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2026年8月18日火曜日

いろいろありすぎた今年のお盆 2026.8.10~8.16

★トレーニング備忘録
8/10(月) 終業後のジム、エアロバイク。漕ぎはじめて20分ほどで低血糖状態に陥る。しばらく我慢していたが意識がぼんやりする症状が強かったので、あわててロッカーに戻り持参しているジェル補給を口にして事なきを得る。夕方のトレはこれが起こる。ここでトレーニングは終了。

11(祝) 休日。午前の早い時間からロード走。曇り空に外気温は27℃。観測史上初の進路をとる台風15号の影響だろう。おかげで涼風を感じながらのランニングになった。
 キロ6分10~30秒くらいのペースで30㎞程踏むつもりでスタート。しかし、こういときほどトラブルに見舞われるようだ。走りはじめた早々つまずいて転倒、受け身をとって大事には至らなかったと思いきや、両手のひらと肘には擦り傷でそこそこの出血が。立ち上がると右の大殿部が痛い。衣服に血が付かないように気をつけながら走り出す。流血と傷みが伴っているものだから、流石に何事もなっかったという訳にはいかなかった。しかし時間経過と共に放出されるアドレナリンやなんやらが勝って痛みは和らいでいった。
 実戦さながらに早め早めの補給を入れていたが、何かで集中が切れてしまい結局20㎞でヤメ。走っているあいだは右の大殿部の痛みは大したことはなかったが、走り終えると痛み始める。視認すると派手な青あざができていた。横になると寝返りができない。まったくなんだかなぁもう。
 ちなみに、午後は休日らしくお出かけへ。買い物と食事そして映画「Michael」を観る。キングオブポップスで気分はノリノリになれた。どうやら第2弾の製作が決定しているらしい。2000年代の彼をどう描くのか楽しみで仕方がない。

12(水) 突然の訃報に胸を衝かれる。昨晩から連絡は回っていたのだが、その知らせが届く頃ぼくは既に就寝し(寝返る度びに痛みに悶絶しながら)、朝は自身のルーティーンに没入してしまい、大した内容ではなかろうと高を括ってメッセージの確認を怠っており、出勤してから知った。
 まったく言葉がでない。20年近く同じ職場で働き、ここ10数年間は定例ミーティングでほぼ毎日申し送りなどを行い闊達に意見を交わす間柄だった。話し上手で話題の絶えない人物だった。
 この日の夕方、支度をして焼香へ向かった。時間は限られていたが大勢の人々が参列されて駐車場は混雑していた。式場に入ると祭壇の棺に横たわる蝋細工ような彼の姿を目の当たりにし、本当のことなのだと認識するが、それでもまだどこか疑う余地みたいなものを探していた。唐突すぎる別れというのは概ねの感情を持ち去っていくのだろうか。きっと彼もまだ自分が亡くなったことに気づいてないんじゃないかな。

13(木) 恒例のお墓詣り。今年は諸事情により家内と2人。早々朝から各所を巡ってお参りをする。途中で合流したお義母さんとお墓に供えるお花の話題になりその価格を聞いて驚く。
 そして一路、村上瀬波の海水浴場へ車を走らせる。新しいウエットを着地用する海錬OWSだ。現地に到着したのは午前中で、陽射はまだそう強くなかった。陸では風が強かったが波は穏やかだった。帰省期間中なので人込みを覚悟していたが、砂浜にはいくつかテントが設営されていたが海を泳いでいる人はひとりもいなかった。
 早速着替え砂からスタートして波消しテトラ沿って泳いだ。深さがあるので海水は温かすぎず冷たくもない。テトラ群の切れめ、沖からの波が入る場所ではうねりがあり、そのせいだろうか水の透明度は高くはなかった。しかし、泳ぐにはまったく問題はない。
 新調したウエットは上々。これまでのもはサイズが小さかったのかもしれない。想像のはるか上をいく泳ぎやすさで、いくらでも泳いでいられそうだった。概ね2㎞40分ほど泳いで泳力の自信を回復する。自宅からだと遠出にはなるけれど、ドライブがてらにまた訪れたいと考えた。
 そして。この日も亡くなった同僚について感慨に耽った。もちろん泳いでいるときも。しばらく頭から離れないと思う。

14(金) 出勤日。通勤電車は「千と千尋の神隠し」の湯婆の姉さんだったかしら?の家に行くようながらんとした車内に連休を感じる。翌日の佐渡行きの準備もあり。この日はノートレ。

15(土) 始発フェリーで佐渡両津港へ。今回の目的は9月のトライアスロンのバイクコース佐渡1周190㎞の走破だった。
 両津港に到着。バイク完成車での搭乗だったが最後の下船となり、上陸したのは到着時刻からずいぶん遅れた。ぼくは荷物の詰まったトライリュックを背負い、バイク自走で宿泊先の河原田を目指す。容赦ない陽射に照らされ、お盆を迎えた佐渡の景色を眺めながらペダルを踏んだ。この時期に佐渡に訪れるのは初めてだった。観光客はもちろん、この島から出た多くの方々が帰省されているのだろう。佐和田へ向かう国仲バイパスでは車が連なって走っている。間違いなくいつもより交通量が多い。
 宿に荷物を預かってもらいスタートの佐和田海水浴場へ移動する。補給材は本番を想定して準備していた。定期的かつ状況に応じて補給をしようと考えていた。バイクボトルは適宜補給しながら進むつもりだった。
 9時40分スタート。足慣らしは自走で充分できているので出だしは好調だが、ちょっと頭痛がして体調は万全ではなかった。しかしこの機会を逃すわけにいかない。コース実走での気づきは間違いなくアドバンテージとなるだろう。それと直近で3種目のどれも正距離をこなしていないというのは本番での自信を欠いてしまうだろうから、頭と気持ちのためにもやり遂げたい。

 スタートからの二見、七浦のトリッキーな上り下りはバイクに頼ってみる。どこまでも楽をしようと目論んだ。相川の街に差しかかる頃には陽射はカンカン照りのうえ向かい風になった。風はぬるい。日向で減速しようものなら秒でうだりそうだった。
 尖閣周辺は平坦道。ひまわり畑で観光客と思われる人々が撮影している。そんな風景を横目に落ち着ついてペダルを踏んだ。平根沢の坂のピークにあるトイレで水補給と用を足す。
 高千に入る。Z坂までは平坦道が続く。ここでは小野見の知り合い宅を訪問するという小クエストが設けられていた。Googleマップで確認した目印を探しながらペダルを踏む。向い風がさらに強くなり、強い陽射と合せ容赦ない。風は変らずぬるい。先月ここを通過したときは追い風で涼しかったことを思い出す。今日は真逆だった。へばりたくないのでとっておきの補給を早めに入れる。ちょうどそれを口にしているときに目印を見つけ、停車する。連絡して知人と合流し、ご自宅の軒先で小休止。冷たい補給をゲット。ここまで1時間半とちょっと、無事クエストを完了する。

 再びバイクに跨る。この休憩が良かったようで不調も晴れる。まもなくZ坂が見えた。坂にかかったところでインナーに入れ、スパイラルカーブに沿って上った。普段ならトンネル手前で撮影ぐらいはするのだけれど、このときはそのまま進んで坂の感触を確かめながら進む。
 大野亀(67㎞)の意地悪な坂を越え、ロッジで下車、水分補給。手持ちの補給ジェルを口にしながら弾崎を回り外海府別れを告げるように両津を目指した。ここから一転した追い風に乗った。案外と道は上り下りがあってトリッキーな場所のイメージがあったが、風に助けられて余力をもってAve.を稼いだ。ボトルの掛水が力を繋ぐ。有名なダイビングスポットはみたことのない大勢の人が集っていた。また集落ごとにある公民館では提灯が飾られて夕方あたりになにかあるのだろうかと想像させられた。

 両津港ターミナル(102㎞、時刻にして14時ちょい前)で「されどおにぎり」さんの塩ムスビをほおばりつつボトル満タンの水分補給をする。いま振り返るとこのおにぎりが力になった。2個食べてもよかったかもしれないな。
 小佐渡に突入。走りなれたコースだ。指折り数え17時前には佐和田に戻れるかなぁと期待する。追い風に乗れればいけるかもなんて考えていた。
 両津の海岸線で小トラブルに見舞われ下車。しかし難なく納めて再び走り出す。陽射は予報によるとピークに近づく時間。陽射がきつく感じる。真木の坂も最初からインナーに入れて無理せず越える。この上りも長い印象があり、ハァゼィせずに終えたので安心する。

 小木まで補給のあてが思いつかなかったので手持ちを大事に使った。水津を抜けたところで、大佐渡のような追い風を期待したもけれど、さほどの恩恵はなかった。
 岩首、多田(オダ)そして赤泊。淡々と無心でペダルを踏んだ。お尻が痛い。ポジションを変えが頻繁になる。そういえば両津港下船直前にシャモアクリームを大量に塗ったお陰で股ずれはまったくなかった。本番はどのタイミングで塗り込むべきか考えあぐねるが、バイク直前がいいのだろうか?
 小木。たらい船乗り場(155㎞)でボトルをすべて満タンにする。手持ちのジェルは残り2つ。すでに16時を回っていた。思いのほか時間が掛かってしまった。
 小木坂にアタック開始。脚に力が残っていなかった。それでもバイクのおかげでゆっくりだがハァゼィせずに坂を上った。ここを過ぎればなんとかなるだろうと思ったが、残念なことに向かい風に相殺され、羽茂区間ではスピードには乗れなかった。それと同時ペダルを踏む力が足りなかった。
 山間部を抜け海岸線に向かう長い下り坂に期待するが、前を行く乗用車が予測不能な動きをして、坂に身を任せることがきない状態で三川の坂を迎えた。
 これは修行なのだ、試練なんだと軽いペダルをクルクルまわして坂を上った。ペダルを踏む脚には力はなかった。ふと振り返ると夕暮れの空、斜陽に照らされた海を背にしていた。この時間帯、この場所でバイクに乗るのは初めてだなと思った。きれいな夕日だった。いつか観光で訪れたいとも思った。
 坂を越え真野へ。風は真正面から吹いている。ドラマの撮影で使われて聖地化したバス亭に女性が数人群がっている。その横をバイクで通過する。
 八幡へ。本番ではこのバイクのあとにランが待っている。このバイク走の後あとランシュを履こうと決める。
 残り5㎞。補給を口にせずにはいられなかった。Ave.がこれ以上落ちないようにペダルを踏み17時20分、出発した佐和田海水浴場に戻ってきた。(ネットタイムは6時間50分、27.5㎞/h)

グロスタイムは 7時間40分

 このあと宿に戻って少しだけ走って感触を確かめる。案外に脚の疲労感みたいなものはなく、やんわり入ればいけそうだった。これがバイク(シナプス)の効果なら嬉しい。
 走破タイムの見積を誤って、友人らとの約束の時間を大幅に超えた。慌ただしく後片付けやら、ついでに翌日の支度して皆と合流して食事を共にする。本番を考えずにはいられなかったけれど、十分にやりきった1日となった。気づきは補給の量とタイミング。取捨と増量を組み立てたい。

16(日) 早朝。Aタイプスタート時間に合わせて佐和田の海水浴場へ。朝6時。ノーウエットだが沖へと泳いだ。ウエットを持って来ていたが億劫になった。海面は穏やかで静かだった。裸だが水温はちょうど良かった。目視で海底がみえるところまで行ったり来たりしていると、途中、佐渡の友人が合流する。ささやかな海錬だった。 

 宿に戻り、おもむろに着替えてランへ。7時半を過ぎていたと思う。すでに陽射が強くなって、先ほどまでの涼しさは潜んでしまっていた。ランコースを1周しようとスタートしたのだが、陽射と汗に負け半周で折り返す。そんなこんなのアクテイブレスト風の佐渡の朝を堪能する。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
8/10(月)  エアロバイク13(30) アクティブレスト
11(祝) ロード20(128)
12(水) 休養
13(木) 午前 OWS2.0(40)
14(金) 休養
15(土) 午前 佐渡 バイク20(46)、バイクコース189(6時間54分)
16(日) 朝 佐渡OWS1.0(20)、ロード5(32)
8/10~8/16(km)…S3.0、B209、R25・Re.3

2025年8月12日火曜日

佐渡バイク練 2025.8.4~8.10

 毎年恒例、お盆休はカレンダーに準ずるのだが今年は金曜日にお休みをもらって4連休をこしらえた。当然トレーニングを軸にして目いっぱい楽しもうと目論んでいる。その連休の頭となる8(金)9(土)は1泊2日で佐渡で汗を流そうと考えている。昨年も8月初めに佐渡を訪れてバイク練に勤しんでいた。もしかしたら恒例化するやもしれない。
 トライアスロンなど佐渡で開催されるスポーツイベントを目的に行動するようになって、徐々に佐渡での交友関係が広がり島訪問のオプションが増えた。むしろそちらの方が楽しみになっているかもしれない。程よい距離感も含めた気の置けない人々と過ごす時間が、これほど心をほぐしてくれるものだとは気がつかなかった。

★トレーニング備忘録
8/4(月) 終業後はジム、軽いストレッチのあとにトレミへ。先の週末の内容があまりにも不甲斐なかったので、ランをもうひと踏ん張りするつもりでトレミを選択。キロ6からスタートし1キロ毎にペースを上げるビルト走で10+1㎞走のダウンジョグ。
 顔をあげて上半身を起こし呼吸の気道を保ち、下っ腹を前に突き出してやや腰(骨盤)を落とし(より骨盤を前傾させるため)着地衝撃をハムに伝える。
 上半身は前進する力に使いたいので肩甲骨の左右の振りとそれに連動する腕まわしをたえず意識する。腕まわしの描く楕円軌道はペースによって変化するが、ここまでの経験では着地との連動は無理にしない方がいいような気がする。引き続き研究したい。

5(火) 終業後はジム。身体の節々が痛いのでプールへ。空きコースをみつけ入水すると妙に水が冷たく感じた。雨が降って気温が和らいだことと何かしらの関係があるのかなぁと、このときは思っていた。100mを立て続けに2本泳いで続く3本目。泳いでいる最中、頭部がズキンズキンと脈打つような不快な痛みを感じる。これ、ぼくにとって熱がでるときの兆候のひとつなのだ。水が冷たく感じたのは、もしかしてそれ、つまりカゼか…。
 プールをあがってジャグジーの温水に浸かり暖をとったが頭部の痛みは幾度となく表れた。この日はこれで退散。早々に着替えて帰路についた。案の定、夜に熱がでる。

6(水) 体調が思わしくない。相変わらず頭がズキズキする。普段生活には支障はないがトレーニングとなるとどうか。その筋の権威のコトバで「トレーニングを習慣にしている人は、とかく休養が足りない」という言葉を思いだし、目下、菌と戦っているであろう自身の免疫などのはたらく細胞たちに思いを馳せ、トレはお休みとした。体調改善に集中してもらおう。この先の予定もあるしね。

7(木) 降雨の影響で通勤電車が運休となった。久々に降る歓喜の雨のはずが雨量の予測が多過ぎて前夜、計画運休が発表された。ぼくは翌日の佐渡輪行の準備を勘案し、出勤前のジムトレを選択。勤務先から徒歩1分なせる業だ。
 午前7時ジム入館。あらかじめランニングの格好をしていたので、さっそく靴を履き替えてストレッチ、貸し切り状態のトレミスペースへ向かい許すかぎりの時間を走った。
 走り終え仕事着に着替える。シャワーを使えないことは判っていて、相応の準備をしていたけれどシャワーなしはやっぱりキツかった。また機会をつくって出勤前トレはやってみたい。シャワーなどの汗を流せる環境は必須で。

8(金) 有休休暇。始発フェリーで佐渡へ向かう。港の到着が遅かったせいで自転車での乗り込みが一番最後になってしまった。両津に到着してバイク自走で河原田まで移動、宿にチェックイン。準備をして佐和田海水浴場へ向かい、佐渡トラアスロンBコースのトレースを開始。
 前日の天候の影響からか例年のこの時期の風向きとはまるで異なっていた。最たるは水津から小木までの間が完全に向かい風だった。この時点で平均速度へのこだわりは断念。この間は結構にキツかった。気温上昇がさほどではないのが救いだったが、水分補給は小まめに行った。行く先の道路には前日の大雨の跡を思わせる土溜まりや枝葉が、小木へ近づくほどに散見された。きっとどこかで通行止めがあるのではないかと腹をくくった。

 ダウンヒルバーにスペーサーをかませたことで生じるポジショのン変化を再確認した。前回の佐渡練では、なんとなくそうかなぁと思っていたことが確信となったので調整する。近頃バイク実走が少なかったので、手を加えた時ほどちゃんと乗らないとなぁと思った。

9(土) 滞在2日目。前夜ちょっと飲み過ぎて酒精が残っていた。抑えたつもりだが前日の疲労も手伝って怠い。惰眠を貪りたかったけれど、早朝の佐和田海岸を眺めたかったので、いそいそと着替えてランニングをした。頑張れる感じではなかったので少しだけ。
 朝食を摂った後、トラ友さんと相川方面へゆるライド。相川の海を泳ぎたかったけれど波が立っていたので中止して宿へ戻った。
 時間は中途半端だったけれどチェックアウトして自走で両津港へ向かう。この日は12時のフェリーで帰路へ。新潟港に到着、その足でバイクを佐渡トライ参加用の車検に出す。

10(日) 天候は雨、予報通りだった。午前中ジムでトレミをしてさらにもうひと泳ぎと思ったが、いまいちやる気が出ずにコンディショニング泳で終了。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
8/4(月)  トレミ11(61)
5(火)  スイム少 体調不良にて中断
6(水) 休養
7(木)  トレミ9(51)
8(金) 佐渡練 午前 バイク19(42)、バイク108(246)
9(土) 佐渡練  ロード4(26)、午前 バイク37(80)、バイク19(43)
10(日) 午前 トレミ18(99)、スイム少
8/4 ~10 (km)…B183、R42、Re2

2019年8月7日水曜日

佐渡OWSのこと 2019.8.4

 OWS前日8/3(土)
 ほぼ佐渡トラ本番の装備でパンパンになった、重量感十分のトライリュックを担いで、宿泊先の八幡をめざしてバイクを走らせる。途中、潟鉄のお2人に会い、小佐渡回りの水津は通行止めのために迂回ルートを通らねばならないと教えていただく。
 そのルートは、上りの続く山合いを抜けるコースなので、どうしたものかと躊躇したが、今回の佐渡上陸は頼れる仲間が大勢いたので、予てからの通り八幡から再び両津に戻り、迂回ルートを含めて佐渡Bタイプの小佐渡コースを走ることにした。

 この時期は、なにはともあれ暑さ対策と補給が大切だと思う。さらに今ぼくは、1日1食生活も合わさってスタミナにも若干の疑問符が付く。
 両津のコンビニでクラッシュドアイスを購入してボトルに詰める。上りの続くルートを乗り越えるためのかけ水に使うのだ。気温30℃以上でのバイク練は、そう多くはこなしていないので慎重に進める必要があった。

 赤玉地区へ抜けるその迂回路は、以前通ったことがあったので想定が出来ていた。上り初めから頑張らずやんわりとペダルを踏む。速く行こうとは微塵も思わなかった。
 進むにつれて雲がかかり、陽射しが遮られ涼しくなっていくのは歓迎だったが、汗はまったく止まらない。ちびちびと補給しながら、時折かけ水で頭と首を冷やし頂上を目指した。
 棚田の中を葛籠(つづら)に折れる下り坂を一瀉千里で駆けるのだが、途中、後輪をロックしてしまい横滑りし、あわやガードレールに突っ込みそうになり肝を冷やす。アスファルトが濡れていることも手伝ったか。後輪が横滑りする嫌な感覚が残り、以降の下りは臆病なハンドルとなってしまう。

 迂回ルートを経て、海岸線をトレースする佐渡一周線へ出る。全身で陽射しを浴びながら平坦な道をDHポジションで軽快(な、つもり)に進む。
 岩首、赤泊で補給を購入、小木ではトイレ休憩を入れる。小木港の東屋で一息ついていると、宿泊が一緒のKさんが突如現れてお互いに驚いた。ぼくはそれを合図に腰を上げ、小木の坂へと向かうことにした。
 以降、西三川で小休止を入れ補給を切らさないようにしてBタイプのバイクルートをトレース、再び宿泊先の八幡へ辿り着く。サイコンは実働3時間半を示していた。

 ちょっとしたスイム道具を携えて佐和田海水浴場へ訪れる。するとちょうど「OWSのチャレンジスイム」が始まるところだった。
 海岸の東屋に腰を下ろして子供達の泳ぎを眺めていると、Hさんがバイクに乗って現れる。一緒乗ってきたフェリーで別れてから、他の面々と外海府を走ってきたそうだ。
 実はぼくも小佐渡を走り終えたら、外海府の海を目当てに、脚をのばそうかと考えていた。
 佐和田は砂地なので海水に濁りが出るのだが、相川、尖閣湾は岩場なので海水の透明度がすこぶる高い。昨年の夏、シーカヤックで遊んだときの海水の透明度が忘れられないのだ。が、ここまでのバイク練でもう満足。炎天下の空の下、久々の佐渡を感じ一日を終えた。

 OWS当日8/4(日)
 AM3時半頃。ガラガラガッシャーン!と金物を床にぶちまけたような物音で目が覚める。
何事かっ!とは思ったが、誰かが洗面台あたりで何かを落としたのだろうぐらいにしか思わず、それをきっかけに床から離れ、ランの支度を始める。
 未明の空の下、真野方面へ向かって約小一時間のランニング。港で折り返して宿に戻るころにはすっかり夜は明けて、晴れ渡る青い空が広がっている。注ぐ陽射しには力があって今日も暑くなりそうだった。
 部屋に戻ると各自それぞれが支度を始めていて、明け方のガラガラガッシャーンについても話題に上っていた。そのやり取りに何となく耳を傾けながら、ぼくもチェックアウトの準備に取り掛かる。ぼくを含めて6名という人数だったが、誰に気兼ねすることなく自分のペースで物事を進められるというのはとても楽だった。

 スタートの1時間前、会場の佐和田海水浴場には8時半過ぎに到着した。
 1,500mを泳ぎ終えたHさんから海の状況をたずねる。岸へ向かう折り返しから波が強く感じるとの情報だった。
 「波」と聞いてハッと気付く。レンタカーで移動するAさんらに預けた手荷物の中に酔い止め薬を入れっぱなしにしたことを思い出し、アップを終えたAさんを見つけ車へ薬を取りに行く。(スイムチェックの始まる頃にバタバタさせてしまいAさん本当に申し訳ありませんでした。でもAさんは見事年代1位、流石です!)
 そんなこんなで、ぼくはアップはさっと済ましてスイムチェックへ。その後、スタートまでは海水につかり身体を冷やすことに努めた。
 スイム練を怠けていて、半ばぶっつけで臨むような状態だった。僅かながら自信を担保するのは、4月の宮古島を1時間でスイムアップしたことだったが、スタートが近づくにつれて不安が増した。ゲストの松田さんとタッチして勇気をもらい、同じく出場するAさん、Sさんと手をつなぎ、声を上げたりして鼓舞をする。

 コース設定はスタートブイ1からブイ2の間が675m、右に折れブイ3までが100m、また右に折れて浜へ向かうブイ4まで675m、浜と平行してスタートブイ1まで50mだったと思う。これを2周回するのが3,000mの内容だ。
 コースにはコーナーの赤いブイ以外、内ロープや途中の小ブイなどなく、ひたすらコーナーブイを目掛けて泳がなければならないのだった。

 ブイ1の手前で整列して、カウントダウンと共に定刻9:30にスタートする。
 今回のOWSのテーマは基本「1ストローク1ブレスを2回、次いで2ストロークして1ブレスする」で泳ぐことだった。1ストローク1ブレス一辺倒よりは、ブレスが減る分少しは速くなるはずで、そこを明確にしたわけだ。
 これを意識して、他のスイマーとの接触を避けるようにて泳いだ。参加人数は知れていたのですぐにプレッシャーは消えた。それと、ウエット着用の下半身は発汗が多く攣りやすいので、適度に各部位を動かすことも心掛けた。左右キックや下半身のローリングに意識を回す。
 すぐに海底が見えなくなり、群青の海中にポツンと置かれる。あとはひたすら水の中を進むだけだ。できるだけロスなくブイを通過すればよいのだ。
 ・・・こんなふうに記すと、なるほど順調な入りで調子は悪くはなさそうと思われるかもしれないが、不安が先行しすぎて泳いでいてもまったく楽しくなかった。疲れたら1周でリタイヤしちゃおうかなぁー、ぐらいのことを考えるという、前代未聞の超ネガティブだったのだ。

 コースロープや途中のブイがないというのは、真直ぐ泳ぐ技術と進行方向を見定めることを要求されている。
 スタートから最初のブイまでは、ライフセイバーと誤認してしまうことはあったが、沖のブイの視認性は悪くはなかったので、テーマストロークの合間にヘッドアップを入れ確認するこができた。が、苦戦したのは岸へ向かう最中だった。実際、方向感覚を完全に失い確認するためにフロートすることが複数回あった。
 1周目、レース前のアナウンスでアドバイスされた鉄塔が海から認識できなかったし、目標とするブイを見失うことが多かった。
 内に入りすぎて水上ジェットバイクに乗るセーバーに進行方向を正すように促され、次に外に触れすぎてまた軌道修正を促されるというダメさ加減。こうなってしまうと投げやりになりそうだったが、ここは我慢。下手なりにヘッドアップを入れて岸を目指した。

 1周回目を終えるコーナーブイで補給を受け取り一息ついた。2周目に入るに当たり、進行方向は滅茶苦茶だが、掻きとブレスは出来ているから、頑張れとジブン!と諭す。
 2周目のどの辺りかは忘れてしまったが、急に2ストローク1ブレス(以下2S1B)で通せるようになり、ピッチを早めると息切れすることも確認する余裕も出来た。ヘッドアップは二の次で2S1Bを継続して気持ちよく泳ぐことに徹した。もちろ蛇行しまくりだったけど。

 中盤を過ぎてストロークが良くなってきたこともあり気持ちが上がってきた。2つ目のブイを折れてからはフォームを大きくしたりして泳ぎ方に変化をつけたりもした。
 3つ目のブイを折れ、あともう少しで終わるぞ!と気持ちよく泳いでいたら、やっぱりコースを離れてしまいセーバーに促されてしまった。正確には覚えていないけれど、ものすごく丁寧に声を掛けられて、一旦フロートして返事を返した。

 スイムアップは1時間8分。ここでの教訓を活かして9月の佐渡トラに向けてスイムを修正することに。やっぱり中距離練習はしないよりした方が良いし、ヘッドアップのドリルも必要だ。
 また、今回たまたま一緒に行動した皆さんがとっても優しい方々で、ぼくは気兼ねせずに終始自分ペースでやれたことがことのほか良かった。これも良い発見でした。みなさん、ありがとうございました。また来年も宜しく!(了)

2019年5月7日火曜日

佐渡サイクリングのこと~GWのおもひで 2019.5.2.3

 令和元年のGW、家族サービス云々よりも自分のやりたいことを優先し、ひとり佐渡両津港行きのフェリーにバイクと共に乗り込んだ。実は、今のいままでバイクで佐渡を1周したことはなく、この機会にやってみようと思いついたのだ。
 コースは両津港から佐渡1周線を小佐渡に向けてトレース、小木から350号線に入り、佐和田の大河原を経由して大佐渡を回り両津港へ戻るというものだ。

 深夜の両津行きフェリーの2等船室は十分にパーソナルスペースを確保することが出来た。ぼくは出港してからすぐに眠りについて、両津湾内に入ったというアナウンスで目を覚ました。起き抜けに関わらず機械的にいそいそと腹ごしらえをし下船の準備を始める。

 AM6時前、快晴の空の下、小佐渡へ進路をとる。スタートは向かい風。外海府に出ると追風に変るのかなぁなんて考えながら、久しぶりの佐渡の景色を眺めクルクルとペダルを回す。
 水津、岩首、多田(おだ)、赤泊そして小木。見慣れた道を進んだ。小木港で用を足して坂へ向かう。小木の坂は頑張らないようにペダルを漕ぐがやっぱり息が弾んだ。もう何度となく通っているが相変わらず上手くこなせない場所だ。ここを通過するたびにいつも思うのだけど、坂の下手さ加減は1mmも変らない。

聖地、大河原。
 西三川を越えたあたりから追風の恩恵を受けて佐和田大河原に到着。自販機で補給用の飲み物を買ったのだが、思い返せばこれがいけなかったかも。
 さぁ大佐渡!と気合を入れて相川へ向かったが急激に血糖値が上がった為か、ものすごく具合が悪くなる。ときどきこれがある。
 なんとか辿り着いたホテル大佐渡の前、相川の町が見渡せる高台の見晴らしの良い休憩所でひと休み。相川から折り返して金井の宿泊地(Nさん宅)へ向かおうかと思うぐらいコンディションは良くない状態だった。

 眼前に拡がる紺碧の海と快晴の空。時刻は午前10時。出発してから4時間が経過していた。今日の目標は佐渡一周。そうそうこんな機会はないのだから、ヘロヘロになっていいから、ゆっくりでもいいからと自分に言い聞かせてサドルに跨った。

Z坂のトンネル手前から
 入崎キャンプ場、岩谷口で一息いれて、Z坂、大野亀、それから二つ亀、弾崎と大佐渡の名所をイッキに通貫ける。
 弾崎を越えたあたりから追風を感じ、両津までの里程標が目に入り安堵する。が、両脚のハムと四頭筋の疲労は濃く、ちょっとした坂がツライ。力が出せない。所詮はこの程度と諦め、時計と睨めっこしながらペダルを回した。

 両津港にはPM2時前に到着。両津to両津の所要時間は休憩を入れて8時間10分。距離はちゃんと確認していなかったけれど概ね190kmからを数キロ欠く程度。この日のサイクリングは佐渡の景色と天候に支えられた。佐渡トラまでにはもう一度ぐらいはやりたいと考えている。

 翌日、早朝ランニングのあとドンデン山へ連れていかれる。山野草を眺めながら急坂を上り汗を流す。山頂付近はまだ雪が残り雪割り草が顔を出していた。
 頂上の山荘から一望する小佐渡の景色は圧巻だ。澄み渡る青空の下、国仲平野を一望するパノラマが眼下に広がっていた。また拝みたい景色だけど登山はもうたくさん。次回は車にしようね。(了)

両津のくびれと加茂湖

2018年7月31日火曜日

オレタチの佐渡 7月編

7/28(土)
 始発のフェリーで佐渡両津港に到着。
「この日が待ち遠しくて仕方なかったって表情(かお)をしているね〜」と、荷物を受け取りに来てくれたTさんに、開口一番言われる。
 うん、確かに。それは間違いじゃない。
 今回こそ頭を空っぽにして目一杯遊ぶつもりだったので、それが表情に表れていても不思議ではない。

 早速、サドルに跨った。僕のバッグを肩にかけたTさんに「いってきまーす」と手を挙げる。
 いつものように小佐渡へ向かう。通行止が解除された佐渡一周線で水津を抜けて、小木までトレースし、350号線を使って真野、河原田を通って相川へ向かう。
 千種(ちぐさ)のTさん宅には遅くとも14時には着けるだろう。

 久々に走る水津までは、欠落した記憶の補填という点では多いに役立った。ただこの辺りでは始終、台風12号の影響だろうか、向かい風に悩まされる。
 自身のコンディションはともかく、自然が舞台の競技は思うようにならないことが少なくない。その状況を上手く対処して、その後のパフォーマンスに繋げるというのはトライアスロンの醍醐味の一つだと僕は思っている。
 のっけから体力を消耗した感はあったが水津以降、岩首、松ヶ崎、多田、赤泊、小木と軽快にペダルを回すことができた。陽差しが曇り空に遮られていたのも助かった。水分の補給は一定の時間を決めてこまめに摂った。ぶっかけ水を含めてボトル3本を持参したのだが、河原田までは保ちそうにはない。

 小木、上りのピークを通過した頃、恐る恐るAveを確認すると30km/hをキープしていた。上り坂の捌きが相変わらずよろしくないので、本番まではもう少し上手く登れるよう練習が必要だと思ったし、前回もそうだったがこの辺りは陽射しが強い。気のせいかな。いずれにせよ余力を持って小木を臨むことが肝要である。

 大きな観光看板のそばにあるパーキング、赤い自販機の横でサポートカーがハザードを出し、2人のバイカーが補給をしている。僕も飲み物が底をつきそうだったので立ち寄ろうと思ったが、止まるのが億劫だったのでパス。バイカーに会釈して通過した。そこからほどなく補給は尽きてしまい、さらに真野へ近くにつれて向かい風が強まってくる。弱り目に祟り目だった。虎の子のアミノ酸ジェルを喉に流し込んでペダルを踏む。

 真野のスーパーマーケットにピットイン。時間はお昼近くになっており、獰猛な陽差しと気温に、相川行きを端折ってしまおうとも考えたが、冷たい飲みものをとったら元気が出た。サドルに跨ると気持は河原田、佐渡トラのスタート地点を目指していた。

 追風に乗って佐和田海水浴場から二見、長手岬を抜けて相川へ。そこから山手に入り登坂、31号線から佐和田を目指した。覚悟はしていたが再び強烈な向かい風の中、Tさん宅に到着したのは14時に近かった。
 もう何度も似たようなルートを走っているが、佐渡のバイク練習は別格だ。次回練習で訪れるなら、グッとと距離を伸ばし独りロングライドを決めたい。

 そして、間髪入れずにTさんと一緒に、アルカヤック(2人乗りシーカヤック)で遊ぶべく、彼の運転する車で海岸を目指した。バイクに跨っていた頃より、ずっと空は晴れ渡り、強い熱を持った太陽が姿を見せている。佐和田の海水浴場も悪くないのだが、透明度という点においては、やはり外海府が抜きん出ている。サドルに跨りながら、海の様子をチラチラ伺っていたので、僕から夫婦岩付近で遊ぼうと提案をする。
 Tさんがカヤックの組み立てに悪戦苦闘しているのを尻目に、待ちきれない僕は群青の海に飛び込む。なんちゃってスイム練スタート。海水は透明であたりが良く見える。小魚もチラホラ見えて気分が上がる。地元の島見浜を思うと、もうあそこでは泳ぎたくないと思わせる海中の光景が広がっている。


 アルカヤックは文句なく楽しかった。あちらこちらの沖磯を目指して2人でカヤックを漕ぐ。操作はむずかしくないし、二人乗りなのでどちらかが休んでいても良いものだから、後部座席の僕は大いに怠けることができた。ずっと笑っていたかもしれない。
 小一時間ほど遊んだあと、もう一度スイム練。ここでならずっと泳いでいられそうだった。
 陽焼け止めを塗らなかった背中には、この刻印が真っ赤に刻まれるのであった。


 7/29(日)
  朝5:30分。前日のさまざまな疲労が抜けきらない身体を、無理やり寝床から引き離しランへ。涼しいうちに走っておこうと、片手にはドリンクを詰めたボトルを持って、Tさんの家から見える金北山方面を目指す。
 山のてっぺんには、地元の人々がガメラレーダー(?)と呼ぶ白い建造物がひょっこりと顔を出している。
 青空にくっきりと浮かび上がる緑の金北山は壮大だ。里山の田圃道をひたすら山に向かっていると、早くから農作業に従事する地元の方の姿がチラホラ見える。田んぼの水路には、音を立て勢いよく水が絶えず流れている。他に聞こえてくるのは鳥の鳴き声ぐらい。自然の奏でる音に囲まれ、陽射しを避けながら山間の道を進む。
 先にはダムがあり、向こうからジョガー1人がやってきた。僕らは軽く挨拶を交わし、それぞれの方向を目指す。眼前には蛇行する急な上り坂が現れて、こっちへおいでと手招きしている。ガメラレーダーまで行くつもりないが興味本位で坂を登る事にした。
 まぁこれが辛い。歩く方が速いんじゃないかぐらいのスピードになり、ボトルも空っぽになってしまった。途中の木々の合間、上手い具合に山頂のレーダーの見える場所まで進んで、建物を仰ぎみて踵を返すことにした。
 13kmちょっとの早朝の金北山ランとなった。あのゲキ坂はマジヤバイが、もしかしたらいつか・・・。

 午前8:30過ぎ。Tさんとバイクで出発。サイクリング程度ねー、と言われても、こっちの脚は勝手に廻っちゃう。
 カンカン照りの陽の下、両津に向けて大佐渡線を通り、加茂湖周辺をぐるりまわり、加茂湖でちょっとした探し物をしたことは無かったことにして、僕的に恒例となったフルーツ削りで身体を冷やし、最後は追風の余力を借ってローテーションしながら千種へ帰路に付く。

 7月の「オレタチの佐渡」はこれにて終了。夕方のフェリー、2等席は横になれないぐらいの混雑だった。さて、次は・・・。

【佐渡2日間の練習 スイム?? カヤック?? バイク160km ラン13km】

2018年6月12日火曜日

佐渡輪行 2108.6

 週末、CADD10と共に海を渡った。
 目的地は佐渡、河原田。言わずと知れた佐渡トライアスロンの会場である。両津から小佐渡をトレースして目的地へ向かう。

 両津港の空は鉛色。港まで出迎えてくれたN藤氏に荷物を託し早々に出発する。バイクで走るのには少し肌寒く、雨の心配をした方が良いような天候だ。台風5号の接近に伴う影響だろうか。

 佐渡一周線を進む予定だったが、一部区間が全面通行止めということで、工事看板を横目で確認しながら迂回路へ。山間部へ向かう道にはいやな雰囲気が漂っていたが、予感は的中、のっけからのヒルクライムとなった。
 顎から汗が滴り落ち、途切れない登坂に心が折れそうになる。ここを通過せねば目的地にはたどり着けない。受けて立つしかない。未知のコースというのは予測がつかないので精神的に良くない。

 鬱蒼とした新緑に覆われた、起伏激しい山道を孤独に走り抜け、ようやく視界に海を捉える。眼下の斜面には田植えの終わった棚田が広がり、山間(やまあい)から覗く海へと続くロケーションは昨年秋に訪れた岩首地区を彷彿とさせた。


 つづれ織りの道を一瀉千里、再び佐渡一周線に到達する。降ってきたのは赤玉地区というらしい。両津からそう遠くない場所にタフなクライムコースがあることを知った。
 道路の修繕工事がこのまま終わらなければ、もしかするとコースに採用される可能性があるかもしれない。トレーニングを兼ねてまた訪れようかと考えるが、坂嫌いとしてはいかんともしがたいところあった。

 岩首から岩崎、多田、赤泊と走り慣れた道をDHポジションで駆け抜ける。小木に着く頃には雲の切れ間から陽が射してあたりが明るくなった。この日の予報通りだと思った。
 350号線、アスファルトがグリーンに塗られた交差点を越え、この日2度目の登坂、小木の坂へ突入する。
 あっという間に失速。スピードがまるで伴わない。こんなはずじゃないとイメージとのギャップに落胆しながら軽いギアでクルクルとペダルを回す。前半戦の消耗は否めないが、坂の実践不足を感じつつ、インドア練の追い込みが足らないことを反省をした。

 諦観と惰性で350号線を北上し、西三川の坂を超えると眼前には真野湾が広がった。アゲインストの風が強まりペダルを回す脚が重くなる。目指す方向には頭ひとつ飛び出た八幡館が見える。そこを目指すようにして黙々と進む。

 河原田に入る。商店街の突き当たりに鳥居が見える。バイクフィニッシュさながら、佐渡トラでは誰もが名前を呼ばれる十字路で過去のいくつかのシーンを思い起こす。
 心が波立ち、ざわついた。えも言われぬ感覚に心が奮い立った。
 これが欲しかったんだ。
 この瞬間(とき)、ここを目指した理由がはっきりと判った。それがなんであるか言葉にするのはむずかしいけれど、僕の人生でそれを思わせる場所はここしか思いあたらない。

 バイクトランジションの駐車スペース、フェンスで仕切られた河原田小学校のグランド、砂浜のスイムエリア・・・。
 誰もいないその場所で、僕はかつての風景を垣間見た。レース当日、静謐の中の喧騒、緊張感、そして興奮。


 この日、こうしてここにやって来ることで何か確固たるモノを得るわけでも、揺るがない自信がつくワケでもない。ただ、今、僕が何を感じるかを試したかった。
 僕にはこの夏の終わり、またにここにやって来る権利がある。息子も一緒に。その時まで、やるべきことはしっかりやろう。叶うことなら昨年の自分の背中を追い抜けるように…。(了) 

2017年8月7日月曜日

オレナツ(佐渡合宿)のこと

 7/29.30の富士登山に続き、8/6は佐渡でOWS。ちなみに7月初旬は琵琶湖をロードバイクで一周した。つまり直近1ヶ月内で日本で一番の湖、山、島をたて続け立に訪れたことになる。
 これって地味にスゴくない?と家内に尋ねると、それが出来る環境にあることを感謝しなさいっと一言。ウン、ハイ、ごもっともです・・・。

 さて。佐渡OWS(オープンウォータースイミング)前日8/5(土)の佐渡上陸は、僕にとって今回で3年目となる佐渡で一日遊ぶ「俺たちの夏休み」略して「オレナツ」であり、トライアスロンチーム潟鉄の「佐渡合宿」という位置付けだ。どういう理由であれ暑く短い夏を佐渡で満喫するイベントなのである。

 10時半頃、河原田のお宿「On・The・美一(ビーチ)」さんから二手に分かれて出発する。
 タカさん&ソファは佐渡名所コース、鉄女ママ、ブリオ様そして僕の3人は大佐渡コースだ。
 僕らは大佐渡の海岸線をトレースして両津を目指し、多田から小倉を経由して大河原へ戻ろうという計画だ。


 序盤、ロングライドの記憶を辿りながらいくつもの起伏を超えた。相川にたどり着く前にすでに汗だくだ。
 眼前に飛び込んでくる海は夏の日差しを浴びてさらに透明度を増していた。バイク練よりも海水浴だよなー、と冷たい海に飛び込むことを幾度も想像する。


 Z坂の手前にある商店さんで小休止。それぞれに涼を取り、Z坂から大野亀までは一気通貫。大野亀周辺ではすべての風景を独り占めしているようで気持ちが上がる。
 昼食をとる為に大野亀の食堂に入る。店内は決して多いとは言えない観光客でそれなりに賑やかに映った。汗だくの僕らにクーラーの効いた空間はパラダイスだった。

 根を張りそうな重い腰を上げ再びバイクへ。昼食後と言うこともあって僕は垂れ気味だった。すると反対方向からジャージ上着のチャック全開の男がバイクに跨って現れる。
 おー、待ってましたぜ!Xさん。予定通り無事合流。これで今回の合宿参加メンバーが揃う。
そして、ここから第二部バイク練スタート。Xさんの鬼引きに以下3名がピリッと引き締まる。気を抜くとちょっとした坂で置いていかれる。
 僕としては彼にこのまま牽いていただくのは忍びないので、無謀を承知で前に出る。スピードの1割り増しを除けば佐渡ロングライドの再現だった。
 ・・・しかし残念ながらこのローテーションはすぐに潰えてしまい、最初に仕掛けた僕は足が売り切れトレインから早々に千切れてしまう。
 結局、両津手前5kmでXさん&鉄女ママに待ってもらう始末。まぁこれが実力なのである。

 15時、両津に到着。計画を変更して大河原を目指す。Xさんの提案で「フルーツカフェ」さんにお邪魔しながらのサイクリング。このメリハリ感はさすがの采配。
 ちなみにサイコンの距離145kmを示していたけれど、実質的には河原田から両津の100kmがトレーニングに相当する内容でした。

  17時頃、先にチェックインしていたソファさんと合流する。するとブリオ様の提言で河原田の海岸通りをブリックランをすることに。やけに前向きだナァと思っていたらなんてこたぁない、通りがかりにOWS会場の競泳水着の女性を発見し、それを間近に見たかっただけらしい。先週のギックリ腰から、この日のバイク練でもイマイチ調子の悪かったブリオ様。さすが「腐ってもブリ」を感じさせます。
 こうなってくるとトレーニングは忘却の彼方へ。この後は和気あいあいのディナー&おしゃべりタイム。翌日のOWSのこともすっかり忘れ、床に就くまで他愛のない談笑が続きました。(続く)

2016年8月2日火曜日

佐渡輪行2016

 去年に引き続き佐渡、夏の輪行。始発のフェリーに乗って両津港に上陸。そして佐渡といいえばこの人、Tさんと合流する。

 大佐渡へ向かうプランがなかったわけではないが、時間的制約を考えて今年も小佐渡へ進路を取る。空には薄い曇が広がり、心配した気温もそこそこで頭打ちしそうな雰囲気だった。反面、鮮やかに晴れ渡る空と紺碧の海の織りなすコントラストの中をロードバイクで疾走することができないというのは至極残念に思った
 コースはTさんに全権委任。それが僕にとっていくつもの恩恵をもたらした。両津から道を逸れ農道に入った頃、山林の上空を一定のコースでぐるぐる周回する一羽の鳥を発見する。それはまさしくトキだった。野生で目撃したのは初めてでちょっと興奮する
 見渡せる同じ空にはトビもいて、その上空の振る舞いを比較すると、優雅に空を切るトビに比べ、必死に羽を動かすトキはどこかカッコ悪く見えてしまう。個体の特性なのか、種の飛行性能なのかわからないがアレはちょっとねぇ…と思うけれど、むしろそれが朱鷺に対する親近感に変わった。

 佐渡線から清水寺(セイスイジ)へ立ち寄る。京都の清水を模倣したそうだ。実物のスケールには到底及ばないものの、門をくぐった瞬間に、別の時間の流れに脚を踏み入れてしまったような錯覚があった。時間のヤスリにかけられ、木々の緑に囲まれた静寂さは何とも言えない風情が漂っている。




 再び佐渡線へ。バイクを漕いでいると春のロングライドの記憶が蘇る。連続する起伏。下りの勢いを借りて上りきれる坂もあれば、そうでないところもある。幾度となくそれらを繰り返した頃、道を左に折れ、多田(おおた)へ向かった。今度はだらだらと上り坂が続いた。僕らはせっせと坂を消化して上小倉の清水で休憩を取る。灰色の空から少しづつ青い空が見え隠れし始めた頃のことだ。
 冷たい清水は汗をかいた分を差し引いても十二分に美味かった。二つ目の恩恵だ。丁度、地元の方が水を汲みに来て、かつてこの自然の恵みがいかに生活に潤いを与えていたかを僕らに説明をしてくれる。話を聴きながら当時の情景に思いを馳せた。

 バイクに跨るとすぐに大きな茶色のダム壁が立ちはだかるように現れる。圧倒的な存在感だった。そのダムこそ、オニバス氏が現役時代に采配を振った治水事業の一つだとTさんに教えられる。このダムをもって佐渡の治水事業は完成したそうだ。
 今回のサイクリングは至る所にノスタルジックな風景に彩られている気がしてならない。これ今日のテーマ?と尋ねてもTさんはただ笑っているだけだった。

 トンネルを抜けると多田港まで一瀉千里。絶対にバイクで上りたくないような坂を下る。海岸線の深層海洋水の売店でいつも気になっていたアイスクリームを頂く。2人で腰を下ろして港を眺めながらアイスを食べた。
 お店の方から海洋水を勧められ、よかったらボトルに汲んでいっていいよーと言われ、お言葉に甘えて全力チャージ。三つ目の恩恵。海底300mの海水を汲んでろ過したもので、ミネラルをたくさん含んでいるそうだ。発汗の激しい僕には打ってつけの補給だ。

 多田、赤泊を抜ける。左手に広がる海の景色に眼をやりながら、1ヶ月後、またここを走っていることを想像しながらペダルを踏んでいると、小木まであっという間に到着した。
 小木ではお昼にお蕎麦を頂く。6年ほど前、会社の同僚らと釣りに訪れたときに食べたことのあるお店だった。小皿風の椀で出されるのは覚えていたが、味の記憶はきれいになくなっていた。
 少しヨレたお蕎麦とダシが程よく効いて、添えられた香の物と一緒に頂くと味わいが増した。素朴な味わいとでもと表現するのが適切だろうか。



 小木の坂へ向かう前に、ちょっと寄り道していこうとTさん。矢島・経島(ヤジマ・キョウジマ)を訪れる。溶岩がそのまま固まり、ごつごつとした岩肌がむき出しになった海岸で、近くの売店からは佐渡の民謡が拡声器から流れている。小木の景勝地は総じて民謡が流れていることに気付き、きっとこの拍子に合わせ、たらい舟を漕ぐのかもしれないなと思った。陽が完全に顔を出し、バイクを降りるとうだるような暑さになっている。


 いつか機会があればたらい舟を漕ぐのもいいなぁと思いつつ小木の坂へ向かう。これで3度目。一瞬で汗だくになりながら、昨年の佐渡トラで通過し時のことをパラパラと思い出す。
 雨が降り始め声援を贈る人たちが傘を差していたこと、それから女性の乗ったTTバイクに交され、追いかけようと必死になったことなど。今年も小木の坂は死に物狂いで頑張らねばならない。

 西三川の果実の売店が営業していたので立ち寄った。店に入るとしっかりクーラーが効いていて、試食のスイカを勧められた。もっと冷えたとこをお食べ~、と言うとおばちゃんは冷蔵庫から大きなスイカを取り出して、目の前でザクザクと切り出してくれた。甘くて良く冷えたスイカは喉を潤し、身体の熱を下げてくれた。この日、四つ目の恩恵。売店のおばちゃんは「暑い中、大変だねぇ~」と何度も繰り返し労ってくれた。



 風景を見ながら真野までの下りを堪能し両津へ向かう。Tさんは午後の陽射しに当たったせいか、疲労度合いが濃く、彼の自宅の近くでお別れをすることに。コーラで乾杯したかったけれど、良く冷えた甘いスイカがその代わりだったということで、またOWSで会うことを約束した。

 一人、両津港を目指した。何度となく通った見慣れた道を進む。港に到着し、サイコンを覗くと計ったかのようにちょうど100km。終わってみればあっという間の佐渡サイクリングだった。 
 今回も佐渡の人情と自然に触れることのできたサイクリングだった。
 じゃ、また来年!(了)





2016年5月5日木曜日

喜多方ツーリングのこと 2016.5.3

 昔から言われていることだが、人はストレスのある環境の方が能力を育てることができるという。ちょっと無理をすることで肉体的、精神的に成長を促すきっかけが得られるのだろう。

 今回の福島県喜多方への輪行、200km以上の輪行は僕にとっていつかは通らなばならない、避けて通れない事柄の一つで、期せずしてこのGWに挑むことになった。
 参加の理由は他愛のないもので、予定していたトライアスロンチームのバイク練習が天候によりキャンセルになり、その代替として開催、参加することにしたのだった。
 経験したことのない距離で、僕の身の丈に合わないことは想像できたけれど、せっかくの機会なので気負わずに臨むことにした。勝手知ったる仲間たちと一緒なのだし、無理と感じたら皆に迷惑が掛からぬようリタイヤすればいいのだから。

 ルートの関係で僕の住む近所が集合場所になった。僕は3時半に目を覚まし、いそいそと準備を始める。一通り確認を終え、悩んだ末に輪行袋を持っていくのを止めた。これが正しい判断かどうかはわからないけれど、不可抗力で必要になるよりも、自身の意思により必要になることが考えられたので、ある意味退路を断つ趣の方が大きかった。輪行袋よりチェーンカッターをもっていくことを選択した。

 AM5時予定通りスピリットZさん、KHYさんの3人で月岡から290号、赤谷経由で次の集合場所である国道49号線沿いにある津川のコンビニを目指した。約束の時間はAM7時。そこで5名と落ち合う手筈なのだ。

 赤谷へ入る途中、山から吹き降ろす「ダシの風」に吹かれ、僕らは大幅に速度を落とした。(後日、ダシの風とは、船を出す風に由来していると教えて頂いた)。それ以外は事もなく郡堺に到達、そこからしばらく続く下り坂の勢いを借りた。僕はスピリットZ、KHY列車に連なるり必死にペダルを漕いだ。そうして約束の津川にはジャストタイムで到着。あっという間の2時間、50kmの走破だった。

 この日、津川は「狐の嫁入り」の開催日だった。ところどころに宣伝告知や装飾が施されている。そんな津川のコンビニ駐車場の一角に、ペコわとさん、鉄女ママさん、ひぐまささん、H間さん、HDさんに僕ら3名を加えた総勢8名で一路、喜多方を目指す。
 ところで何故、喜多方かって?そりゃ喜多方ラーメンをみんなで食べに行くのでアリマス。お店は特に決めず、そこそこ美味しいなら、どこでもよいと言うカルーイ感じ。喜多方が目的地というより、輪行可能な距離の折り返しが場所がかの地だったと言った方が適切かもしれない。


 459号線のトレースを開始。鹿瀬から阿賀野川沿いに進み、徳沢から山あいに入ると杉木峠を超え、奥川の役場、そして龍泉寺から往路最大の難関の坂が始まる。斜度9%の表示看板を一瞥して、ひたすらペダルを漕ぐ。

 すぐにインナーローになり後がなくなる。ケイデンスを上げるべく必死だ。息が切れると変速を上げ、ダンシングで息を入れる。そんな風にハァハァゼイゼイやっているところに、横から涼しい顔で鉄女ママが坂を上ってくる。
「ハンドルに体重を乗せない〜。肘を折るぅ〜」
 言葉にちょっと節がついていて、思わず笑ってしまう。
 「サドルにも体重をかけない〜」
 シッティングのコツを教えて貰う。が、そうは上手くできない。少なくともその意識を持ってクルクルとペダルを回しながら、坂の頂点を思い描く。アスファルトに滴り落ちる汗と、荒い息遣いが世界のすべてとなる。

 AM9時半。難所を超え、残雪おびただしい飯豊連峰を望む展望スポットで小休止。清々しい天気だ。一仕事やり終えたこともあり気分は格別。ここでアクシーのA木さんが隊列に加わる。僕が坂で悶絶している横を、後方から坂を何事もないようにスイスイ上って来られ、KHYさんとお喋りしながら前を行ったところを目撃した。間違いなく、只者じゃない。


 上りがあれば必ず下りがある。HDさん、ペコわとさん、鉄女ママさん、僕のトレインで坂を下る。僕らは一瀉千里で山都を通過。通称、山都そば街道。喜多方まではもう少し。ここまでの走行距離は90kを超えていた。

 往路、上り坂のある蛇崩山をKHYさんのサポートを貰いながら頂上に着くと、目の前には喜多方の街が広がっていた。AM11時。頂上付近では向かい風が一層強く感じる。ここからはスピリットZさん、HDさん、僕で牽き合いながら、腹ごしらえの出来るお店を目指す。

 立ち寄ったお店は「上海」さん。正直に告白すると僕の喜多方ラーメンに対する期待度は高くはなかったが、注文した中華そばをひと啜りしたところ、
「!!!」
 おもわず美味いっ、と言葉が漏れてしまう。ここまでのプロセスが調味料にもなっているだろうが、間違いなく味が良い。
 「バイクを輪行袋にしまって、一杯やって電車で帰るのが正解だねぇ」とペコわとさん。
 僕は激しく同意したし、次やるなら絶対ソレ、ソレ一択だと思いつつも、帰路が憂鬱になりそうだったので、その話題には積極的に触れないようにした。


 その後、道中で見つけたナッツ由来のスイーツを堪能し、いざ復路。蛇崩山では鉄女ママの後ろに付いて、ペダリングを観察しようと思ったが、すぐに余裕はなくなってしまい、後ろを付いて行くのがやっと。このとき、幾つかの教えが僕の脳裏を過る。
 KHYさんがポツリと一言、
「基本インナーで、アウターは下りしか使わない」
 さらにゼミでのアランさんの言葉、
「坂を利用してトップスピードに入れ、それを持続する練習すると速くなるよ」
 この2つの台詞が頭の中で融合する。上りのてっぺんからアウターに入れ、思い切りペダルを漕いだ。下りの勢いにフォローの風の力を借りてスピードに乗る。気持ちいい。自重をペダルに掛ける意識を持つと、スッとケイデンスが上がった。僕を追い抜く乗用車の窓から、子供が手を振り声援を送っている。僕はその声を拾うように車を追いかける。CADD10がそれに従う。スピードに乗りどこまでも進んでいけそうに思えた。

 小休止を挟み、山都から宮古、そして津川を目指す。一瀉千里で下った山都ルートを帰りは上るのだ。前方のスピリットZさんの背中は遥か遠く、さらに坂を上るにつれてペダルは重くなっていく。

 宮古トンネルを抜けたすぐ傍らの清水で、スピリットZさんは僕らを待っていてくれた。休憩にありつき安堵した。またこの清水が格別に美味い。喉を潤し、空いたボトルに水を詰めた。出発。まだまだ上りは続く。ここも鉄女ママさんから自重をペダルに乗せるコツを聴きながら汗だくになった。


 徳沢の手前、杉木峠でKHYさんが上りで度々やっている、下ハングリップのダンシングを真似てみる。シッティングからの下ハンダンシング。普段のダンシングよりは入力が楽で自重を使うペダリングであることが判る。鉄女ママの教えと併せてスッと腑に落ちる。なんでいままでコレに気がつかなかったのだろう。

 徳沢駅で小休止。時間の流れから外れたような、ちょっとノスタルジックな駅だった。
 引き続き459号線、阿賀野川沿いを走った。スピリットZ、ぺこわとトレインについて行く。突如、スピードを上げてもがいてみたり、トンネルで声の反響を楽しんでみたりと無邪気に楽しんだ。
 スピリットZさんはもちろんだが、ペコわとさんが底知れない。まるで歯が立たない。さすが女王の異名を持つだけはあるなぁと感心する。9月の佐渡Bタイプでは完全にライバル視させて頂くのでヨロピク。ただ一つ、津川へ向かう途中、道が正しいのか何度も尋ねられたことを思うと、ちょっと方向音痴そうなので、そこに付け入る隙があるかもしれない。それとも、僕の道案内が頼りなかったせいかな?

 道筋にある縄文清水で小休止。身の丈を過ぎはしゃぎすぎてしまい、エネルギー切れを起こしかけていたのでありがたかった。そして、ここの水も十分に美味かった。そうこうしていると、狐のメイクをした女性が、水を汲みにこられたのでつかさず声を掛ける。津川での狐の嫁入り祭りを思い出す。話をしているとPM4時から交通規制のため津川で集合したメンバーの車が出せなくなることが判った。

 ここからが本領発揮。残り30分ちょっと。スピリットZさん牽く特急列車で駐車場を目指す。僕は脚が残っていないのでゆるゆるとみんなを後ろから追いかける。
 津川組は無事駐車場に到着し、事なきを得る。自走組みの僕を含めたスピリットZさん、KHYさん、HDさんの4名は国道経由で新潟へ向かうことを決め、津川組とお別れする。

 お祭りでにぎわう津川の町はどこか風情を感じ、川べりの特設会場もさることながら、地元麒麟山酒造には多くの人が集まっていた。人の流れとは反対に向かう僕らは後ろ髪を惹かれそうになった。喜多方の上海での輪行袋トークが再び脳裏をかすめる。

 津川のコンビニの一角。今朝も陣取った同じ場所で、僕らはおにぎりを始めとする炭水化物を腹にしまう。帰路は凡そ50km、2時間程度かかるだろう。それぞれ互いの帰路を報告、確認し合う。

 PM4時を回ったところで、いざ出発。牽き合いながらトレインは国道を進んだ。僕には道が下り基調だったことが大いに幸いした。それから安田に近づくにつれ追い風になったことも。

 この途中、HDさんにパンクトラブルがあったけれど、鮮やかな手さばきで難なく解消。更にその作業中にバイクメンテのプロフェッショナルが降臨するというサプライズも発生。偶然といえばそれまでだが、何かを持ち合わせた人達と一緒にいることを肌で感じた。


 安田の交差点で皆にお別れして290号から水原経由で帰路に着く。はじめての200k超えを距離を経験したせいだろう、膝から下に疲労を強く感じていた。それでも安田おろしの風に背中を押され、PM6時20分頃、無事帰宅。走行距離228km、Ave25km、13hの全工程だった。


 膝から下の疲労は今も尚色濃く残っている。その疲労に見合う分だけの収穫はあった輪行だった。さてさて、次はどこに行こうかしら。(了)

2015年7月17日金曜日

佐渡輪行 2015夏

 4月のトキマラソン以来の佐渡。目的はトライアスロンBタイプのバイクコースの試走だ。


  両津のフェリー乗り場でガイド役を買って頂いたTさんと合流する。Tさんとはトキマラソンの会場でお会いして以来、行動を共にするのは今回が初めてだ。よろしくお願いしますと挨拶をしながら、ぼくはさっそく輪行バッグを開く。
 
 ぼくらは両津から小木方面へ向かってバイクを走らせる。空には少し厚みのある雲が広がり風があった。向かい風だ。それらは歓迎しかねるけれど気温を和らげるのに一役買っていると思い我慢をする。
 Tさんの後ろについてペダルをクルクル回す。Tさんは地名やコースの特徴、それからエイドの位置なんかのことを話してくれた。熱心な説明にぼくは耳を傾けるけれど風がそれを邪魔をする。時折、彼の声が風の中に消えた。
 
  海岸地形をトレースする。小高い上り坂があればそれに見合った下りがあった。アップダウンを繰り返す。上りで緩んだスピードは下りで挽回する。小さな港が現れては消え、また次の港が現れる。ペダルに意識を集中する。そうしているうちにいつの間にか雲が消え、青い空が覗いていた。眼前には群青色の海が広がっている。

 走り始めて1時間ほど、岩首(いわくび)で小休止。早速自販機でコーラを買った。慌ただしく両津港から出発したので、Tさんとろくに話もしていなかった。他愛のない話題で少し話し込んでから出発した。

 

 松ヶ崎で水を補充。この頃には空は晴れ渡り、熱を含んだ陽射しが降り注いだ。断崖を彩る緑の雑木林が遠くの方まで伸びている。ぼくらは隊列を組んで風を切った。車の交通はほんの僅かで、二人で道路を占有している気分になった。
 
 赤泊で小休止。Tさんの提案で北雪酒造さんにお邪魔する。低温管理された木の香漂う陳列庫に案内される。目にしたことのない銘柄がいくつもあって思わずゴクリと喉を鳴らす。
 天井の低い少し薄暗い木造の母屋には、北雪ブランドを愛飲する著名人の写真と共に、様々な商品の案内がよく整理された状態で展示されている。そして太い柱には骨董クラスの背の高い掛け時計があって、気が付けばTさんはお酒よりもそちらを食い入るように見つめていた。

 小木までもうすぐだった。ペダルを回しながらお喋りをする。Tさんがふと、自転車を漕いでいると何を悩んでいたのか忘れてしまうことがある、と言った。同感だ。一所懸命に身体を動かして、ハァハァゼイゼイやっているうちに雑念が散霧する。不要な部分は取り除かれ、先ほどの北雪酒造さんの大吟醸酒ではないけれど、玄米を削りに削った35%の米粒のような問題の核心だけが手許には残ることがある。ぼくらはバイクを漕いだり走ったりして余計な雑念を削ぎ落とすことで日常とのバランスを保っているのかもしれない。
 小木港に到着する。両津港からおおよそ60kmの距離だ。
 
 昼食をとって出発。いわゆる小木の坂は港からすぐの路地で繋がっていた。国道350号線、それはフェリーの海路によって本土と繋がる国道だ。結構な急勾配に見えそこを上ろうとする者は何かしらの覚悟が必要だと感じる。大会当日はこの路地近辺に人が集まって選手たちに声援を送るのだと、Tさんは言った。そしてぼくらは互いに頷きあって坂に向かった。
 
 小木の坂を堪能する。入りは急だけれどピークを過ぎれば傾斜は緩やかになる。ただし本番を想定すると80kmすぎのこのシチュエーションは間違いなく気が萎えてしまうだろう。しばらくの間ダラダラとアップダウンが続く。それから小木までの交通事情とは異なり、国道らしく車の往来が頻繁に増えたように感じた。

 
 

 アストロマンのスピリットZさんから、小木の坂の終わりに50km/hを越えるの下りがある旨をLINEでいただいていた。思った以上に時間がかったけれどそこに到達する。ぼくは下りながら、ベテランは小木からここまでをひと区間としてみているのかぁ、なんだか感心してしまった。その50km/h坂は海の方へと延びている。

 
 海岸線に出ると一気に視界が開けた。左手に広がる海は打って変わって、まるで昔の東映映画のオープンニングのような荒波が立っている。先を行くTさんの姿が見つけられない。ぼくは追いつこうと必死でペダルを漕いだ。見た目にインパクトのある潮掛鼻の坂の頂上でぼくを待つTさんを発見。そこからすぐ先にある自販機で休憩を取ることにした。
 2人並んでコーラを飲んだ。夏の陽射しと得も言えぬ爽快感があいまってか、お互いの顔を見て腹の奥底から笑いあった。子供の頃の夏休みを思い出すねと、Tさんは言った。


  真野のスタート地点に到着する。薄曇りの空の下、海は白波が立っていた。ぼくらはほんの少しだけ会場となる場所を散策する。どこかにその熱い夏の記憶が刻まれているのかを確かめるように。唯一、目に留まったものと言えばトライアスリートの写真でラッピングされた自販機が佇むように設置されていたことぐらいだった。
  ぼくらがバイクにまたがり発車しようとタイミングを見計らっていると、期せずして両方向の車が停車してくれた。ありがとうございますと頭を下げる。島民の粋な計らいというよりも、この場所についての共通認識が存在することを知らされた思いがした。

 国道を外れて一路両津港を目指す。国仲平野を抜けて日吉神社の交差点に出る。そこは見覚えのあるトキマラソンのコースだった。この時点で走行距離は100kmを超える。
 ペダルを踏みながらマラソンの記憶を呼び起こし、目の前の道に重ね合わせる。印象に残る建物や風景をバイクから改めて眺め、来春再びここを走ることを想像する。
 フルマラソン、OWSそしてトライアスロン。今年は随分とお世話になる。こうして佐渡との関わりが生まれていく。高い確率でリピートすることに違いない。あとはどこまで手を伸ばすかだろう。

 あっという間に時間は過ぎるものだ。次はOWSですねとTさんと握手しながら近い再会を約束する。
 走行距離111km、Ave.24km。乗車時間4時間40分。心の底から楽しいと思えた、の佐渡輪行だった。じゃぁ、またね! (了)