2023年9月9日土曜日

2023佐渡トライアスロンBタイプ出走のこと③

 トランジション。バイクをラックに掛けラン支度にかかった。
 ヘルメットを脱ぐと容赦ない陽射しに晒される。帽子(フラップキャップ)を被り、冷却カイロを背中ポッケに入れる。シューズを履こうとアスファルトに腰を下ろすと、じわり熱が伝わって汗が滴り落ちてきた。ゆっくり呼吸をしながらシューレースを結ぶ。トランジションは静かなのか、ぼくの息遣いしか聞こえない。暑い陽射しの下、ぽつんとひとりで佇んでいるようだ。

 今年の夏、ぼくは日中のランニングを殆どしなかったし、しようとも思わなかった。
 そもそも暑いのは苦手だ。激しく消耗する炎天下で練習するよりも、早朝、あるいはジムで汗を流すことを率先した。
 佐渡のランは陽射しの強い時間帯に走ることは明らかだったけれど、そのときだけはなんとか我慢して走ろうと決めていた。ただし準備は万全にして。
 可能な限り素肌に日光を当てないように、アームカバー、レッグカバーそしてネッククーラー布に冷感素材のフラップ(垂れ部のついた)キャップなんかも用意した。効果は薄いだろうが冷却カイロにスプレーも。そして毎度のことではあるが、アルコールやカフェインなどの脱水を促す類の制限。あとは現地のエイドを多用して乗り切ろうと考えていた。

 難関の始まりだ。ランスタートのエイドでポリバケツから杓子ですくった冷水を背を屈めて頭から被る。スポドリで水分補給をして、ゆっくりと走りだす。
 被り水の効果は陽射しにでると秒で散霧してしまう。次のエイドまで陽射しを耐え凌ぐほかない。暑い、切ない。
 そうして2km手前、早くも足が止まる。頭を垂れながら昨年を思い出す。自身で選択したリタイヤだった。しかし今年は制限時間一杯かけてゴールしてもよい環境をこさえた。身体を動かせるのならば、やめる理由はどこにもない。
 汗が滴った。歩く、歩く。歩ければなんとかなる。そう時速4kmぐらいで云々…。いや次のエイドを目標に走ろう。再び、走りだす。
 たどり着いたエイドにクラッシュドアイスがあった。たっぷりと氷の入った青いプラ製ケース、いわゆるトロ箱とでもいうのだろう、魚市場の文字に目が止まる。漁協の協力なのだろうなぁと、ぼんやりと考えながら、氷をわし掴んで帽子にたっぷりと入れて被った。トライスーツの背中ポッケにも入れた。よし、また次のエイドまで走ろう。

 我慢が効かない。脚が止まった。歩く、歩く。尿意を覚える。脱水症状の始まりか。もうすでにそういう状態だろうな。歩きながら胃の中の水気を少し吐く。よいよヤバいな、こりゃ。そうして辿り着いた3箇所目のエイドですぐさま用を足す。
 そのエイドで、ボラの、おそらく中学生ぐらいの背の低い男の子が、氷の入ったビニール袋をぼくの目の前にぶら下げる。簡易氷嚢だ。ひとつ貰う。あっ、もうひとつちょうだい。ひとつは袋を少しだけ破ってキャップに入れて被り、もうひとつは手に握った。
 走りながら体の熱を下げるには、手のひらを冷やすと良いことを思い出した。確かに、手に持った氷嚢は心地よかった。陽射しよりも手のひらに意識が向く。ときどき左、右と順に持ち替える。

 海岸のランコース、最初の折り返し地点が見える。背後には山を覆う夏の緑がそびえるようだった。あたかもこの先の道は険しいから戻りなさいとでもいっているようで、まさにそこは折り返し地点だった。

 この1周ぐらいは意地で走って、2周目は全部歩いてもいいかな。折り返し周辺の緑の景色を目にしながら、そんなことを考えたら切羽詰まっていた心がほどけて、なんだか広くなった気がした。なんでもいい、とにかくゴールだ。確固たる意思で臨めば、ゴールに辿り着ける。ぼくは携行する補給をひとつ口に入れた。

 エイドの度に氷を見つけ、持ったビニールに補充した。スポドリ補給と柄杓のかけ水はセット。梅干しも口に入れる。走行中、喉が渇いたら袋の氷を口にする。手持ちのエネルギー補給もちろんも欠かさない。
 海岸沿いのコースの所々では、幸いにして風が暑さを和らげてくれた。反面、無風の場所もあって急激に消耗した。例えるならばそこは粥の中を進むようだった。
 がまんの度を越えたらいつでも歩けばいい。走り通すという縛りは解いた。かといって、すぐには脚を止めないように踏ん張った。葛藤のループ、鍔迫り合い。何度も何度も繰り返した。

 どこまでも広がる夏空とキラキラと光る佐和田の海。周囲のアスリート、希望を繋ぐ補給エイド。無数の沿道の声援。見慣れた河原田の商店街。それら全てがぼくのトライアスロンの、この夏の総括の演出だった。
 ゴールに近づくにつれ脚が軽やかになった。終盤のランペースはずいぶん上がっていたと思う。終わりがみえる頃がいちばん楽しい。疲労を凌駕する達成感を得るために毎年ここを訪れているのだ。

 フィニッシュ直前の茶色の土のグラウンドに入ったとき、一瞬、顔がクシャクシャになった。1年越しの想い。フィニッシュゲートを真向かいにした直線、ぼくは口角を上げ笑顔をつくった。
 そしてフィニッシュ台。トライアスロンとして4年ぶりのゴールテープを両手に掲げた(Finish Time 6時間37分37秒)。
 
大会に関わったすべての方々、そして再びゴールテープを切ることを応援してくれたすべての人々。そして佐渡滞在中に関わったすべての人々に感謝を捧げます。
みなさんのおかげで完走することができました。ありがとうございました。
また来年もよろしくです。(了)

0 件のコメント: