘロになってフィニッシュする自分の姿を想像したり。
 …何度も繰り返し考えていたら、そこに至るまでのプロセスの大変さや重要さに気がついた。エントリーからあらゆる準備、そしてトレーニング。この数ヶ月ずっと宮古に想いを馳せて生活してきたのだ。
 そしてようやくその時が近づいてきた。緊張とプレッシャーがセットで押し寄せてくる。ゴールテープを切るに越したことはないが、もしリタイアしたとしても…、どんな現実をしっかりと受け入れようと腹を括るしかない。
 今の自分を根こそぎ注ぎ込んで、もがいてやろう。それができたとき、そのあと、自分に何らかの変化が起きていることを期待しよう。
 とにかくもがく、諦めない。ローケンロー!と自分を鼓舞しながら。


 さて、テーパリングを意識しつつ、スイムトレの割合を増やそうと考えたこの週。月曜日、生まれて初めて屋内プールでインターバルなしの1,500を泳ぐ。
 横のレーンでは、本物のスイマー達がパドルにブイ、それにフィンを装備してスイスイ泳いでいる。そんな彼らの生み出す推進力と機動力に煽られながら、ぼくは必死に水を掻く。ブレスで水を飲むこともしばしば。そして、ぼくの超貧弱な三半規管はフィニッシュ目前にぶっ壊れてしまう。波酔いだ。プールから上がってもまっすぐ立てない。あとにランニングを目論んでいたがとてもとても。這う這うの体で帰路に着く。

 火曜。空腹への対策と酔い止め薬を飲みリベンジの1,500泳。昨日同様、本格スイマーが大波を立て、さらに片側にはスーパースイマーのM氏が加わる。次元の違う両サイドに挟まれながら32分で完泳。本番の半分に過ぎないが少しだけ不安が拭われる。
 そしてサウナに向かおうとするM氏を呼び止めてレクチャーを乞う。下肢の沈みを指摘され、ストリームラインの手ほどきを受けた際の、彼の肩甲骨の柔軟性に舌を巻いた。
 肩甲骨の廻りのストレッチ、これに本格スイマーらに習った練習方法を取り入れること。宮古が終わったら、ゼッタイにやらねばと思った。

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニングなど  ※ ※ ※ ※ ※
1(月) スイム(S)1,500m
2(火) S1,500m、トレミ走(TR) 10km 後半5kmは’45まで上げ
3(水) S1,100m 500×2本TR5km 気持ちが続かない
4(木) アクティブレスト ペダル練
5(金) レスト
6(土) バイク100km~ロード15km
7(日) ロード10km、S適当

【4/7トレーニング(km) …Swim4.0  Bike110 Run040】

2019年4月4日木曜日

家族が加わることについて

 ツバキ(シベリアンハスキー♀2歳) から生まれた5頭の子犬のうち、一番最初に出てきた(生まれた)シルバーの子犬を我が家に残すことになった。記事のタイトルの通り家族が増えるのだ。
 実は当初、ぼくと息子が反対を表明していた。
 1頭ならまだしも、20kgオーバーともなろう動物を2頭も飼うことを想定して家を建ててはいないワケで、彼らの居場所の問題、過ぎるイタズラによる、さまざまのモノの喪失や劣化について心配でならないし、彼ら生涯に渡るお世話の不安もある。
 ぼくは、ツバキがいてくれれば充分だ。しかし、他はもう1頭家族に迎えたい気持ちを抑えることが出来ないらしい。
 同志だった息子も、子犬を抱っこした瞬間にあっさり飼う派に転向して、反対はぼくひとり。確かに子犬はかわいいし、ツバキも仲間がいれば彼女の犬生はより充実するだろう。
 ・・・仕方ないナ。

可愛いさに本能が瞬殺

 4月、2度の「名前決めミーティング」を経て、彼女の名前は「杏(あんず)」に決定。呼称は「アン」です。反対していたぼくの案が採用になりました。
 これで我が家は4人と2頭家族です。以後、お見知りおきを。

杏(あんず)ちゃんです。

2019年4月1日月曜日

3月のトレについて。トレ☆レポ19.3.25〜3.31

 今月のトレーニングの振り返り。
 デッドリフトを含む筋トレ、スイムからのランと、平日に複数のメニューをこなせるようになったのはジム通いのメリットそのものだ。ジムへ足を運ぶたびに相応の汗(着替え必須)をかき、ほぼ確実に筋肉に爪痕を残せることができるのは大きい。それにトレミを使うことで一定の強度で走れることも同様だ。
 …が、良いことばかりではない。
 大方のメニューが確立し、徐々に身体が馴染んでくれるだろうと思っていたが、平日の質量の変化は、相応の疲労をもたらしたのだ。補給(食事)や回復(お休み)がうまくなかったようで、この月末最終週は疲労からくる倦怠や不調の様子を伺いながら、最後は気力、体力ともに底をついてしまった。日曜の朝、ベッドから起きれなくなるというのは久しくなかったことで、しかも前日のトレ中にかなりの疲労を覚え、予定を切り上げたのに関わらずだ。春眠暁を覚えずならまだしも、そうではなかった。
 宮古の調整として重要なタイミングなだけに口惜しい。が、またもや週末に天候が崩れたこともに多少なり救われ、もう致し方なしと諦めHPの回復に専念(睡眠、読書、映画、バイクのメンテや送り出しのための梱包etc…)する。
 さぁ、宮古まで残り僅か。そこに至るまでの時間を愛おしく過ごさねば!

※ ※ ※ ※ ※  今週のトレーニングなど  ※ ※ ※ ※ ※
25(月) アクティブレスト ペダル練
26(火) 筋(WT)、スイム(S)1,000m、トレミ走(TR) 9km
27(水) レスト
28(木) TR 20km
29(金) TR 15km
30(土) S1,500m、TR5km
31(日) アクティブレスト ペダル練

【3月のトレーニング(km) …Swim7.5  Bike290 Run234】