4/18(土) ひとり、大神島へ
朝の涼やかな空気の中、宿泊から徒歩数分のパイナガマビーチを副キャプテンと散歩する。宮古の海はどこを切り取っても透明に近い青色をしている。
歩きながら怪我の修復と痛みのメカニズムについての講義が始まり、腑に落ちるところが多く参考になった。痛みという信号とそれへの対応を改める必要性を感じながら、今後のトレーニングを構築するヒントにしたいと思う。
今度の怪我の対応のまずさは、痛みを我慢して早期に身体を動かしたことが1番の原因だっと反省する。同じ轍を踏まぬようにしたい。
さて、この日はご承知のようにレースに参加する選手はバイク預託やスイム会場の下見などがあるが、どうにも心が落ち着かなくなるから逃げることにして、大神(おおがみ)島を訪問することにした。池間島へ向かう途中、島尻の港からフェリーで渡る離島だ。朝食のあと宮古島出身のMちゃんに車で送ってもらい、港で降ろしてもらう。
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島尻は宮古島の奇祭と呼ばれる「パートゥン」で有名な村だ。国営放送のぶらなんとかという番組で、宮古島を紹介する放送を観たが、まさにここがその撮影地だった。時間があるので村を散策して時間を潰す。人や車とすれ違うことはなく、牛舎の牛とハイビスカスがぼくの心を癒す。陽光に照らされて汗が止まらない。持ったタオルを手放せなかった。
島尻漁港の真ん中にフェリーが接岸する天蓋のある乗り場、その入り口に佇むプレハブのフェリー搭乗券販売所がある。フェリーは1日往復4便。販売所に掲示された時刻表を確かめるとまだ時間は十分にあったので港を散策する。
人の姿は見当たらなかった。海から吹く風、整備された護岸壁にぶつかる波の音。時折、鋭い鳥の鳴き声がきこえる。眼前には大神島。海と空に切り取られた島は浮かんで見えるぐらい、稜線がはっきりしていた。
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| 島尻湊からみる大神島 |
海上の珊瑚礁の切れ目では激しい波を打っている。太平洋で発達した台風の影響だ。大気は、海は一体で繋がっている。遥か遠くの小笠原あたりの力がここに伝播しているのだ。
防波堤から眼下を見下ろし海面をじっと見つめていると、潮の流れが止まり、突然流れ出す様子が伺える。海面のさざ波の向きと潮の流れてが異なっていることにも気がついた。
伊是名島でのOWS(オープンウォータースイミング)の経験から、この海で泳ぐのは容易でないと想像がついた。
大神島と島尻港の間、小波立つコバルト色の海上には柱のような突起物が規則正しく何本も立って島まで延びていた。若いイケメンのフェリー操舵士の方から伺ったところによると運行の目印だそうだ。名称は忘れてしまった。珊瑚の海底を掘って通り道があって、柱をみて右側を航行する。
干潮時には姿を隠した珊瑚礁が隆起するように海面から顔を出す。浅瀬に乗り上げないように操舵するのにはコツが必要だとおっしゃっていた。30人乗りの小型フェリーを操るのは容易ではない。干潮と満潮、風と波を掴んで変化する海を予測する。豊富な知識と経験が必須なのだ。
片道15分で大神の港に到着する。途中、波が荒くなって何かに掴まっていなければ立っていられないほど激しく上下する場所があったり、なかなか興奮した。やはりただの美しい珊瑚の海ではなく、例外なく容赦のない自然が横たわっているのだ。
船着場から上陸すると、体高30cm胴長50cmほどのみるからに年老いた犬が船に向かってワンワンと吠えている。このときの乗客は6名。皆が老犬を横目に皆が通りすぎたあと、ぼくはしゃがんで犬の鼻先に手の甲を向けじっとする。老犬はクンクンと匂いを嗅ぎ、ぼくの左右を行ったりきたりする。胴を優しくさすると、さらさらとした毛が柔らかくてさわり心地が良かった。傍らにいた島民と思われるお婆さんが、名前はユリ15歳、と教えてくれた。なんでも飼い主がここ2週間ほど宮古島へ出かけ(入院?)ていて、船が着くたびに主人が帰ってきたか見にきているそうだ。ユリの容姿が哀愁を帯びているせいで、物言えぬ彼女の吠えが切なく聞こえてくる。
尚、なんと偶然にも、ぼくの帰路のフェリーでご主人が戻ってきて、ワンワンと吠え続けるユリをみることができた。飼い主のお爺さんはなんてことない表情で餌をあげていたのが印象に残った。
大神島は島そのものが神聖な場所とされている。口承、口伝で語り継がれているようだ。 絶え間ない波の音、草木にそよぐ風。時折、土鳩の鳴き声が混じる。今は花の季節で路傍には白い百合の花がここそこに咲いている。草むらには無数の黒い蝶がハラハラと舞いあがり、またすぐにゆっくりと舞い降りるを繰り返していた。
時間が止まったような、あの世とこの世の境界とでも言うか、これまで味わったことのない雰囲気を感じる。神社仏閣の荘厳などではなく、もっとずっと原始的で無垢な神々しさだ。
さっそく遠見台に脚を向ける。多くは無人なのだろうか、コンクリート平屋作り民家が傾斜面に張りつき、その間を縫うように歩行者がすれ違える程度の坂道が続いていた。
手作り感しかない看板に従って進むと、そう古くはない木造の階段が現れる。急な段差の階段を登っていくと、二間ほどの木柵で仕切られた遠見台にたどり着く。
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| 遠見台からの池間島 |
帰りの船までの時間はたっぷりある。時間を掛けて島の外周を散策した。
路傍に咲く白い百合の花、はらはら舞っては着地を繰りかえす黒い蝶々たち。ちょうど干潮時を迎えたので浜に降り、海辺てサンゴの残骸や貝殻を拾ったりした。真っ青な小魚、巻貝を背負ったヤドカリを見る。海岸に沿って敷設された道沿いには、毒々しいムラサキ色をしたヤシガニがアダンと呼ばれるパイナップルに似た形状の実を食べていたり、砂地には赤い花びらのようなカニなどをみることもできた。ただ残念だったのはあたりに放置された廃棄物や、海岸に漂着する数々のゴミ。島に住む人々だけでは、もうどうにもならない量なのだろう。
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| 奇石ノッチ |
滞在時間は3時間半。なにもないことに価値を見出す島だった。ぼくは14時のフェリーで塩尻に戻る。ちょうどよく接続するバスに乗って平良港へ戻る。(まだつづく)





