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2025年9月16日火曜日

第37回(2025年)佐渡トライアスロンのこと

 1.スイム

 佐和田の海の浅瀬には白波がいくつも見える。

 Aタイプがスタートする朝の海といえば、鏡面のような穏やかな印象があるが今年は違った。浅瀬には波が立ち、海面のところどころがうねってみえる。今年のスイムはハードモードだなと思った。

 波立つ海を泳ぐことより、ぼくは波酔いを心配した。かつて海で練習を始めた頃、二日酔いみたいなひどい波酔いを経験してから、海で泳ぐときには必ず酔い止めを服用することにしていた。普段は1錠を割って半錠ほどで済ますのだが、今日は1錠を使うことにした。


 Bタイプのスイムチェックが始まったあたりから進行役の新田さんが

「体調が心配だったり、泳力に自信のない選手はスイムスキップの申請をしてください。無理はしないでくださいね。」と、しきりに自制を促している。安全第一のお知らせぐらいにしか気に留めていなかったが、海からの風が強まり、幾重もの白波が立つのを目の当たりにすると、時間経過とともに高くなる波を危惧しているのが理解できた。待機する選手からスイムスキップを選択するといった声も聞こえてくる。


 ぼくらBタイプの選手がスイム会場へ移動を終えた頃、スタート15分前ぐらいだろうか、審判長からスイムの距離変更が告げられた。今年のB.Rタイプのスイムは1、350mに短縮された。短縮コースは事前に準備されていたのではなく、たまたま中間付近にあったブイで周回させることで短縮対応ができたことをレース後に知った。

 ぼくは腹を括ってスタートを待っていたので距離短縮の措置に別段なにも感じないままに海上に浮かぶ目標物の説明を聴いていた。


 定刻7:30。号砲を合図に選手たちは一斉に海へ向かう。ぼくはちょっとだけ浅瀬を歩き空きスペースを見つけ海へ飛び込んだ。ひどく濁った海底を見ながら水を掻きストリームラインの姿勢で波に翻弄されてみた。波の間隔や強さを掴もうとした。波の通過にあわせて水中を進み、通過後にブレスができればと考えていたのだった。

 最初の何度かは上手く行った。しかし、今思えばそれはほんの僅かだったかもしれない。周囲からのプレッシャーを受けた途端にタイミングが合わなくなった。ブレスの最中に波に揺られると自分がどこへ向かおうとしているかが判らなくなる。ヘッドアップしても眼前には高い波が現れ視界を塞がれてしまう。その高く盛り上がった波の斜面には必死に泳ぐ選手らの姿しかみえなかった。


 波に翻弄されながら周囲の選手達から離れないように努める。すると腕の時計が振動し、スタートから10分が経過したことを伝えてくれた。自分の泳力なら一つ目のブイまであと150mぐらいだろうか。そんなあたりをつけてヘッドアップを繰り返し、ようやく視認できた周回用のブイはそう遠くはなかった。

 第1ブイを通過して第2ブイへ。ここはブイの間を繋ぐロープをつたった。第2ブイを折れて岸に向かう。ここは後ろからやってくる波に乗れれば楽に進む。ぼくは前を泳ぐリレーの選手をみつけ、その左後方につく。きっとぼくより泳げる方なのだろうと考え、先導役として利用させていただいた。


 眼下の海底にごろた岩が見えた。岸は近い。それでももうしばらくは泳がなければならないのだけど、言わずもがな沖に向かうのとは気持ちはまったく異なる。終わりがみえる。あっという間のスイムだったなと思ったとき、あらためて距離が短縮されたことを思い出した。

 海底がより迫ってくる。ブレスするとすでに立ち上がっている選手がみえる。つられるように思わずぼくも立ち上がる。しかし、岸まではまだ50mほど距離があった。2度ほどドルフィンぽいことをしたがまったく上手くできないので、海中に飛び込んでギリギリ岸まで泳いだ。 

 ※スイムアップ0:22分


 2.バイク

 拍手と声援。ロードバイクのタイヤとアスファルトの摩擦音にホイールの回転音。朝の佐和田の街にトライアスロンの音が響く。第2幕、バイクパートの始まりだ。

 まずは両津をめざす。追い風だ。漕ぎ出しは力んでしまうのか、ハムストリングスやら四頭筋がものすごく疲れてしまってペダルを漕ぐのが嫌になる。いつもそうだ。なので回りにつられずに自分の気持ちいいペースでペダルを踏むように努める。追い風にもつられてはいけない。入りは自分のリズムが大切。左手に展開する大佐渡の雄大な山々に時折目をやりながら国仲バイパスを走る。

 新穂を経て両津、佐渡1周線に辿りつく。両津海岸から河崎、真木、入桑、姫崎を通って水津までくるとスタートの河原田から距離にして約30km。特徴的な佐渡島の形状の釣針のような地形をトレースすると風は完全な向かい風となった。

 AS(エイドステ-ション)で補給ボトルを受け取る。今年のボトルは黒、ソフトタイプでとてもカッコいいボトルだった。そしてすぐ目の前にはリレー参加の佐渡市長殿のバイクがいて、ボランティアの子らが、市長速いねーと話し合っているのが耳に届いだ。白いTシャツをまとった彼の株は上がったに違いない。

 向かい風とは喧嘩しない。無理に頑張らない。30㎞/hキープは難しいが焦らずいつもの自分の漕ぎ方を通す。チョイ重いと感じるぐらいのギアで自分の体重を乗せるように、そして踏み込みすぎないようにペダルを踏む。ケイデンスは高くはない。風が強いと感じたらギアをひとつ落とす。ひたすらそれらを繰り返す。


 岩首、多田、城ヶ崎に赤泊、そして羽茂を超えて小木。距離にして概ね80km。スイム会場に続いて小木ASで待ち構えていたIさん夫婦の応援が背中を押した。

 スタッフのコース誘導に従って右折すると斜度のある上り坂が現れる。小木の坂だ。速度はあっという間に削がれ減速する。陽射にあたってすぐに汗だくになった。自分としてはリズムよく、これ以上ないぐらいうまく坂を上っているつもりだが、後続に次々と抜きさられる。力の差をみせつけられた。小木の坂はいつも試練が詰まっている。

 登坂の途中、反対車線、右手側に順位を教えてくれる男性がいらっしゃった。過去にもこの坂で通過順位を教えていただいたことがある。おそらく同一人物だろう。ぼくが通過するときに「44番!」といわれ励みになった。レース中の順位なんて知りようがないので本当にありがたかった。サドルは前乗り、上ハンドルを軽く指先でつまみ腹圧をあげる。セオリー通りのロードバイクの登坂に徹底した。


 上りの難所を越えると素晴らしいほどの追い風になった。そしてコースを進むにつれて空は暗転する。分厚い曇が陽射しを遮ってくれるので歓迎だが、あまりの急激な天候の変化に驚いてしまった。

 下り坂ではホイールに仕事をしてもらいぼくはバイクコントロールに専念した。最後の上り坂となる西三川は追い風が背中を押してくれたので楽に上ることができた。

 その背中を押す風は真野まで続いた。八幡館を通過したあたりからやや弱まった感はあったが、サイコンに目をやるとAve.30km/hを表示していた。終盤の追い風と下り坂のおかげだ。河原田まで気をよくしてペダルを漕いだ。

 こうしていま一度、記憶を手繰っていくと、場面において適宜やらなければいけないことをちゃんとやり通せるかが肝要だ。とはいえ環境が良かった、つまり気温がさほど高くならなかったことがバイクパートに耐えられた一番の要因に間違いないと思う。

 ※バイクアップ3時間37分


 3.ラン

 トランジションで審判長から声をかけられた。まさかのペナルティー!?なんてことはなく小佐渡の風の状況とバイクへの影響をヒアリングをされた。端的に答えたつもりだがアレでお役に立ったのだろうか心配だった。

 肩書きに「長」の着く方の重責は計り知れない。スイム短縮の判断なども含め、現場の情報収集に勤しむ彼の姿をみて頼もしかった。ぼくらは運営に関わるあらゆる人々によって競技に没頭できることをゆめゆめ忘れてはいけない。


 さてランへ。宮古島のときのように忘れ物をしていないか身の回りの確認をしてスタートした。空は一面の鉛色でいつ雨が降ってもおかしくない様相だった。進行方向から強めの風が吹いてくる。海をみると緩むことのなさそうな白波がいくつも立っていた。

 走り出しは悪くなかった。バイクからランの動作移行の違和感もあまり感じなかった。なにより陽射が照りつけないのが大いに助かった。気温はさほどではなかったけれど携帯したビニール袋に氷を詰めてもらって身体を冷やしながら走った。

 1周目は調子に任せた。かなり前(赤泊あたり)から気になっていた生理現象を沢根ASで済ませる。トライスーツがワンピースなので着脱に手間取った。ミドルのレース中に用を足すのはこれまでほとんどなかったが、今回の道中は汗をかかなかったということかもしれない。


 沢根の折り返しから河原田まではサブ4ペースぐらいで走れたが、以降はキロ6分以下に落ちた。当然時計は把握していたがまだ中盤なのでキープに徹する。エネルギー切れもあり得るのでひとつジェルを口に入れた。右足の中指が靴に当たって痛かったがそれはペースダウンの原因ではなかった。

 海岸沿いコースの2週目。顔見知りの選手に声を掛け合う。周回コースの良いところのひとつ。広角を上げて笑顔に努める。

 頭で何度もフォームをチェックする。この5月ぐらいからフォーム改善として、骨盤周りと上半身の連動動作、腕振りにピッチ、それから厚底シューズを上手に利用できているかなどなど。これまでやってきたことを同じように繰り返すように努めるがペースアップに結ばなかった。

 次のASまでは止まれないと自分との交渉を繰り返す。その頃はペース維持がやっとだった。終盤はペースを上げられるだろうと楽観的だったが、実際に走ってみるとそんな余地はわずかもなかった。

 限界を超えるとか、自身に抗えなんていう言葉はぼくには空虚でしかない。頑張るという言葉も嫌いじゃないけれど具体性に欠けている。自分のできること、これまでやってきたことを愚直に繰り返すしかない。同じことやっているつもりでも疲労によって精度が低下している。なのでしつこく繰り返す。終盤はこれしかない。今回は気温もほどほどで力を発揮できる環境にあったが、どういうわけか走ることができなかった。これが今回のランパートのざっくりとした総括であり、これからの課題である。

 ※ラン 2:07分 ゴールフィニィッシュ 6時間9分

2025年9月3日水曜日

佐渡の予測と準備のこと

 昨年の今頃はこんなことをこぼしていた。
『いまの力量から勘案するとスイム38分バイク3時間30分でなんとか。いや、やっぱり無理かな。ランは5分半/㎞で進めればと思うのだが当日の気温次第。
 現時点の天気予報では最高気温32℃。そうするとランは余裕で2時間を超えてしまうか。いやランだけでなくバイク終盤も引っ張られそう。トランジションを計5分として…走破時間は6時間20分を切れないだろう』
 実際、昨年の走破時計は6時間13分。上記の太字の数字を足すとその時間になる。さらに春の宮古島は3種目すべての予測は外れたが合計時間はドンピシャだった。さて今回は?予測は下記の通り。

●Swim 2km 39分台(57s/50m) …450kcal
●Bike 108km 3時間35分(正午前にランへ) …2,500kcal
●Run 21㎞ 2時間3分(5分50秒/km) …1,200kcal

 トランジション5分するとFINISHは6時間22分。とは言え昨年の時計はわずかでも上回りたい。となるとやっぱりバイクとランの短縮だがなんとも言えない。
 また消費カロリ-はこれまでの自身の測定数値に少し付加して算出し4,150kcal。そのうち半分ぐらいは準備したい。

補給
 バイク時のスペシャルドリンク2本(謎の白い粉たちのブレンド400Kcal/本)、掛水1本Vespa2個、ライスピュレ各種4個各100kcal、Mag-on(120kcal)2個、カフェイン入りモルテン3まで

食事
 ウォーターローディングとしてアルコールは5日前、カフェイン(コーヒー)は4日前から摂取をやめる。大会前日の土曜のお昼から炭水化物多目、夕ご飯は午後6時頃に食べたい。当日の朝は3時半起床、4時には朝食を摂りたい。
 調子は良い。当日、運が味方してくれるのか。トラブルなく順調にすすでランで踏ん張れたらもしかして…。14時前のフィニッシュを目標にいざ!

2025年9月1日月曜日

時間的余裕。 2025.8.25~8.31

  佐渡大会は9/7(日)開催なので、昨年と比べると1週間の余裕がある。焦りがないと言えばそうではないが、かと言ってあれこれを巡らすわけでもなく、自己の許容内で程よい緊張を保ちながら気持ちよい日常を送っている。備忘録に記しているように身体が動いていることがもっとも大きい。
 さらに、いまの心身状態に一役かっているのが読書である。もう長いあいだ「私小説」が手につかなかったのだが、あることをきっかけに手にしてみた。嗜好性がつよいので読み続けられる物語とそうでないものがある。
 ぼくは、エンジンが掛かると乱読がすすみ、好奇心は猫をも殺すではないけれど、はずれを引き続けて気持を消失してしまう。そんなことが度々なので今回はあることを頼りに手にとっている。
 ちなみにいま手にしているそれは「大当たり」である。1冊読了したばかりだが作者の熱が消えず、他の作品を手にすることが楽しみしかない。そう思える作品や作者に巡り合えることは決して多くはないものだ。本の神様が導いてくれたのかもしれない。
 いまの心の状態をもたらしているのは間違いないく読書からきているものだと確信している。なにかを成そうするときは心身の調和が必須なのだ。

★トレーニング備忘録
8/25(月) 仕事終わり、かかりつけの整形医院へ。右肘にシコリのようなものがあり着くと痛んだ。DHポジションで痛みが顕著になるので早速受診することにした。
 診断は右肘に滑液包ができて炎症を起こしているとのことだった。注射器で中身の液体を抜いてもらう。2年前の佐渡の直前週、左足首に溜まった液体を2日連続で抜いてもらったことを思い出した。そういうのができやすい体質なのだろう。
「きれいな黄色をしてますねぇ。」先生と看護師さんがほぼ同時に声を揃えているので、思わず「ぼくにも見せてください。」と口走った。注射器には半透明の黄色い液体が3mlほど採れていた。舐めたら苦そうだった。
 「溜まったらまた来てね」と先生は言ってその場を離れていった
 この春、左ひざの痛みの際もそうだったが、異常がなければ大げさにしない方だ。とても心強い。

26(火) 終業後はジム。前日を受けてではないけれどエアロバイクを1時間走。右肘はさほど気にならなかった。負荷17で調子よく漕げたので後半は負荷を下げケイデンス高めで漕いだが28㎞の距離壁は超えることができなかった。
 次いでトレミへ。支度してシューズを履こうとしたところ、びっくりするぐらい靴下がびしょ濡れ、もちろん汗で、シューズを履くのをためらってしまい、とはいえ靴下の替えもないのでこの日はこれで終了。 

27(水) 終業後はジム、スイム。プールに脚を運ぶとなかなかの混雑ぶりなのでコースシェアしてインターバル泳。泳ぎはじめから100m99秒台と何日か間が空いた割に時計は良い。ストレッチのせいだろうか。ストリームラインは頭頂部からつま先まで、掻きは最後までしっかりとを意識する。途中、隣のレーンの顔見知りの方から、肩が大きく回っているねと褒め?られる。
 キリ良いところでプールを上がって、着替えてトレミへ。ビルト走10㎞。ちょっとしたことで5㎞過ぎから大幅ペースアップ。下腹部の重心を前方に置き、上半身は対称の位置関係にある肩と骨盤のねじれる動作を意識して歩様と連動させる。顎は引きずぎず下半身に上身を乗せるイメージ。
 表現としては相変わらずわかりにくいが、これらの言葉が一番しっくりくる。GWからずっとこだわってきたランニングフォームがかなり固まってきた。これからが楽しみだ。

28(木) 終業後はブリック練。動画をお供にエアロバイクはave.30kmを意識して40分ちょいオーバーで20㎞、次いでトレミへ移って、キロ6ペースから入り5分半ペースまでの5㎞走で終了。気持ちよかった。

29(金) 休養。

30(土) 天気予報で最高気温36℃とありジムブリック練を選択。普段とあまり変わらない通勤の電車でジムへ。先週上手にできたイメージで臨んだが、ジムで本意ではないことがありバイク、ラン共に集中力を欠いてしまい計画にはまるで届かなかった。ブリック練のあと、ウエット着用のスイムを準備していて、そちらも止めてしまおうとも思ったが、無理やりプールに脚を運んでスイムを少し。
 ひとつ心配事が。この日、起床して喉に痛みを覚えたのですぐさま抗生剤を服用した。社内で咳をするスタッフや明らかに喉がかれた不調そうな方々に囲まれたので念のための措置だ。

31(日) 前日のトレーニングをリカバリーしたいと考える。とはいえ来週は本番。さらに外の気温は早い時刻から上昇の一途。普通なら回避するところ敢えて気温が上がり始めたころランニングへ外に出た。走りだしは悪くなく、さらに想像より時計が速かったので勢いにまかせペースを上げたが途中で気持ちが失せ8㎞でヤメ。帰宅して、準備していたバイクに跨って実走の感触を確かめた。バイクも遠出するまでの気持ちはなく僅かな時間で終了。
 15時頃、気温は高かったがもう一度ロードへ。身体を動かし大汗をかけたので気が晴れた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

8/25(月) 休養
26(火)  エアロバイク28(61)
27(水)  スイム1.0(17)、トレミ10(56)
28(木)  ジムブリック エアロバイク20(40)、トレミ5(29)
29(金)  休養
30(土) 午前 ジムブリック エアロ37(85)、トレミ3(6)、スイム0.5(9)
31(日) 午前 ロード8(44)  ロード5(29)
8/25~31(km)…S1.5、B85、R31、Re.1

2024年9月9日月曜日

疲労抜きの週。 2024.9.2~9.8

★トレーニング備忘録
9/2(月) 佐渡の翌日。お昼休みになったが食欲がでない。朝よりも身体が重く感じられる。きっとアドレナリンが完全に切れたのだろう。両足裏に盛大にできた靴擦れも痛い。
 業務終了後、靴擦れを気にしながら脚を引きずるようにジムの浴場へ向う。スイムの準備をしていたが、完全休養一択。

3(火) この日も完全休養。確実に回復しているのがわかる。内臓、靴擦れ、でもってトレーニングに対する意欲も。
 この午後、佐渡トライのリザルトがHPに上がっているのを見つけ早速自身の戦績をなぞる。想定を上回る時計だったので良しとしたい。多分に気温が抑えられたことが要因だ。このあたりについては別途で記したい。

4(水) 終業後はジムへ。佐渡明け、最初のトレーニングメニューは筋トレ。バーベルスクワット70kg10レップ×2セット、60kg10r。ダンベルプレス12kg15r×3s、ダンベルフライ7kg15r×3s、トライセプスキックバック7kg左右15r×3s、サイドレイズ7kg10r×3s。いくつかのマシンで腹部、背中に刺激を入れる。

5(木) 終業後ジム、スイム。のっけからの500m泳は9:04。その後ドリルとインターバル泳まで。

6(金) 早朝、ご近所ジョグ6分半/kmで40分走。今晩から地元のお祭りが始まる。お神輿、灯籠に夜店。賑わいの前の静寂。厳かなこの雰囲気が好きだ。夜は休養に充てる。

7(土) 午前中の早い時間からジムへ。エアロバイク80分35km、スイム少し。その後佐渡トライアスロンの打ち上げと反省会へ。

8(日) 早朝、家内と共に周回コースでランニング。ぼくの予定は8周だったが、半分の4周で終了。正確には3周やって1周はジョグ、距離あわせで15kmまで。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
9/2(月)、3(火) 休養
4(水)  筋トレ(18)
5(木)  スイム1.0(19)
6(金) 朝 ロード6(40)
7(土) 午前 エアロバイク35(80)、スイム0.65(12)
8(日) 午前 ロード10(55)、ロード5(33)
9/2~8(km)…S1.6B35R21、Re.2

2024.9佐渡トライアスロンBタイプのこと(前編)

8/31(土)
 今年、幾度となくトレーニングをした友人らと始発フェリーに乗る。彼はぼくに、今年のトラは8月32日開催ですよねー、と上手いことを言う。どうも開催が1週間早い気がしていたので
激しく同意する。佐渡へ向う途中、そんな他愛ない会話で時間をうっちゃれたので、漠然とした不安に苛まれずに済んだ。
 今回は不安しかなかった。春の宮古島の途中棄権(DNF)、7月の佐渡OWS不参加(DNS)でとにかく自信を持てないでいた。
 ぼくにとっての佐渡OWSは同トライアスロンとセットだ。これまでずっと7月のOWSの際に、バイクで小佐渡を試走、翌日にOWSに参加していた。今年は別日に佐渡練を敢行したけれど、例年のそれには到底敵わなかった。有り体にいえば、本番前の腕試しができていないことが不安要素のかなりを占めていた。

 今年はそんな状況で全くもって自信のないままに本番を迎えた。この文章を書きはじめた(8/31)は最悪といっていいほど気持ちは下がっていた。この日の佐渡の空のようにどんよりとした鉛色をしていた。
 週の頭から列島を騒がした台風10号サンサンの影響は懸念されたほど少なく、日曜の島の天候は問題なさそうだった。天気予報は晴天、気温の予報は30℃を超えていた。
 想定通りなら恐らく気温のピークに走ることになるだろう。昨年、あるいは一昨年の記憶と重ね合わせると想像しただけでウンザリしてしまう。せめて雲が、風が吹いてくれないかと期待するばかり。凪の炎天下は現世に存在する生き地獄のひとつだと本当に思っている。

 両津港に到着。友人らにしばしの別れを告げ、ぼくはバイク自走で河原田を目指す。鉛色の空からはパラパラと雨粒が落ちていた。大した雨量じゃなかったので然程気にせずに出発。新穂を経由して国仲バイパスへ。もうその頃にはいい感じでずぶ濡れだった。平気を装ってはいたが、河原田の宿に到着し、店主から差し出された乾いたタオルの感触に安堵を覚えた。そのタオルが今年のOWSの参加賞で意味もなく口角が上がってしまった。
 身支度を整え、翌日の準備に取り掛かる。午前はずっと雨が降っていたので、宿から傘を借り、徒歩で用事を済ませた。用事といっても買い出しと選手登録だけ。それさえ終えてしまえば準備は完了する。
 ここでひとつ次回のトライアスロンために記しておく。物品リストとスケジュール表は毎度作成するのだが、今後はそれに合わせて、当日レース会場へ向かう際の品物の仕分けについても見える化しようと思う。今更だがこれはあったほうがより良くなるだろう。定物定位というやつで
現地で考える労力を省くことができる。

 手持ち無沙汰の時間ができたせいで、翌日のレースをぼんやり考えてしまう。トライアスロンという自然を相手に長時間動くこの競技は、体調管理が至極重要だ。厳しい環境、特に炎天下となるとぼくは対処しきれなくなる。ちょっとした油断や過信、盲信の類が出力の低下を招く。そのいくつかを経験的に知っているから、なかなかどうして呑気に構えることができない。どんなにトレーニングをしていても、それに見合った納得のいく結果が伴わない場合が少なくなく、力を出し切れる状況の担保がないのが自然下でのスポーツの宿命なのだ。

 夕方。相部屋のAさんの食事をする姿をみて、つい誘われて夕飯の予定を早めることにした。お弁当屋さんに注文した品をバイク自走で受け取りにでかけ、午後5時過ぎには夕飯を食べはじめる。この食事が13時間後の活動源になるのだ。相部屋のAさんをはじめ、他の参加者の方々とおしゃべりをしながら、思いがけず楽しい時間を過ごすことができた。
 PM8時には灯りを消した。いつものことながらなかなか寝付けない。1時間ほどで薬が効いて、断続的で浅い眠りが訪れいつしか深い眠りに変わる。あとは翌朝が来るのを待つだけだった。

9/1(日)
 AM3時半に目覚めた。不安しかない8/32の朝がきた。もう少し眠ろうと瞼を閉じたけれど、10分ほどで再び目が覚めた。いつも思うがほんとうに不思議なものでアラームセットより確実に前に起きてしまう。なにかしらの体内のメカニズムが存在しているのだろうか。
 ベッドから起き上がり食堂へ脚を運ぶ。外はまだ十分に暗い。Aタイプに参加する選手たちが準備で慌ただしい。それを尻目にぼくは朝食をレンチンで温めて、とりわけゆっくりと食事を摂る。こういうレース直前の宿の慌しさにも随分なれたものだとフト思った。

 身支度を整え再度荷物を確認する。準備完了。いつでも会場へ向うことができる。出立の時刻まではまだ十分に余裕があった。なんとしても早く出掛けたくないので、ベッドで横になって眼を閉じる。もちろん寝過ごさないようにアラームをセットしてだ。セットしながら、もしこれで寝過ごして7:30過ぎに目を覚ましたらどんな言い訳をすればいいかを想像した。そういう止めかたもあるのだと思うと、ちょっと気が楽になり力が抜けた。
 おおよそ20分ぐらい。ちょっとした瞑想のような時間になった。もしかしたら眠っていたかもしれない。悪くない時間だった。眼を閉じてレース場面をいくつか想像して、フィニッシュロードを走る自分を思い浮かべる。あとは受けて立つだけなのだ。妻からの直前のメッセで、楽しいことを考えておやりとあり、なかなかいいことを言うものだと感心しながら、楽しい情景を思い浮かべてみた。
 ・・・あんまりないかも。楽しいかどうかは別に安堵できる、ほっとするポイントはあった。それらを考えると気負いのようなものが少しだけ抜けた。淡々と事に当たれば、自ずと結果は出る。もうネガティブなことを考えるのは止めにして、受けて立てと自身を励ました。

 AM5時40分過ぎ、同じくBタイプ参加のAさんと共に会場へ向かう。
 トランジションでの準備は秒とはいわないが、本当にすぐに終わる。なのでスイムチェックまでの時間を見知った方々とのご挨拶に費やした。
 始発フェリーで一緒だったIさんとは漸くここで再会。共にスイムチェックに向った。(続く)

2024.9佐渡トライアスロンBタイプのこと(後編)

 9/1(日)レース当日
 スイムチェックを通過する。浜に下りてウェットを着用、さっそく泳いだ。生温い海水を覚悟していたが思ったほどではない。雲が空に広がって陽射しを遮っているからだろうか。それに大勢の選手が泳いでいるのに関わらず水は濁っておらず、波もほとんどない。穏やかなスイム会場だった。その佐和田海水浴場の例の桟橋から、沖へ50mほど泳いでスイムアップ周辺の目印を確認する。鉄塔、養生シートに覆われた仮設テントなど目星をつけ、少し大袈裟なグライドを取りながら浜へ戻った。

 スタート地点に移動する。続々とAタイプの選手が海から上がってくる中、Fさんを見つけ声援を送った。きっと気づいていないだろう。しかし偶然とは良く言ったもので、宿の相部屋のAさんがこのFさんと一緒にトレーニングをする環境におられ、話題の花が咲いたのだった。
 スイムアップ予定時間のプラカードを確認して浜辺に腰を下ろした。すると、気持ちが悪くなり、えずいて嘔吐してしまった。決意は固まっているが身体が追いついていないのか。それほど緊張や不安に苛まれているのか。ゆっくり息を吸って深く息を吐いた。落ち着こう。何度も繰り返した。繰り返すたびに吐く息は長く深く、周囲の声が遠のいていく。自身の息遣いの音量が大きくなり、心臓の鼓動が身体を震わしているのがわかった。ほんの数分、ぼくはぼくの中の音楽に耳を傾ける。

 スタート1分前。座を解き立ち上がる。カウントダウンからの号砲。定刻7:30分、Bタイプのスタートの幕が切って落とされた。前方の選手らが一斉に走り出し、水しぶきを上げる。
 ぼくは腿のあたりに水がくる頃、海に潜り込む。浅瀬の景色が広がる。さぁいこう。大きくゆっくり水をかく。何度目かで周囲がそれを許さなくなる。バトルのスタート。左右に挟まれ接触する。下半身を押される。なかなか上手く逃げ出せない。そんな最中、顎の辺りに一瞬電気がはしるというか鋭利な刃物でスパッと切りつけられるような痛みを感じた。クラゲだ。何度か経験しているので泳ぎを止めるほどでははないが、さらに冷静ではいられなくなる。今回のスイムは、沖のコーナーブイあたりまで接触が続き、かなりイライラしながら泳いでしまった。
 いいところのないスイムだった。サイドドラフティングやチェンジペースなどまったく上手く行かなかった。経験だけでなんとかなるものではなく、やはり練習が必要なのだ。省みるほどにそんな考えが強くなる。
 スイムアップ目前。ぼくは掻けるギリギリのところまで泳いだ。流石にもう限界か、というところで立ち上がり、すぐに左の時計を確認すると38分の数字が目に入る。思ったほど時計ロスしていないかったのでホッとする。
 トランジションまで息を整え、装備を外しながらの小走りだ。水の浮力から開放された途端、いつもの重力が戻ってくる。途中、Iさんの奥方から声援をもらい気持ちが上がった。
(スイム 37分45秒)

 バイク乗車ラインあたりで手こずってしまう。気持ちよくバイクスタートを切れなかった。内容は割愛するが、状況によっては事故につながりかねない内容なので十分に気をつけねばならない。
 佐和田の街を通過、国仲バイパス、新穂、そして両津。この区間のテーマは補給だ。手間取ることなく予定通りしっかり補給を入れる。
 3本携行するバイクボトルになんらかの補給材を詰めていたが、今回はうち1本を容量大きめのボトルを用意して水を詰めた。宮古島の経験から、暑さ対策として掛け水を準備したのだ。
 走り出したときは雲があり気温はあまり気にならなかったが、水を浴びて涼を感じながらペダルを漕げたのはとても良かった。気温次第だがこの準備は大正解だった。
 佐和田から両津までは、昨年ほどではなかったが向かい風を受ける場所がいくつかあり、目標とする平均速度30km/hで駆けることができた。

 両津港をかすめて佐渡一周線に出る。水津S.A到達を目安にしていた。風に押されて楽にペダルが踏めた。住吉で汗をかき、いくつかの起伏を越えると更に追い風の恩恵を感じた。そして予報通りに雲がかった空は青さを取り戻し陽射しを増した。エイドの掛け水が俄然楽しみになった。

 水津S.Aでバイクボトルを入替える。飲料よりも掛け水が有り難かった。次は小木S.Wが目標になる。風の恩恵は続く。Ave.40km以上で進むこともしばしば。岩首から多田、赤泊、羽茂。面白いほどにペダルが踏めた。

 小木の坂。小木S.Aでしっかり補給準備を整える、焦らずに登坂をこなす。ピークに向う途中、首と背中に強い陽差しを受ける。坂の両側から声援がきこえる。一息つけるところでは掛水。オーバーヒートしないよう頑張りすぎてはいけない。ところどころ声援が耳に入るが、返す余裕はない。しかし、とても励みになる。そうこうしている間に、いつも目安にしているポイントに到達した。難所は超えた。
 W.Sに立ち寄って水を補給。かなり良い場所にありとても助かった。
 西三川あたりからやや向かい風を感じる。中々手ごわい風だった。はっきりと思えて覚えていないがバイクアップまで残りは10km。11時40分ぐらいには走り出せそうな見積もりだった。
 今回のバイクパートでは収穫があった。開き直りがそうさせたのだが、機材を上手に使えた。端的にいうと下り坂ではほとんど漕がなかった。ただしピークから下りはじめは頑張る。それは加速が必要だと思ったからだ。そこに重点を置いて下り坂は脚を休ませるイメージを貫いた。
 ぼくが自転車を乗り始めた頃、上級者のある方の言葉がぼくの中で消化できずに、今日まで至ったのだが、この大会でその呪縛から解き放たれた。もう2度と下り坂でペダルを踏まないというわけではないが、そういうことも含めてマネジメントする必要性を認識できた。頑張り抜いて手にする気付きは貴重だが、楽をすることでも思いがけない発見もあるのだ。
(バイク3時間30分20秒、T2含む)

 バイクラックにバイクをかけた頃、Iさんの奥方から声を掛けられる。知り合いの声援というのは本当に力になる。彼女に、いってきます!と手を振って、実はものすごく強がってみせながらランへむかった。
 1周目。最初のA.Sで掛け水と氷をもらう。今回も氷があれば多分なんとかなる、そう思いながら脚を前に出す。自ら滲みでるいまできうるペースを刻む。焦るだけなのでまったく時計はみなかった。
 A.Sで給水(スポドリ)し、袋入りの砕かれた氷を貰う。佐和田から沢根にいたる大きく湾曲する海岸線を進む。折り返しの向こうには岬の稜線が青空に浮かび上がっていた。
 ゆっくりでもよいのでまずは序盤で呼吸を整え、走れる脚を取り戻した。折り返しからは余裕があったので厚底シューズ特性を生かすステップを心掛けた。
 海岸線から街中、そして河原田商店街のコースをトレースして再び海岸線へ戻る。

 2周目。宮古島行きでお世話になったTさんが、T.O姿でいらして声をかけたが,きっとぼくだとは気づいていないようだった。
 折り返しは先に見えるドーム状の黄色が目印だった。あそこまで行けば、あとは…。
 気温はさらに上がっているようだが、今年は昨年ほど気にならなかった。
 2年前の夏、そしてこの春の宮古島DNF。全て暑さで、熱にやられた。そういう苦い経験からさらに対策していたが、A.S皆さんの応対、沿道からの掛け水、そして海の風。それらがぼくの身体から熱を取り除き、背中を押した。

 終盤。常宿のせがれさんから大量の水を掛けてもらう。思いがけず知り合いからも声援を貰う。商店街を抜け、河原田のグランドへ。
 大きく左に折れて、茶色の土を蹴りながらサングラスとキャップを外した。6時間12分。ぼくは今年もフィニッシュテープを切り、全てから解き放たれた。
(ラン2時間38秒)

2024年8月30日金曜日

週末は佐渡へ。 2024.8.26~8.30

 事情はずいぶん違うけれど、昨年同様にチラチラと開催日の天候や気温を確認している。列島を縦断する台風10号(サンサン)の動向が鍵を握っている。果たして、当日は台風一過の天候となるのだろうか大変気掛かりだ。今(火曜)の段階では、大会前日の土曜には多大な影響を及ぼしそうな予報で、大会公式HPでは明日(水曜)に何らかの発表を行う旨を伝えている。
 明鏡止水の心境には程遠いが、当日に集中できるよう、少なくとも準備を抜かりなく行なっている。手垢にまみれた科白ではあるが、ジタバタしてもしょうがなく、無事に本番を迎えるだけだ。
 今年で8度目の参戦。回を重ねる毎にぼくにとっての夏の佐渡大会の意義や役割が変化する。こうあるべきから、こうありたいと願うようになって久しいけれど、ときに他人の言葉に絡め取られて戸惑うこともある。齢(よわい)を重ねても不安定で曖昧なところはまるで変わらない。
 スポーツとは「自分が何者であるか、そして人間には何ができるかというイメージを形作り定義するもの」と、アスリートとして活躍した哲学者アンジェラ=シュナイダーは言う。そう、イメージを形作るのである。
 自分が何者であるか、何者かであれるのか。ぼくは今年も佐渡トライアスロンBタイプに自身を投影するのだ。ま、頑張ろう。あまりに辛かったら止めよう。そんな心境だ。

★トレーニング備忘録
8/26(月) 終業後、体調に違和感があったがスイムにジムへ脚を運んだ。いつものようにインターバル泳。中距離泳のタイムを取りたかったが、レーン共有のためにあきらめざるを得なかった。100m泳をしっかり丁寧に泳ぎ、プルブイを用いてヘッドアップなどを確認。途中、眩暈を覚える場面があったので切りよいところで止める。この日はこれで終了。

27(火) 終業後はジム。さっくと40分ほどトレミランをと走り出したが、20分経過するかしないかでハンガーノック気味に陥る。食事を摂っていなかったわけではないのだが・・・。帰路の途中、コンビニ補給したが体調はあまり改善せず、夕飯で炭水化物をやや多めに摂ってさっさと就寝する。前日に引き続きなので、もしかしたら体調を崩しているのではないか。

28(水) 終業後はジム、最後にウエット着用して…なんて考えていたがこの両日の体調が思わしくないのでエアロバイクへ。鞭打って1km/2分ペースを目指したが残念ながら及ばずで目標の20kmでトレミへ移動。ジョグからサブ4ペースへ段階的にペースを上げ3kmで終了。エアロとあわせて1時間身体を動かした。

29(木) 完全休養。大会HPが何やら騒がしいが、週末は佐渡へ向かう。ふわふわせずにどっしり構えよう。

30(金) 帰宅後、届いたばかりのお気に入りのバンドの新譜を聴きながら少しだけジョグ。やらなくとも良かったのだが、どうしても汗をかきたくなった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
26(月) 夕 スイム1.0(17)
27(火) 夕 トレミ4(24)
28(水)  エアロバイク20(43)、トレミ3(18)
29(木) 休養
30(金) 夕 ロード3(17) アクテイヴレスト
8/26~8/30(km)…S1.0B20R10、Re.2

2023年9月9日土曜日

2023佐渡トライアスロンBタイプ出走のこと③

 トランジション。バイクをラックに掛けラン支度にかかった。
 ヘルメットを脱ぐと容赦ない陽射しに晒される。帽子(フラップキャップ)を被り、冷却カイロを背中ポッケに入れる。シューズを履こうとアスファルトに腰を下ろすと、じわり熱が伝わって汗が滴り落ちてきた。ゆっくり呼吸をしながらシューレースを結ぶ。トランジションは静かなのか、ぼくの息遣いしか聞こえない。暑い陽射しの下、ぽつんとひとりで佇んでいるようだ。

 今年の夏、ぼくは日中のランニングを殆どしなかったし、しようとも思わなかった。
 そもそも暑いのは苦手だ。激しく消耗する炎天下で練習するよりも、早朝、あるいはジムで汗を流すことを率先した。
 佐渡のランは陽射しの強い時間帯に走ることは明らかだったけれど、そのときだけはなんとか我慢して走ろうと決めていた。ただし準備は万全にして。
 可能な限り素肌に日光を当てないように、アームカバー、レッグカバーそしてネッククーラー布に冷感素材のフラップ(垂れ部のついた)キャップなんかも用意した。効果は薄いだろうが冷却カイロにスプレーも。そして毎度のことではあるが、アルコールやカフェインなどの脱水を促す類の制限。あとは現地のエイドを多用して乗り切ろうと考えていた。

 難関の始まりだ。ランスタートのエイドでポリバケツから杓子ですくった冷水を背を屈めて頭から被る。スポドリで水分補給をして、ゆっくりと走りだす。
 被り水の効果は陽射しにでると秒で散霧してしまう。次のエイドまで陽射しを耐え凌ぐほかない。暑い、切ない。
 そうして2km手前、早くも足が止まる。頭を垂れながら昨年を思い出す。自身で選択したリタイヤだった。しかし今年は制限時間一杯かけてゴールしてもよい環境をこさえた。身体を動かせるのならば、やめる理由はどこにもない。
 汗が滴った。歩く、歩く。歩ければなんとかなる。そう時速4kmぐらいで云々…。いや次のエイドを目標に走ろう。再び、走りだす。
 たどり着いたエイドにクラッシュドアイスがあった。たっぷりと氷の入った青いプラ製ケース、いわゆるトロ箱とでもいうのだろう、魚市場の文字に目が止まる。漁協の協力なのだろうなぁと、ぼんやりと考えながら、氷をわし掴んで帽子にたっぷりと入れて被った。トライスーツの背中ポッケにも入れた。よし、また次のエイドまで走ろう。

 我慢が効かない。脚が止まった。歩く、歩く。尿意を覚える。脱水症状の始まりか。もうすでにそういう状態だろうな。歩きながら胃の中の水気を少し吐く。よいよヤバいな、こりゃ。そうして辿り着いた3箇所目のエイドですぐさま用を足す。
 そのエイドで、ボラの、おそらく中学生ぐらいの背の低い男の子が、氷の入ったビニール袋をぼくの目の前にぶら下げる。簡易氷嚢だ。ひとつ貰う。あっ、もうひとつちょうだい。ひとつは袋を少しだけ破ってキャップに入れて被り、もうひとつは手に握った。
 走りながら体の熱を下げるには、手のひらを冷やすと良いことを思い出した。確かに、手に持った氷嚢は心地よかった。陽射しよりも手のひらに意識が向く。ときどき左、右と順に持ち替える。

 海岸のランコース、最初の折り返し地点が見える。背後には山を覆う夏の緑がそびえるようだった。あたかもこの先の道は険しいから戻りなさいとでもいっているようで、まさにそこは折り返し地点だった。

 この1周ぐらいは意地で走って、2周目は全部歩いてもいいかな。折り返し周辺の緑の景色を目にしながら、そんなことを考えたら切羽詰まっていた心がほどけて、なんだか広くなった気がした。なんでもいい、とにかくゴールだ。確固たる意思で臨めば、ゴールに辿り着ける。ぼくは携行する補給をひとつ口に入れた。

 エイドの度に氷を見つけ、持ったビニールに補充した。スポドリ補給と柄杓のかけ水はセット。梅干しも口に入れる。走行中、喉が渇いたら袋の氷を口にする。手持ちのエネルギー補給もちろんも欠かさない。
 海岸沿いのコースの所々では、幸いにして風が暑さを和らげてくれた。反面、無風の場所もあって急激に消耗した。例えるならばそこは粥の中を進むようだった。
 がまんの度を越えたらいつでも歩けばいい。走り通すという縛りは解いた。かといって、すぐには脚を止めないように踏ん張った。葛藤のループ、鍔迫り合い。何度も何度も繰り返した。

 どこまでも広がる夏空とキラキラと光る佐和田の海。周囲のアスリート、希望を繋ぐ補給エイド。無数の沿道の声援。見慣れた河原田の商店街。それら全てがぼくのトライアスロンの、この夏の総括の演出だった。
 ゴールに近づくにつれ脚が軽やかになった。終盤のランペースはずいぶん上がっていたと思う。終わりがみえる頃がいちばん楽しい。疲労を凌駕する達成感を得るために毎年ここを訪れているのだ。

 フィニッシュ直前の茶色の土のグラウンドに入ったとき、一瞬、顔がクシャクシャになった。1年越しの想い。フィニッシュゲートを真向かいにした直線、ぼくは口角を上げ笑顔をつくった。
 そしてフィニッシュ台。トライアスロンとして4年ぶりのゴールテープを両手に掲げた(Finish Time 6時間37分37秒)。
 
大会に関わったすべての方々、そして再びゴールテープを切ることを応援してくれたすべての人々。そして佐渡滞在中に関わったすべての人々に感謝を捧げます。
みなさんのおかげで完走することができました。ありがとうございました。
また来年もよろしくです。(了)