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2025年12月1日月曜日

第38回伊是名88トライアスロン(2025年)のこと③ バイク~ラン編

2.バイク(66㎞ 1周15㎞4周半)
 T1(スイム➝バイクのトランジション
)。ぼくの両脇にバイクが掛けられることはなかった。こういうこともあるんだな。ラックの角だったので十分すぎるほどパーソナルスペースを確保できた。
 ウェットやキャップの類を専用の収納袋にしまい、DHバーにかけておいたゼッケンを腰に装着してヘルメットを被る。準備完了。
 尚、受付時に配布された専用袋に入れた道具はT2へ運搬される。骨の折れる作業だろう。みなさんご苦労さま、そしてありがとう。

 2列に並行するバイクラックの間を足早に抜けて乗車ポイントを超えサドルに跨る。シューズを踏んでペダルを漕ぐ。バイクが惰性で進んでいるあいだ、シューズに足をつっこもうとするがなかなかどうして手こずってしまった。そうこうしているうちにバイクコース本線と合流する。朝の穏やかさは消え、強い風を感じる。シューズのマジックテープをしっかり留め、前を見据えた。バイクパートの開始だ。

バイクコース合流

 漕ぎだすと脚に鈍い痛みを感じた。いつものやつだ。スイムを終えた脚がペダルを漕ぐのを嫌がっているのかな。これはどういう理屈で起こるのか知りたい。自分だけか?子供の頃、急に走りだすと脇腹が痛くなるのに似ている。痛みを刺激しすぎないように注意を払ってペダルを踏む。時間が経てば痛みは失せるのでしばらくの我慢。補給を口にして気をそらす。
 バイクコースはスイム会場から海岸線をなぞり、T2のある仲田港に向かう。島を1周、距離にして15km。それを4周回半走る。
 コースはカーブが多い印象。今回は道路工事のために迂回コースがあっていくつかのクランクがあった。また丘や岬のちょっとしたのぼりはあるが、登坂のポジションを取るのは1箇所だけ。島を覆うように吹く風は強めで、進行方向に順じてその向きが変わる。
 1周のLAPタイムは26分台。向かい風には逆らわず、追い風では張り切りすぎない。下りではフルクラムにしっかり仕事をしてもらうといういつもの乗り方だ
 前回転倒した周回計測のバックストレッチからの下り右カーブは十ニ分に気をつけた。1周目はちょっとやばかったけど。

 あっという間の4周回半。想定通りの時刻だった。残り3km地点ぐらいから心拍に注意を払いながら(150台から140台へ落とす)ペダルを漕いぐ。降車ラインでバイクを降り、裸足でT2ラックへ向かいながら、今回もまた無事にバイクの旅を終えたことを相棒のキャノンデールに感謝した。
 (バイクフィニッシュ 2時間7分)


3.ラン (20㎞ 10km折り返し)
 T2ではスタッフがラックまで誘導してくれる。宮古島もそうだとふと思い出す。ぼくのT2はランのスタートゲートに1番近い場所だった。
 バイクをラックに掛け、ヘルメットを脱ぐ。早朝にセットしたラン道具の袋をラックからほどく。ランシューズはちゃんと履きたいので腰をかけられそうな場所をみつけて、そこで準備をする。
 サンバイザー、サングラスに暑さ対策の保冷帯を首に巻く。補給バッグを腰に装着したのだが上下逆にしてしまい、補給が取れないことに気がついて付け直す。
 前日バイク試走したあと、このT2スタートからはじまる上り坂をランニングした。昨年に苦しんだポイントのひとつだった。のっけでやられてしまったのでその影響は大きかった。坂のピークまで2.5km。無理せず進もうと考えていた。

 補給のVESPAを口にしながらランゲートを抜ける。いってらっしゃーい!の声援をいくつももらう。ゲートをでるとすぐ傍にあるエイドに寄った。ここのエイドは島の小学校高学年の子らがお手伝いをしている。お世話になっている宿の親戚の子を探す。ぼくらの応援用のうちわを作ってくれた男の子だ。
 水を張った青いポリバケツの前で、柄杓を持つ彼をみつける。いってきます!と声をかける。すると隣の子が不思議そうに、誰?知り合い?と尋ね、彼は尋ねた子の方に顔を向け頷いてみせていた。そして俯き加減でこちらを覗き込むようにして笑顔をみせる。シャイボーイなんだわ。聞くところによると昨日の島の子供らのキッズトライで1着になったとのことだ。なかなかのイケメン君、かつ将来楽しみな逸材とみた。
 さて。ペース不問のフォーム重視で坂をのぼる。途中、宿泊先の応援団、ひとみさん、シズコさんにオサムさん(仮名)らと他大勢から応援をもらう。皆さんいってきます!と手を振りながら応える。
 少し暑くかった。坂を進んでいくと私設エイドを含めいくつかの補給を受け取ることができた。口に半分含んで、残りは頭や首にかけた。
 昨年、坂の途中にある常設の公衆トイレに寄って用を足し、屈伸なんかしてすこし脚を休めた。あのときは用も足したかったが、脚の方がヤバく吊りそうだった。今年はむしろ用を足したかったが、スムーズに走れていたので脚を止めたくなかったので止まらずに進んだ。
 坂のピーク、途中にある表示看板から推測するに海抜50mぐらいの高さからは海の水平線まで見渡すことができた。晴れ渡る空の下、島の風景がパノラマで展開する。続く下りのアスファルト道には、選手と道案内のスタッフが小さく見えた。

 文化財の家屋の前を走るコースは道が悪い。昔のコンクリート道かな。ところどころ剥離して凸凹している。道幅も狭く選手が3人並べるぐらい。その道の脇には、珊瑚を積み上げた肩ぐらいの高さの黒い塀があった。木々が茂っいるその一帯は相応の時代を超え、今に佇んでいるようにみた。

 エイド過ぎると砂糖キビ畑を左手にして緩やかな長い上りを走る。遅いなりに歩を進める。ようやくたどりついた坂のピークには、本大会プロデューサーであるチームゴーヤーの千葉さんがにいらした。軽く会釈して坂を下った。

 穂が稔る田んぼの集落を超えるとエイドが現れた。脚をとめてスポドリをリクエストすると中学生ぐらいの女の子がはしゃぎながら手渡してくれた。本人は覚えてすらいないだろうが、屈託のない元気をもらう。このあたりで往路の半分、5kmを通過する。
 時折、折り返してくるランナーに目をやりながら黙々と進む。エイド以外での沿道の声援はほとんどない。他の選手の息遣いや足音もない。うっそうと茂る木々に囲まれたアスファルトを走る。フォームに集中しつつ、昨年の記憶と重ねあわせる。
 上り坂はキツい。今こうしてコースを思い返しながら文章に落としていると、坂が多いではなく平坦がないことに気がついた。今更だけど。沖縄本島もそう。隆起した高台の一部に平坦ができる要素は少ない。キャプテン殿と話していても平地はないと言い切っている。そうだ平坦を期待する方がどうかしているのだ。

 ランの折り返しが見える。そのすぐ先はT2というか仲田港、つまりゴールだ。マイクの音声が漏れ聞こえてくる。折り返しを廻り計測マットの上を走る。残り10㎞。時計で1時間は過ぎていたと思う。もう1時間、いや、復路は下りが勝るのでもう少し早いか。
 以降、後続が現れる。見知らぬ選手とのエールを交換、チームメイトらとのハイタッチ。お互い励みになる。

 産業センターや小中学校へ向かう激坂では少しぐらい歩いてよいと思っていた。ところがの止まることなく上りきった。しかしそのあとが案外長く感じた。
 相変わらず、ひとみさんらのいる宿の前の応援ブーは盛りあっている。おかえり!とみなさんから声援をもらう。ぼくは下りの勢いを借りて陸上競技場へ向かう。

 競技場のグランドを半周してフィニッシュゲートのゴールテープを切った。4時間48分台でのゴール。終わってみればあっというまにだ。それに昨年よりもしっかり走れたので満足だった。
(ラン2時間、フィニッシュ4時間48分)
 その後。競技所でチームメイトのフィニッシュを待ち、チームフラッグと共に皆と同伴ゴールをした。時々応援の小学生らの力もも借りる。特別な場所の、特別な1日。心から楽しむことができた。(ひとまず終わり)
チームテチ,皆完走!

2025年11月28日金曜日

第38回伊是名88トライアスロン(2025年)のこと② スイム編

 11/23(日) レース当日。朝の気温は20℃、空は快晴。バイクで自走して静寂に包まれた島内をスイム会場へと向かう途中、砂糖キビ畑の切れ間から水平線に浮かぶ太陽をみる。朝の陽光に照らされた海がキラキラ輝いていた。絶好のトライアスロン日和とは今日のことをさすのだろう。
 昨年の大会の容赦ない陽射しとその熱は忘れられない。今年の開催は昨年より3週遅いことが幸いして日中の予想最高気温は25℃。ランの頃に気温のピークを迎えるはずで、暑さに順化していない身体には堪えるかもしれないと対策を用意した。T2(バイク→ラン)スタートから現れる上り坂を皮切りに、ランコースにはいくつかの坂が在る。ランの記憶はどれもが苦く辛いものばかりだ。そしてそれはランだけではなくスイムもだった。左周回のコース、浜を背にして左方向へ流れる潮とうねりに翻弄され、珊瑚礁つくりだす潮の流れに対応できなかった。何度も気持ちが折れた。泳ぐのをやめてリタイヤしようとも考えた。その伊是名のスイムとランを今回はこなせるのか。そこを焦点に再び臨もうとしていると言っても過言ではない。

1.スイム (1,000m 2周回)
 潮の流れのせいだろう、三角形(500m-90m-410m)に設営されるコースロープの沖のほうが膨らんでいる。浜に近い方は左からの潮の流れが、離れたところでは右からの流れがあるのかと推測した。満潮は8:58分。スタート時刻は9時。つまり泳いでいる途中に引き潮になる。
 定刻、号砲が鳴る。スタート位置はコースロープから離れた右手、前に人を置いた2列目ぐらいから海に飛び込む。選手は多くないので酷いバトルにはならない。2ストローク1ブレスを心掛け入りのペースをつくる。まずは気負うことなく泳ぎに専念、フォームに意識を配る。
 予想通り潮に流されてコースロープに近づいていた。ロープとの間に、同じくらいの泳力の選手を1人挟んでドラフティングポジションをとる。そのあたりのこと、ブレスするとチームメイトのTさんを確認した。スイムはぼくに負けないように頑張ると宣言していたTさんだ。まさかマークされているのか?

 目印となるのぼり旗を確認しつつ沖へ向かう。左に流されはするが、それを意識して潮に逆らうように泳ぐことでコースに沿って進むことができた。ロープに対して斜めに泳ぐといった感じ。昨年はこの流れに慌てふためいて、掻くたびに左手がロープに当たってしまい失速した。もしかしたら昨年よりは潮の流れが弱いのかもしれない。
 視標とするのぼり旗は海底から突き出ている鉄筋?のようなものにブイ(うき)と共に設置されていた。海水の透明度が非常に高いのでその棒の存在を確認できた。元々は、もずく養殖の網をひっかけるための棒で、コンクリ塊として海底に沈めていると宿の主人から伺った。それらを海中の指標物としてヘッドアップを最小限に抑える。余談だが今年の宮古島でも海底の珊瑚を目標に進行方向を定めたものだ。海底に目を配ることで、黒い珊瑚に群れる群青の熱帯魚、砂地をニョロニョロ泳ぐ海蛇を見つけ、南の島の海を体感する。
 浜から500mに位置する曲がり角のブイには、監視のダイバーが海中にいて我々の様子を見守っていた。彼の立ち姿から海の深さを推測するとそのあたりは水深おおよそ4mぐらいだろうか。
 進行方向が変わると突如、大きなうねりに巻き込まれた。ブレスで前後不覚になるほどで、きっとコースから離そうとする潮の流れだと思い、ヘッドアップを細かく入れて旗を見失わぬようにする。そのときはじめて旗色の赤、青、黄色の3色の並びに規則性がないことに気がついた。(もしかしたらロングスパンでは色の規則あったかもだが、2本連続で黄色の幟旗が続いたところがあった。)もっとよく観察しておけばと後悔する。色の順序とその間の距離を前日の試泳で把握していれば、きっと何かの役にたったに違いない。昨日のコース試泳では海水の冷たさと伊是名のビーチの美しさに完全
に頭が持っていかれてレース対策を考えるどころではなかった。

 浜へ向かう410mは長く感じた。コースロープに沿ってやや右を意識して泳ぐことができれば最短なのだろうが、何度か離されそうになった。また途中、ウェット着用をしているのに関わらず、急に海水が冷たく感じる場所なんかもあった。そういうところはまた別な潮の流れがあったのだろうと想像した。
 1周目を終え砂浜にあがる。時計をみると20分と少し。時計はもう少し出ている感覚だったがそうでもなかった。砂浜のエイドで給水をもらい2周目に向かう。ここも潮を考慮し、内から離れた右から入った。(つづく)
※スイムアップ42分17秒

第38回伊是名88トライアスロン(2025年)のこと①

11/21(金)  伊丹空港で飛行機を乗り換えて那覇へ向かう。たしかGW明けの伊是名トライアスロンのエントリー開始よりも前、那覇までの直通航空券の早割を目あてにネット検索してみたら、予想に反してとても高価だった。晩秋の週末3連休の沖縄は人気のようだ。やむを得ず、時間はかかるが半額ぐらいになる乗り換え便を選択した。

 その頃はこの日が来ることを楽しみに思っていたが、いざこうして迎えてみると当時感じていた高揚感や期待感は消え失せて、すべての準備と目的地に無事に到着することへの使命感の方が勝ってしまい、淡々とスケジュールをこなしているだけでどこか味気なさを感じている。

 そもそもこの伊是名行きは自分にとって、レースへの挑戦もあるが南国バカンス的要素の割合が優っているのだがどうしたものか。軽く一杯引っ掛けて、お気楽に移動なんてことはルーティーン化した体調づくりに反するので流石にないが、何か移動の際の楽しい仕掛けが欲しいと思う。


 伊丹空港に到着して携帯のメッセージを確認する。こういうときは普段ないような類いの業務連絡の一つや二つ入るものだが今回は何もなかった。その変わりとは言ってはなんだがトライアスロンチームの面々が、宮古島トライアスロンの抽選結果を報告しあっていた。そう、今日は宮古島の当選発表日。沖縄の3名に京都の1名は当選。やったね、おめでとう!

 昨年は沖縄3名とぼくは落選して2次抽選待ちとなった。結局は皆無事に参加できたから良かったけれど、1次で落選したときは気持ちが沈んだ。

 40回記念大会にフルマラソンの復活ということもあって是が非でもという参加者は多いと耳にしている。旅の途中でぼくだけ取り残されることなんて…。メールを開く。当選の通知だ、よかった。

肚の奥底にズシンとくる感じがする。こういうのをなんていうのかうまく言えないが大会へ向かう覚悟が整った。エアチケットも取得してるのでまずは一安心。

 ちなみに昨日、とある講習会の参加申し込みの当選メールが届いた。こちらも抽選だった。そして今日は宮古島の当選の知らせ。こちらの望み通りにことが進もうとしている。どちらも仕事以外で、ぼく個人と世の中との接点をもたらすものなので、どちらも誠実に臨みたいものだ。

 共に宮古島へ向かう予定の友人らにメッセージを送る。果たして彼らはどうだろ。当選しているといいな。


 那覇空港には予定より20分遅れで到着。自宅を出てからおおよそ7時間が経過していた。たそがれの那覇はまもなく日が沈もうとしていた。我がチームのキャプテンが空港まで迎えにきてくれた。彼の運転で市内にある彼の自宅へと向かいバイクを組み立てる。作業を終えてバイクを車に積み込んで再び出発。伊是名島へ向かう船の出る運天港に近い本部(もとぶ)という街を目指した。しかし、移動中の何気ないぼくのひと言で、副キャプテン殿の自宅に立ち寄ることになり、そのままキャプテンと共に泊まることになった。

 皆で買い出しをしてノンアルビアで家族の皆さんと乾杯。楽しい夜のひとときを過ごす。翌朝に備えて23時前には就寝する。

 この旅のどこかで楽しいと思える自分に出会えることを期待していたが、那覇に到着してからの思わぬ展開に笑顔が絶えなかった。気の置けない友人というのは貴重な存在だとつくづく思う。(つづく)

2024年11月12日火曜日

第37回伊是名88トライアスロン(表彰式、パーティー編)

 目標は達成できなかった。想像していたよりもずっとコースが厳しかった。体力だけでは押し切れない技量が問われる。スイムは潮流にもてあそばれ、ランは繰り返される坂。容易に対応できない自らを省みるしかなかった。
 それでも足りなかったことを後悔するのは止めにして、完走できたことを喜ぼう。はじめて訪れた南の島の、素晴らしい大会に全力で競技にのぞめたことを誇りに思うことにしたい。

 チームメイトも皆無事に完走。それぞれのゴールを見届けてT2の片付けにかかる。翌日の1便フェリーを利用するので、バイクを押しながら徒歩1分の場所にバイクを預ける。バイクはレースが終えたままの状態で13トンぐらいの物流トラックの荷台に載せられ布を被せられてしまわれた。

 宿に戻るとご主人のOさん、奥様Hさんが出迎えて、ぼくらを労ってくれた。
 「パーティが終わったら、海老の天ぷら準備してるから、一緒に飲もうねー。」とご主人。
 パーティー?海老天?はて??
 ぼくの頭では物事の順序がつかなかった。

 それはさておき、ぼくらはあと片付けに取り掛かる。夕暮れの庭でコントに出てくるような大きな金盥、そうあの銀色の大きなやつを使ってウエットスーツの潮を洗い流した。日中の暑さをすっかり忘れてしまうほどの心地よい海風に吹かれ、ふと顔を上げるとサトウキビ畑の向こうに夕陽を照らす海がみえ思わず手が止まってしまう。
 伊是名の海を眺めるたびに時間が止まるようだ。心奪われる色彩や風景とこのフワフワとするような高揚感。これは一体なんなんだ?
 今年の春の宮古島でもあった。夕暮れ、暑熱順化を兼ねランニングをして海岸に出た際、夕陽の反射する宮古の海を目のあたりにして息を呑んだ。このときも特別な高揚を得た。急に暑い場所を訪れたからだよ、といわれればそれまでだが・・・。

 ふれあいパーティーがおこなわれる体育館に訪れる。すでに宴たけなわ、夜空の下ぎっしりと並ぶ長テーブルに、空きがないぐらい選手やボランティアの皆さんが食事をとっていた。少し出遅れてしまったぼくらは芝生に腰を下ろし食事にありついた。
 ソーキそば、海ぶどう、もずく(フルーツ入り)、牛汁にジューシー(混ぜご飯)ととても豪華なものだった。もちろんオリオンをはじめとするビールも。

 勝手がわからないぼくは表彰式あたりで、ねぇどうしてここに居るの?宿に帰らないの?と質問をするが、皆一様に、いやいや本番はこれからだよ、まずは一献と酒をすすめてくる。
 島の子ども達のダンス、太鼓、それから大人達のバンド演奏で会場が盛り上がる。適度に酔ったぼくは当然踊りだす。そして、この日メインのプロバンドの演奏が始まると会場は異常な盛り上がりをみせた。皆これを待っていたのだ。
 なんて楽しいんだ!レースが終わってからがお祭りみたいだった。言葉ではいい尽くせない心から楽しい時間を過ごし、ぼくらは満天の星空の下、宿まで歩いて帰った。

 宿では予告どおり、海老のてんぷらにエイのから揚げが準備してあり、ぼくは島の酒をすすりながら、みなと会話を楽しんだ。サンシンの演奏もあった。終わらない伊是名の夜は更けていくのであった・・・。

 3回に分けて記したが、ぼくの初伊是名は概ねこんなかんじだ。可能ならば来年も参加したい。’25年は連休中日の11/23(日)開催と発表されている。きっと新潟はめっきり寒くなっている頃だろう。暑熱順化を考えて、更なる前入りを腕組みしながら考える自分がいるのであった。
 伊是名島の皆さんをはじめ、この大会に関わった全ての人びとに心から感謝をのべたいと思う。本当にありがとうございました!(了) 

フェリーからのぞむ伊是名島


2024年11月10日日曜日

第37回伊是名88トライアスロン(レース編)

11/3(日)レース当日

 未明の頃、仲田港に隣接する陸上競技場のあいだの架設のバイクラック、いわゆるT2と呼ばれるバイク-ランのトランジションエリアへ赴いた。ランで使用するあれこれをパッケージした袋を自分のゼッケンNo.に準備するためだ。確かAM5時半頃だった思うが、空を見上げると名だたる秋の星座が光り輝いていた。

「昼間の空は大地の一部で夜の空は宇宙の一部」そんな台詞が脳裏をよぎるほど美しい星空だった。わずかに明かりが灯るアスファルトの道をポツポツと歩いていると、鳥の鳴き声が聞こえてくる。誰かが琉球梟の鳴き声だと教えてくれた。

 ぼくらは淡々とレースの準備を進めた。正直いうとぼくは寝不足感があった。小心者は枕が変わると途端に眠れなくなる。今回も例外はなく熟睡には程遠かった。隣で高いびきをかく副キャプテン殿を恨めしく思ったものだ。ここに及んでコンディションを言い訳にしてもつまらない。船酔いも寝不足も、そして30℃近い気温も全部受け入れるしかない。


いざ会場へ

 AM7時半を過ぎた頃、島内放送で大会の実施が告げられ、周囲の民家から歓声がきこえた。ぼくらと同じように民泊する選手たちだろう。さぁいこうか!用意したデュアスロン用のシューズを装備から外し、ぼくらは少し雲のかかった朝焼けの陽光に照らされ、急ぐこともなくペダルを踏んでスイム会場を目指した。


 バイクのセッティングをして、スイム会場でICチップを受けとる。試泳をして、スイムチェックを済ませたぼくは体育座りで海を眺めていた。

 海にはいくつものコントラストがあり目を奪われた。遠くの珊瑚礁を越える波の行方を眺めているだけで飽くことがなかった。北東の涼やかな風が陽光を和らげ、これまで見たことも感じたこともない不思議な海の景色がそこにあった。この海の向こう側にニライカナイがあると信じてしまうのは道理だと思えた。レース直前に関わらず、ついもの想いに耽ってしまう。


 スタートが近づいてきた。テチメンバーで円陣を組み安全第一!のかけ声を合わせる。それぞれ思い思いの位置について号砲を待った。ぼくはいつもの直前のルーティーン、両手を鼻に合わせて深呼吸をして気持ちを整えた。


1.スイム

 AM9:00、定刻通りレースはスタートした。浜辺から数歩進んで海に入ると、すぐに泳げる深さに到達した。先を行く選手を追うように水を掻く。そこそこにバトルを繰り広げながら目標物を確認する。海水の透明度が高いのは言わずものがだが、それ以上に強い潮の流れを感じた。気がつけばコースロープ側へと流されている。だがこれは計算通り。しかしさらに流れが強いところでは前に進むことすら容易ではなかった。抗えずに左手がコースロープに引っかかる。掻きを深めにとったり、ピッチを上げたりと潮の流れからの脱出を試みるが簡単ではなかった。自身の技量のなさを恨んだ。スイムアップ目標は40分、いや、もう少し早いだろうなんて甘々だった。リーフの切れ目から流れいずる海流がいく筋も存在するのか。これまで泳いだ海とは比べ物にならないテクニックが要求される伊是名の洗礼だった。さらに幾度か海水を飲んでしまい気持ちが減退する。いっそリタイヤしてしまおうかと脳裏をよぎる。あまりに苦しくなって立ち泳ぎして息を入れたのは確か3度。潮流を攻略できなければタイムは望めない。コースロープに対する位置どり、ヘッドアップの頻度を上げ自身の居場所を確認することが必須のコースだった。四苦八苦してT1に向かったのは44分を経過していた。(スイムアップ 44:26)


2.バイク

 スイムゲートからバイクトランジションまでの距離はおおよそ300m程度。ウエットを脱いでしまえば、所定のものを順番通りに身につけるだけ。ラック付近の、着替えにあてられるスペースがやや狭い。さらに、ぼくのスペースはすぐ後ろが砂地だったので、脱いだウエットはもちろん、脚やら何やらに砂が着くことに躊躇して気を取られてしまった。

 スイムの疲労もあり、さらに向かい風スタートだったのでバイクはすんなりと入れない。スピードに乗れない。焦っても仕方ないので、ぼくは予め準備した被り水で身体の熱を逃し、リカバリの補給飲料と固形物を口に入れた。

 1周目はコース観察、焦る必要はないと言い聞かせながら、力まないようにペダルを踏む。そうこうしているうちに追い風を受ける区間に差しかかりスピードがぐっと上がった。

 周回カウントするバックストレッチからの紺碧の海の眺めがよくて気持ちが上がる。仲田港の入り口、やや下り、少しクランクする右カーブに差し掛かる。そこでとんでもないアクシデントが発生。カーブを曲がりきれないことがわかった瞬間、ブレーキを強く握って、段差のある歩道に沿って転倒する。あーやっちゃった!とつぶやきうように声を出しながら倒れたことをはっきり覚えている(笑)。


 アスファルトに身体を打ちつけられ、寝転がるように倒れた。すぐに起き上がり、倒れたバイクを起こし状況を確認する。ボランティアの中学生ぐらいの男の子2人が、大丈夫ですかー!と近寄ってくる。ぼくは右手を挙げて、大丈夫!と声を張った。本当は大丈夫かどうか全くわからなかったけれど。

 バイクチェーンが外れている。転がったボトルを拾ってホルダーに戻す。バイクを起こして跨り、ビンディングをはめペダルを踏んだ。キャノンデールは何事もなかったように前進した。特に異音もない。行ける!大丈夫。自分に言い聞かせる。

 仲田港のコースにいた人々は、ことの始終を目撃していたのではなかろうか。転倒してしまったことんも恥ずかしさが先行し、左の膝や腿や肘の裂傷の痛みはそのあとに判った。アドレナリンのせいか、この2周目はややオーバーワーク気味になってしまった。


 島を時計回りに周回するバイクコースを面白くするのは風向きだった。起伏はいくつかの区間はあるが長い距離ではない。スピードに乗れるコースだと思う。

 前日の試走では向かい風と起伏が重なる場所があって、やや面倒かもしれないと感じたが、本番の、少なくとも自分の時間帯では、前日のように難儀をする箇所はなかった。

 向かい風になる場所が時間経過と共に変化してた。伊是名漁協あたりの右左に連なるカーブを抜けると大体向かい風で、その前後で風向きが半時計周りに少しづつズレていくようだった。

 懸念事項だった周回不明もGarminの計測とOさんのマスキングテープ作戦があって、迷うことなくフィニッシュを迎えた。落車したけれど、スイムのロスはそう大きくはなかった。

(バイクアップ 2:07:36)


3.ラン

 T2到着。ラックにバイクを掛けながら周囲をみると、戻ってきているバイクは多くはなかった。シューズの紐をしっかり結び、走りながら身支度を整える。腰ポシェットから補給を取り出して封を開け、スタートのそばのエイドの飲み物で一緒に飲み下す。さぁ行こうか、ランの始まりだ。

 坂を上る。降車したてでスピード感覚が麻痺しているので余計に遅く感じて、歩いているみたいだ。左にゆるやかにカーブするとコースが見通せた。沿道には応援団がいらして鳴り物の音が耳に届く。まもなく、今回宿泊でお世話になっている名嘉(なか)さんの自宅前に差しかかり、名前を呼ばれる。立ち止まって補給をいただき、S子さんとHさんにハイタッチ。いってきまーす!と涼しい顔をして手を振った。

 上り坂は続く、とても長い。陽射しも強い。ようやく下りになった確か4km過ぎ。下りの衝撃で左ハムがつりそうになる。ずやんわり下ったが衝撃がハム伝わるたびに裏返りそうになった。

 銘刈(めかる)家を通過。日陰に平坦の場所だがペースは上がらない。しばらく進むとまた上り坂だった。

 往路に小高い起伏が4つ、つまり往復で8回は上る。表現しづらいがそれらがそこそこの上り坂だった。

 7km過あたりでついに脚が止まる。陽射しに負けた。葛藤。走り出そう、ゆっくりでいいから。そもそもペースはスロジョグ程度なので、気持ちの問題だった。


 折り返しに到達。さてあと半分。復路、ひとつ目の下りでMさんとすれ違いハイタッチ。1人じゃない、チームメンバーの仲間も頑張っているんだと励みにする。

 サトウキビ畑を見渡せる場所にたどり着いた頃、副キャプテン殿とすれ違った。もちろんハイタッチ。

 畑の通過途中、ボランティアの自衛官らの力強い声援をもらう。沿道のそれとは異なり気持ちが引き締まる応援だった。

 眼前に急な上り坂が見える。ここでも脚が止まる。前には同じように坂を上る選手がいる。もう坂は全部歩こうかとも考える。いやいや走ろう。止まっては走るを繰り返す。


 チームのMTさん、そしてOさんとすれ違いざまにハイタッチ。どの辺りだったかはよく覚えていない。次のエイドで水をかぶろうと考えていたことだけはよく覚えている。コースレイアウトも去ることながら、とにかく陽射しが大敵だった。


 銘苅家に辿り着くまでの下りが案外と長い。あぁここはキツイ上りだったんだと往路を思い出す。

 残り4km。行手には急坂が映った。まるで壁のよう。あの坂を登りきればあとはゴールまでは下り、そう考えながら脚を前に出し続けた。

 そして最後の上り坂に入る。絶対に歩こうと思っていたけれど、最後だしゆっくりでも走り続けようと頑張ることにした。無論速くはない。が、走りながら脚を前に出した分だけ早くゴールに辿り着けると信じて前に進んだ。

 遂に下りにはいった。ここから陸上競技場までは下りだ。だが距離はそれなりだ。応援する名嘉さんらに手を振って、坂の勢いを借りて前進した。


 競技場のトラックを半周してフィニッシュゲートをくぐる。いつものレースの締め、回れ右して一礼。終わってみればあっというまに感じてしまうのは齢をとったせいか。

(ラン 2:11:07 フィニッシュ 5:03:09 もう少し続く)

2024年11月8日金曜日

第37回伊是名88トライアスロン(前編)

2024.11.1(金)
 昼頃の便で新潟空港から那覇へ。今年は祝日が日曜と重なる振替休日ができたおかげで伊是名(いぜな)行きを決めることができた。この時期にトライアスロン大会に参加するのは初めてで、しかも沖縄本島から離島へ渡るという工程に心が躍った。
 昨年の12月、チームメンバーの自宅で開かれた那覇マラソンの打ち上げで、副キャプテンから伊是名を勧められなければ意識すらしなかっただろうし、もっと振り返れば5年前、2019年の宮古島トライアスロンに挑戦していなければ、チームの面々と出会うことはなかったかもしれない。
 ぼくは流されるように生きていた方が楽だと思っている人間のひとりだ。が、受動であれ能動であれ、なんらかの行動を起こせば、少なからず変化が訪れることは知っている。ぼくはあのときの宮古島で、伊是名へ続く扉を開けていたのかもしれない。

 念のために記しておこう。この新潟-沖縄の旅の工程は、復路(帰り)の券がキャンセル待ちでなかなか確定しなかった。確かGW明けに予約を入れたのだが、8月を過ぎても決済に結ばなかった。ぼくは痺れを切らしてしまい、帰りを1日遅らせる工程として手続きを進めた。
 連休の絡むこの時期のエアは人気のうえに高価であることを学んだ。そういった事情で金曜に出発して翌週の火曜に帰宅するという4泊5日の旅となった。

 新潟からの離陸が予定より遅れたことを受け、那覇空港の到着は若干遅れた。時間の制約は特になかった。予約する赤嶺のホテルにチェックインし、さっそく翌日の支度に取りかかった。
 自転車をパッキングして運ぶ「シーコン」はなかなかの大荷物だったが、各所に設置されているエレベーターのお陰ですんなり運ぶことができた。だが、もしもエレベータがなかったら…、想像するのはぼくだけだろうか。観光の土地とあって公共交通機関の利便性が高いと感じた。

11/2(土)
 朝7:00。チームの若人2人が迎えにきてくれた。彼らとは実に10ヶ月ぶりの再会だ。噂に聞き及ぶウチナータイム(沖縄時間)があるか?なんて思わないこともなかったけれど、誠実な彼らは予定通り迎えにきてくれた。ぼくら3人はOさんの運転で今帰仁(なきじん)村の運天(うんてん)港へ向かった。
 このほんの少し前こと。宿泊したホテルのロビーで同じく伊是名トライに参加する関西からいらしたご夫婦に声をかけられた。ぼくのロードバイクに呼び鈴がわりに装着している黄いアヒルのソフビ(通称2代目村長)が目にとまったらしい。この相棒はどこでもウケがいいのだ。
 お話をしていると伊是名行きのフェリーはかなり揺れるとのこと。一瞬、頭が真っ白になったが、酔い止め薬を余分に持ってきているので、なんとかなるだろうと思った途端、昨年はハンパない揺れで〜と追加情報をいただいた。
 台風の通過した今年はきっと揺れるだろうと、彼ら見解に脆弱な三半規管を有するぼくはなす術はなく、諦めるしかなさそうだった。と、そんな話を移動の車中でしたところ、同乗するMTさんは、昨年の状況を赤裸々に教えてくれて、僕らは甲板でビニール袋を持って待機しようと話し合った。前途多難とはこのことだ。

 沖縄北部、今帰仁(なきじん)村の運天港には2時間ほどで到着した。こじんまりとした港にはトライアスリート達のバイクが散見され、フェリー乗り場の一角に備えつけられた大会参加歓迎の横断幕が雰囲気を醸し出していた。
 年季を感じさせる運天港のフェリー乗り場から、伊是名島へ1日2往復フェリーが運航されている。
車から荷を降ろしていると副キャプテン殿とMさんが現れる。彼らとは春の宮古島以来の半年ぶり。硬い握手を交わす。こうして伊是名トライ参加メンバー、チームテチの5名が揃った。

 定刻通りフェリーは伊是名に向けて出港した。おおよそ1時間の航行だ。予定通りビニール袋をポッケに船の甲板にでると、真っ青な空の下に湾内を展開するパノラマを見渡すことができた。そして、しばらくすると船首が大きく下がり船体が揺れはじめた。足元が不意に下がり、ゆっくりと隆起する。船首の方にいると潮の飛沫を被った。
 群青の海面には飛魚たちが、船の進行に驚いたように逃げまわる。甲板にいたOさん、MTさんと会話しながら、船が揺れていることを意識しないように努めた。船上を見上げるとソナーがくるくると回転していた。
 伊是名から那覇の航行は、新潟から佐渡両津のそれとはまるで違った。船のサイズは佐渡フェリーの半分ぐらい。太平洋に浮かぶ島々へ渡るために持ち合わせなければならない逞しさをぼくは想像すらしていなかった。上下する船にしがみつくように島への早い到着を願った。
 目指す伊是名島を目視で確認できるようになる頃には、さほど揺れなかったねと人々が口々に感想を述べていた。同胞は少なくなかったようだ。ポッケに忍ばせたビニール袋の出番はなかった。この日は単にラッキーだったのかもしれない。伊是名へ、あるいは太平洋の離島へ向かうということは、船酔いの克服が必須であること思い知った。

 お昼頃、伊是名島の仲田港に到着。ついに上陸だ。宿は港から数百メートルほどの場所で、ランコース沿いでもあった。ぼくら5人はご縁のある方々のご自宅を訪問した。
 ぼくは初めましてなので会話の頃合いを見計って新潟からやって来ましたー、と合いの手のように差し込んだ。お邪魔させていただいたS子さんのご自宅には、いつぞやの国営放送の朝の連続ドラマでみた沖縄風の御仏壇や、大きな海亀の剥製を目にすることができ感激した。

 伊是名島は沖縄の原風景の残る島らしい。どこまでも広がる青い空、珊瑚礁と紺碧の海、舗装された道路に迫り出さんとする生い茂るさとうきび、尚円王のお墓、銘苅(めかる)家、珊瑚を積み重ねた黒い塀、赤や黄色のハイビスカス。どれもこれもぼくには目新しかった。そしてなにより、島の人々が明日のトライアスロン開催を真摯に受け入れ、参加するぼくらを歓迎してくれていることがひしひしと伝わってくるのが嬉しかった。大人達はもちろん、おじぃもおばぁたちも目を輝かせるように、明日は天気だといいねぇとか、どこに泊まっているの?と声を掛けてくだった。子供たちだってちゃんと理解している。島には小学生1年生は13人、2年生は8人いるよと太陽のように輝く笑顔で教えてもらった。
 バイクースを一通り下見したあと、小心者のぼくは翌日が不安になった。このときはとにかくランコースの険しさが際立っていて、そこにばかり気をとられていたのだった。
(続く)