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2023年8月4日金曜日

ランシュ放浪記 皇居ラン

 7/29(金)。情操教育の一環として中3男子と東京へ。ぼくはつかさずスケジュールに皇居ランを組み込む。実に9年ぶり、いや、もしかしたらもっとかも。
 7/30(土)午前4:00。わずかに空は白んでいる。絶えず車の走る音が聞こえ、ビルの合間に烏の鳴き声がこだまする。宿泊したホテルから皇居外苑は1kmほどの距離。おおよそのの見当をつけて建物を縫うように皇居を目指して走る。もちろん、あたりに人影はない。けれど高層ビルを見上げるとフロアのいくつかにあかりが灯っていて、まさか仕事でもしてるのかと想像する。なにが行われていても不思議はない。こちらも早々朝にランニングをしているのだから。普段通りとか当たり前なんてものは人それぞれにあるものだ。

 スタートは和気清麻呂(ワケノキヨマロ)像のある大手濠。あたりはまだ暗い。左にお堀、右に丸ビル。国立近代美術館あたりから道は上りになる。詰所には警官が立っている。挨拶をするとしっかり帰ってきた。他にも何人かと挨拶をする。外苑の警備はやはり少なくはない。

 千鳥ヶ淵の公園には散歩する人やベンチに佇む人を見かけた。ここまでランナーとの遭遇はない。
 半蔵門から眼前が開ける。皇居の石垣と深い緑色の濠に、鮮やかな芝生のコントラスト。現在に至るいたるまでの重厚な歴史を感じずにはいられない。コースは下り坂になりピッチが、BPMが上がる。
 国立劇場、最高裁、桜田門そして日比谷公園。左折すると右手に丸の内のビル群が姿を現す。東京駅を垣間みて、スタートの清麻呂像まで駆けて概ね5km。さぁもう1周。再び同じ道を走る。日が昇り、あたりが明るくなると、いくつかのランナーの背中をみる。どこからか蝉の声が聞こえ通りの車が明らかに増える。ロードバイクもチラホラ。皇居周辺はランニングだけでなないようだ。
 丸の内からこちらを目指しているであろうランナーを散見する。気温はすでに高く、空気は蒸していた。清々しい時間はほんの一瞬だった。ぼくは清麻呂像でひと息入れてホテルへ戻ることにした。あっという間の皇居ランだったけれど、周辺の風景は表情が豊で飽きない。用も足せるしね。これはランナーに喜ばれる場所だ。念のため補給はあったほうがいい。また機会があれば訪れたい(了)。

2020年6月29日月曜日

久々に千葉。2020.6.22~6.28

 今週は久しぶりに公共の交通機関を使った関東出張。目的地は千葉成田。新幹線を上野で降り、強い陽射しを避けるべく上野公園を経由して乗換えの駅をめざす。
 すれ違う人々はマスクを装着、思ったよりも人は疎らだ。アラート解除から都知事選挙へと様相は移っているようだが喧騒はどこへやら。新潟と変わらない初夏の陽射しは容赦ないが、圧倒的な湿度の違いに気分は軽い。

 成田に赴くようになり今年で10年目。改めて記憶を手繰ると、観光で賑わう界隈には脚を伸ばしたことがないことに気付き、朝のランニングは成田山公園の周辺とする。
 夜が明けて間もない時間なので人影はほとんどみられない。むしろ先ほどの慎ましやかな喧騒の残滓がチラホラと影を伺わせていた。それっぽい街並みに入ると、海外の観光客を迎え入れていると思われる飲食店、日本的なお土産ものを扱う店先を横目で確認できるようになり、それは非日常的で、本来この地のもつ情緒とかけ離れた脚色的な通りをヨチヨチ、ヨタヨタと走った
 とにもかくにも踵(かかと)が痛んだ。利き脚の右の踵だ。そもそも痛みがなかったワケではないのだけれど、先週からフォーム改造に取り組んだ途端に悪化した。今週に入ってからは何をしていなくても痛い。そんな状態で走ってもいいことはひとつもないのだけれど、この「ランシュ放浪」は別途だ。痛みと相談しながら起伏の激しい成田山周辺を散策、この日のはじまりとした。

 しばらくの間、この踵の痛みとなんらかの取引をしながらランニングするしかなさそうである。週末、若干の良化を感じたが一進一退。油断して調子に乗りってはいけない。ヤレヤレである。

☆☆☆ 今週のトレーニング ☆☆☆
テーマ : 踵の様子をみて走る。
22(月) レスト
23(火) 朝 筋トレ
24(水) 朝 ロード8km(50)出先ラン
25(木) 朝 ロード7km(40) 夕 筋トレ、固ローラー(30)
26(金) レスト
27(土) 午前 筋トレ、スイム1,000m(40)、トレミ12km(60)
28(日) 午前 固ローラー(60)&バイク(40) 夕 ロード7km(40)

6/22~28まで km(分)…S1.0 B40 R34(360) R3

2019年7月8日月曜日

ランシュ放浪記~大雨の鹿児島編 トレ☆レポ19.7.1〜7.7

 予定通り鹿児島へ。停滞する前線は鹿児島県南部、宮崎県、熊本県に記録的な降雨をもたらし、一縷の望みに賭けたぼくの鹿児島サイクリングは、激しい雨のまえに儚くも消え去り、代替案のほかのカロリー消費に移行されることに。見知らぬ土地をロードバイクで走る愉しさにはまったくもって歯が立たないが致し方なし。そう訪れることのできない土地なので、返っていつかまた機会を見つけてと思わずにはいられない。

鹿児島市内を走る路面電車

 降り注ぐ雨の中、路面電車を使って鴨池公園を目指す。ときおりバケツをひっくりかえしたような激しい雨が電車を叩いた。勢いの止まりそうもない雨の中、お目当のプール施設に到着する。
 国体大会の会場となる鴨池公園プールは屋内に長水路有している。これまでもいくつかのプールを利用しているが、中でも屈指の規模であった。
 深さ1.2mの50m路は適度に浮力を与え、少しばかし二日酔の頭には心地好い。
 そして、泳ぎ始めて間もなくして、災害警報レベル4が発令されたというアナウンスが館内に流れる。とりあえず1,500mぐらいはこなそうと往復を繰り返し、さっさと着替えて宿泊先に戻ることにした。
 結局、この日は災害情報番組をモニターしながら、部屋の中で雨が止むのを待つしかなかった…。

早朝の桜島

 翌日の早朝4時。ランニングの身支度を整えて未明の街へ。乾ききらないアスファルトは信号のあかりを反射させ、市内中心部を走る車はタクシーとトラックがぽつぽつ。道行く人はまったく居ない。ぼくは海を、桜島を眺められる場所を目指した。
 前夜の予報通り明け方の鹿児島市内には陽の光りが返ってきた。眼前に現れる桜島を雨上がりの空気はこれぞとばかり浮かび上がらせ、ぼくはその姿に圧倒される。うっすら噴煙が立ち上る桜島を目撃し、まるで生きているかのように鳴動する大自然を傍に置くというのは、鹿児島びとの人格形成に計りしれない影響を及ぼしているのだろうと真面目に考えてしまう。

 桜島へ向かうフェリー乗り場から海岸をトレースしながら周古集成館、そして折り返して鹿児島市内の西郷(せご)どんゆかりの地をいくつか巡り宿泊先へ戻る。西南戦争に思いを馳せながら汗を流す。これはこれで感無量。鹿児島、桜島よ!いつかまた。次はバイクで。(了)

☆☆☆ 今週のトレーニング ☆☆☆
目標メニュー:鹿児島サイクリング,鹿児島ラン、鹿児島スイム
1(月) 朝 ロード8km (5分、ラスト上げ)
 夜 ロード10km (ラスト上げ)

2(火) 朝 ロード少々 (鹿児島出発)
3(水) 午前 スイム1,500m 100m×15 in 鴨池公園プール
4(木 ロード14km

5(金) 夜 ロード11km(10kmT.O)
6(土) 午前 ロード14km(足を捻り中止)、午後 スイム1,500m ドリル&インターバル
7(日) 朝 サイクリング、午後 筋トレ&ペダル

【7/7トレーニング(km) …Swim3.0  Bike025 Run60

2017年7月12日水曜日

ランシュ放浪記 京都編 '17.7.6

 朝5時、起床。
 前日ビワイチ後の2種目、それは先斗町と祇園の夜。
 世の中にはまだまだ知らない世界(感)があるのだなぁと関心した夜になる。そして日常を取り戻すべく、僕はランシュを履いて烏丸通へ飛び出した。
 睡眠不足と二日酔のせいか頭はクラクラ、脚は異様に重くスロージョグ。
 えっちらおっちら京都御所を周回(約3.8km)して、京都市庁を経由し二条城を周回(2.5km)する。それぞれに周回するジョガーがいて、それぞれが朝のひと汗を流していた。前日とは一変した力強い陽射しに照らされながら、祇園祭一色に彩られる京都の街を駆ける。

京都御所の側道

二条城正門 

 朝食後、京都アクアリーナへ脚を伸ばす。
 一昨年から始まった、ご当地プールめぐりとしては3ヶ所目。朝9時の開店狙いで訪れたのだが、屋内長水路プールはすぐにコースが一杯に。お隣の飛び込み用のプールでもドシドシ練習が行われていて、だだっ広い施設に活気を感じる。僕も時間までたっぷりハァハァ、ゼイゼイ楽しむことが出来た。

京都アクアリーナ、充実の施設です。
 滞在3日目、サクッと汗を流した午前中でした。

2017年7月8日土曜日

ランシュ放浪記~ビワイチ バイク編 ’17.7.5

7/4(火)
 京都、滋賀の天気予報を幾度となくチェックする。土砂降りの新潟から向かった大阪伊丹空港は曇り。いつ降り出してもおかしくない鉛色の空が広がっていた。
 5月中旬、僕は会社の研修日程に合わせて、ロードバイクでビワイチ(琵琶湖一周)することを思いつき計画を立ていた。1人で200km近くバイクを漕ぐ機会はそうはない。それを全く知らない土地でやるのもアリじゃなかろうか、そうだ、やってみよう!
 半ば衝動的だった。なのに、いざこうして実行が怪しくなると、とてつもなく重要な機会を逸すようで、いつまでも諦めがつかないでいた。
 時間の経過と共に、滞在している大阪では雨が降り出し、次第に雨脚は強くなる。
 僕の計画を知る同行者は、空を見上げるようにして
「台風が雨雲を全部さらっていけばいいのに」と一言。
 あっ、それっ!その可能性に遅ればせながら気がついて台風情報を確認する。一条の光が射したようで、それは強い期待へと変わる。
 その言葉の通り台風が通過して時間が経つにつれ、京都、滋賀の天気予報からは傘マークがおもしいろぐらい消えていった。
 京都へ移動してホテルにチェックインする夕方頃には、翌日の天候は朝方を除き殆ど心配はなくなっていた。

 7/5(水)
 朝5時。予定よりも30分早くホテルを出発。近所のコンビニで行動食を調達し、店を出ようとするとポツリポツリ雨が降ってきた。
 アスファルトの水溜りに落ちる雨粒を見ながら、パンをほおばり雨が上がるの待った。それはほんの束の間のことで、雨粒の数がみるみる減っていった。
 よし、行こう。 僕はバイクに跨った。

 京都御所を過ぎ県道30号線、滋賀越道から山中越を通り、滋賀県大津市を目指す。
 住宅街から徐々に上り坂が始まる。思っていた以上に強い勾配で、山道へ入って早くも顎が出そうになる。想像以上の峠道だ。
  上り坂は比叡山ドライブウェイの入り口まで続き、やっとの体でピークを越えた。そこから濡れたアスファルトをブレーキをかけながらゆっくり下っていくと、突如、それとわかる湖が横たわっているのを垣間見る。雲の切れ間から光が湖に差し込んでいる。思わず声を上げた。

大津市側から望む比叡山。


 国道161号線、琵琶湖を右に置きながら、西近江路を北上して琵琶湖大橋へ。


琵琶湖大橋から望む琵琶湖

  県道559号線、湖岸道路に沿ってサイクリング専用道と本道を行ったりきたりしながら湖東をひたすら北へ向かう。早朝でも車通りは少なくはなく、かたや専用道は凸凹が多くスピードを出すのが躊躇われてしまう。

 近江八幡で湖岸をぴったりとトレースするコースへ出る。岸壁の特徴的な岩に名前を記した看板が立っていた。
 多少のアップダウンのある湖岸の森林道の中を、僕はバイクを滑らせるように進める。そこまでの憂さを晴らすようにペダルを回した。辺りには僕のタイヤのすれる音だけが響いている。

近江八幡、沖島。



 8時過ぎに彦根へ。実働3時間で最初のコンビニで休憩を取る。


各コンビニにバイクラックが常設

スタートから100km。湖北へ向かう

 彦根を過ぎて米原、長浜まで来ると交通量は減り、思う存分本道でペダルを踏むことができた。何度も思ったことだが、これで天気が良かったら、もう何も言うことはないだろう。

  湖北の県道44号線は国道8号線と交差するのだが、国道と並走する県道514号を選択すると、車通りの少ない安全なルートを取ることが出来る。
 賤ヶ岳のロープウェイを横目に山道を上がりトンネルを抜けると再び湖の視界が広がる。ここで漸く陽が射してきて、眼前に広がる湖の青色と木々の緑のコントラストに心が踊った。



  前日の雨の影響で県道557号線にて崩落があり、予定ルートの一部が通行止めになっていた。湖北のグッドロケーションと聞いていだけに残念。お陽さまも出てるのに。
 仕方なく国道303号でショートカットして、県道54号の湖周道路へ向かった。

 高島の湖周道路はずっと同じような景色が続き、正直言ってものすごく飽きる。休憩を取るようなポイントも見当たらないのでひたすら進んだ。さらに南下するごとに雲行きが怪しくなり、時々雨粒が当たった。
 湖州道路が途切れると国道161号線に合流する。車の交通量は半端ないが自転車の走るスペースは辛うじて確保されているので安心して進むことが出来た。途中、白髪神社で休憩を取った。

白髯神社の鳥居
 JRの高架線路と併走するコースを進みながら、道の駅の琵琶湖大橋米プラザを目指した。小雨が降る中、道に迷いながら12時半頃に道の駅に到着。ここを起点とするビワイチ150kmコースの達成だ。


道の駅

 再び京都へ。山中越をやり過ごすコースも考えたが、今回のサイクリングの締めとして、再度挑むことに。選択は間違いではなかったが、姿勢やサドルポジションをこまめに変えれずに、比叡山の入り口までは、ただただ苦行でしかなかった。

比叡山へ向かう坂の途中から

 ピークからの滋賀越道はひたすら下り。ここがなかなか長い。朝、ここを登ってきたのねーと改めて坂嫌いの自分に感心する。
 京都市街に入ると完全にサイクリングモード。銀閣寺、平安神宮を経由しながら烏丸通りの宿泊先を目指した。
 15時、ホテルに到着。
 走行距離212km、実働8時間25分 所要時間10時間。
 単独では初めての距離と時間だ。スタート時はコースの情報が希薄だったので、不安な点が多かったが、「ビワイチ」の為に施されている様々な工夫、専用道や案内表示の存在はもとよりサイクリングへの理解のおかげで無事に乗り切ることが出来た。安心してサイクリングを楽しめるコースだ。もしかしたら2度目があるかも、その時は湖北のコースをもっと攻めたい。それじゃ、じゃまたね!(了)

2016年7月25日月曜日

裾野市ランのこと

 7/18静岡県裾野市に滞在していた。連休を使った久々の家族サービスだ。
 前日、あきる野の東京サマーランドでめいっぱい遊び、ついでといっては何だが山中湖まで脚を伸ばした。間近で富士山の姿を一目拝もうとしたのだが、なかなかどうしてそう簡単に拝めるものではないらしい。目視できる山々には全てうす曇が掛かり空に隠れてしまっていた。それでも圏央道、中央自動車道を経て富士五湖道を通る道中、聳える山々のコントラストは圧倒的な迫力があり、眼に映る風景を楽しんだ。後部座席の2名はプールで遊び疲れたようで、景色など一向に気にすることなく静かに目を閉じている。

 裾野市で一夜を明かし朝、僕らはジョギングへ出かける。スタートは裾野駅。街中を突っ切って特に方向を定めるわけでなく、往復10kmぐらい走れればいいかなぁというアバウトな感じでなんとなく山の方へ脚を向ける。
 空は晴れ間が覗いてはいるものの前日同様、相変わらず上空にうすい雲が張っていて富士の姿を確認することができない。気温は高く湿度もそれなりでジョギングに適した天候とも言えない。知らない土地であることは間違いないのだが、特にこれといった特徴がなく、なんとなく気分の上がらない自分がいた。
  微妙に傾斜する上りの道を進み、走り始めて5kmを超えたあたり、上りのキツい深良中学校の入り口から林道へと脚を踏み入れる。良く手入れされた杉林はまるで天然のクーラーのように涼しくて、木々の隙間から差し込む陽光が神々しく輝いていた。



 坂を上ってたくさんの汗をかいた僕らは飲み物を求め、今しがた来た道を折り返した。見つけた自販機で手に取ったペットボトルからは冷気が立ち昇る。急激に上昇する気温のせいだろうか。走り出した時より空は青みを帯び、陽射しの強さが暑い1日の始まりを予感させた。
 ホテルへ戻る途中、住宅街でふと空を見上げると眼前に富士山らしき姿があった。一気に高揚した。この好機を逃さぬよう、子供達にもその雄姿を見せてやりたいと思いホテルへ急ぎ戻った。しかし時既に遅しで再び雲の中に隠れてしまっていた。


 たまたま訪れた裾野の街だったが案外な穴場だった。富士山、愛鷹山、箱根山系の一部など雄大な山々を天候次第ではあるが眺められるかもしれない。知名度の高い土地からは少し離れてはいるが交通の便は良く、ここを基点にした東西南北どこへでも足を伸ばせるのが特徴だ。
 今回の旅が僕らの初夏の想い出になることを願うばかりである。(了)

2016年7月24日日曜日

博多滞在のこと③

 7/14滞在3日目。
 AM5時に目を覚まし、いそいそとジョギングの支度をする。前日バイクに跨ったとき右脚にはほとんど問題を感じなかったので無理をしなければ走れるだろう。
 どうしても走って行きたい場所があった。福岡には幾度となく訪れているが、なかなか足が伸ばせずにいた。目指す先は大濠公園。特別目当があるワケではないが、以前から気になっていた場所だ。宿泊するホテルからは3kmほど先に位置している。
 渡辺通りから天神駅を抜ける。早朝、車の往来はあるが人はほとんど見かけない。中州や天神といった繁華街が近いので、夜を明かした人たちとすれ違ったりするのかと思っていたが、そういう雰囲はなかった。どこかでしっかり区切りをつけた新しい朝の始まりがあった。

 走り始めは着地の感触に注意を払う。右の脹脛に少しシコリのようなものを感じるが、進むごとに気にならなくなった。これなら平気だろうと少しピッチを上げる。それに併せるように周りの風景も少しづつ変わり、公官庁の建物が立ち並びはじめた。
  気温湿度とにも高い。発汗を予想して補給のペットボトルを用意したが、公園に着く前に半分近くを飲んでしまう。季節柄こういう準備は必要だと強く感じる。まぁ前夜のアルコールの影響もないわけではないけれど。





  汗だくで大濠公園に到着。5時半をちょっと過ぎたばかりなのに、すでに大勢のランナーで賑わいサイクリストもちらほら。コースは濠をぐるり一周して2km。ランナーとサイクリストのコースの区分けや、距離ガイドもバッチリ表記されていて安心して使える。ベタな表現であるがまさに都会のオアシス。スタバもあって周辺の美術館や公園を散策するのにも丁度いい。
  老若男女入り乱れ、それぞれ思い思いのペースで反時計回りに走っている。僕も彼らと同様に走った。朝の僅かなひと時をトレーニングに費やすということは、どこか贅沢で、特に初めて訪れる場所では増す。だからどんな旅行でもランニングシューズは欠かせない。決して速くないスピードで、目に飛び込んでくる様々な情景を眺め、心と体のジョグを行うのだ。

 3周ほどで公園を後にしてホテルへ戻る。街には人々が往来し賑わいを見せはじめていた。
これが故障してから始めての軽快走。中盤以降は5分半より少し速いペースで進み、トータル12kmをこなした。順調に回復している、そう感じた初夏の博多の早朝ジョギングだった。

2016年7月21日木曜日

博多滞在のこと②

 ホテルへはバスで戻り、出発の支度を終えたのは14時を少し回った頃。天候は曇り。気温湿度とも高く、じっとしていても汗ばんでしまう状況だった。
 バイクに跨り早速ホテルを出発。もうこれだけで半分以上の目標を達成した気になってしまった。大雨から一転してようやく乗ることができた。また右脚を故障してから2週間ぶりのことでもあった。漕ぎ出しこそ右の脹脛に違和感があったけれど、博多の街を抜けるまで幾度と無く繰り返したストップ&ゴーが足慣らしになったようで、その後まったく問題はなかった。
 ちなみにサドルはゆーサーモンからお借りした物を竹谷賢二さんの記事に習い、高さと前後の位置を調整して新潟から送り出していた。竹谷さんを参考にしたのは、彼のバイク合宿に参加している鉄女ママの影響だ。今までサドルの位置をちょこちょこといじってきたが、恥ずかしながらすべてフィーリングで何かを参考にしたり頼ったりすることがまるでなかった。ここでしっかり修正、リセットしたいと考えてのことだった。
 街を抜けてからは軽快に進むことができた。箱崎、九州大、白浜、香椎の緩くない起伏を息切れ切れに迷走しながら国道3号線を伝って再び博多へ戻り、福岡空港、レベルファイブスタジアム、それに午前中泳いだアクシオン福岡の周辺をサイクリングする。










  国道3号線を走っているときのこと。信号待ちで停車して、青に変わったところでペダルを漕ぎ出したら何かの拍子でリアの反射板が脱落してしまった。すぐに気がついて後ろを振り向いたが、交差点の真ん中に近かったので取りに行くにも行きようがなく躊躇していたら、すぐ後ろに居たバスが交差点の途中で停車して、運転手さんが座席から立ち上がり、僕の落とした反射板を指差して位置を教えてくれていた。予想していなかった事態に驚きを隠せないまま、僕はこれでもかと言うほどバスに向かって大きく会釈して反射板を拾い上げた。
 午前中のプール帰りのバスといい、この出来事といい、西鉄バスの運転手さんの神対応にえらく感動し惚れてしまいそうだった。かくありたいものである。

 そんなこんなで2時間ちょっと博多周辺を散策した。待ち合わせの時間があったので頃合いを図ってホテルへ戻ることにした。
 空港から街へ通じる二車線道を進んでいる帰路の途中、交差点を突っ切った直後、後輪の違和感に気付く。あれ?まさか。そのまさかだった。後輪を見るとタイヤがペシャンコに潰れている。
  ロードバイクで、人生初のパンク。でもなんでここでなんだろう。
  路肩に寄り適当な場所を見つけて作業を開始。パンクしたチューブを抜き、新しいチューブに少し空気を入れ、ホイールとタイヤに納めようと…。
 あれれれ、ぜんぜん収まんない。タイヤがホイールから外れてしまいチューブをタイヤに収め、ホイールにかける作業に手こずってしまう。手で上手くハマらなかったのでタイヤレバーを使ったその時、プシューっ。
 一瞬、目が点になり呆然としたが何が起こったかすぐに理解出来た。アカンやっちまった。しかし、こんなこともあろうかと取り出したのは、
 ジャジャーン。タイオガリンコウバックゥ(ドラ風に)
 そそくさと自転車をバックに片付けて何事もなかったようにヘイ、タクシー、親指ビシッ。
 空港の傍のお陰ですぐにタクシー捕まえることができた。停まってくれた運転手さんはかなりのお話好きのようで、新潟から観光に訪れたことを告げると、この日は山笠を奉納する祭り行事があって、山車を牽く様子をみれるというので、その通りに連れて行ってもらったり、福岡市内のあれこれをいろいろ教えてくれたりと、話は尽きないしとめどない。お陰で深く傷ついたハズの心も癒え、何事もなかったように無事にホテルに到着。なんと料金メーターは途中で清算という大盤振る舞い。めでたし、めでたしっと。
 …いや、まったくめでたくないから!
これが博多サイクリングの顛末であった。(翌日に続く)



2016年7月20日水曜日

博多滞在のこと①

 7/13(水)博多滞在2日目。
 福岡県全域に大雨警報が出されていた。50年に一度の大雨になるらしい。確かにホテルを一歩出たらどしゃ降りで、雨粒が傘を容赦なく叩いた。当然のことながら僕は予定していた北九州方面へのサイクリングを取り止めた。腹の底では納得はいかなかったけれど、前日から予想された事態だったので心の準備は出来ていた。それでもどこか釈然としないのは言うまでもない。
 気持ちを切り替えようと行動を開始。アクシオン福岡の県立総合プールへ向かった。通勤の時間帯に紛れ、JR博多駅の横にある多階層のバスターミナルからバスを乗り継いだ。
 バスに揺られながら雨の博多の風景をぼんやり眺めていると、普段と変わらない日常のように見え、これから何処へ向かい、何をしようとしているのか解らなくなる。平日の朝、プール道具を携えているというのは、いつもよりちょっとした優越に浸れるが、明らかにそれと分かる旅行者を目にすると、せっかく九州まで来てるのだから、志向を切り替えた方が懸命だったかなぁと後悔が顔を覗かせた。せめてサイクリングならばと空を見上げるばかりだった。



 最寄りのバス停は目指す施設のすぐ横に佇んでいた。バスを降り、広げた傘を大きな雨粒が叩いた。雨脚は相変わらずだった。
 「アクシオン福岡」の看板が立つ場所から、勾配の急な長い階段を上ると目的の建物が現れる。後ろを振り返ると福岡空港の一部が眺めることが出来た。ホテルを出て約1時間が経っていた。

 この日は屋内の50mプールが一般に解放されていて、25mの方は中学生の大会が行われているらしかった。支度を整えプール屋内へ出ると、8つあるコースのうち一つのコースが使われていて、天井は高く、観戦スタンドが広がるだだっぴろい空間には監視の男性と僕を合わせた3名だけだった。大規模な大会を想定して建てられたものだと一瞥で判る。
 25mと50mのプールは屋根を同じくしているけれど、上の写真の外壁と似た様なガラスで仕切られていて音はほとんど聞こえない。時折、拡声器を通した様なアナウンスが僅かに聞こえてくる程度だ。
 大会で使用される電光掲示板やら、見たことのない設備が整備されているのに関わらず、全体的にはどこかもの寂しい雰囲気が漂い、天井から吊るされた水銀灯は煌々と灯っているが全体をカバーする程の照度はなく、水を張ったプールの水面に反射することでかろうじて屋内の明るさを保っていた。外のガラスにへばり付く無数の雨粒と、覗く鉛色の空がより一層暗くさせる。

 深水は1.6m、水は冷たくて重かった。経験したことのないプールの仕様に戸惑いながらアップからキック、それからプルブイを使ったドリルを普段通りに行ってみた。
 水面を叩く音は直ぐさま水に溶けてしまうようで、動作を止めた途端に静寂が戻る。巨大なプールを独り占めしているような気分になりドリルに集中することができた。と言うより集中するほかに選択はなかった。
 ドリルの後は100mを1分40秒と少しで、呼吸がやや落ち着くまでレストを取って回す。時計を追いかけると長水路はキツい。それから水が冷たいせいか体を動かしているのに関わらず寒さを感じて、プールを出て2度熱いシャワーを浴びた。結局100mを12本。軽く頭痛が出たのでそれを合図に練習を終了した。相変わらず屋内は閑散としていて薄暗く、バタフライの練習を始めたスイマーの水面を打つ規則正しい音だけが響いていた。

 プールを後にしてバス停に向かった。雨脚は少し弱まったような気がしたが、バイクを乗るには無理のある天候だった。バスの到着時間には20分以上あったので、次の停留所まで歩いてみることにする。
 雨の中を特に急ぐワケでもなく歩いた。2つ目の停留所を超え、3つ目、空港通り沿いの停留所が見えてきた頃、不意にバスが現れ僕を追い越していった。僕は咄嗟に追いかけて走り出すと、バスは認識したようにゆっくりとスピードを下げて停留所で僕の到着を待ってくれた。バスに乗り込みすぐに運転手さんに会釈をした。

 特にすることもないので博多駅の東急ハンズを物色する。一通り見て周り、もちろんいくつかの買い物もした。それからなんとなく空腹を感じたので上階のダイニング「くうてん」で一休みすることにした。ダイニングの名の由来は9階と10階に渡ってあるからだろうか。その「くうてん」の階段の吹き抜けのところで、空を見上げると相変わらず鉛色の空は広がっていたが、すっかり雨は止んでいた。携帯で博多周辺の天気予報を確認する。これ以降は曇り時々雨。ぼくは躊躇することなくエレベーターへ向った。(続く)

2016年5月30日月曜日

ホノルル滞在記番外編。時を過ごすということ。

 ホノルル滞在中、僕らはシェラトンに宿泊し4日間に渡りホテルのビュッフェで朝食を頂いた。よくまぁ飽きもせずにという声が聞こえてきそうだが、飽くことがなかったので連続で通えたのは言うまでもないし、パッケージの朝食券(1食1人分32$)ももったいないし。なんてたってホノルルの飲食代は観光地特有のインフレでとってもエクスペンシヴなワケで…。

 僕らは決まってアウトサイドのオープンテラスを選択した。心地よい風に吹かれながら、海も空も青一色の風景を傍に遅い朝食をいただく。
 食事中、給士の浅黒い肌のオールドボーイがカップにコーヒーを注ぎながら「Beautiful Day」とバリトンボイスでつぶやく。新潟に住んでいると、いやー今日は清々しいなぁ、なんて心から感じられる日はごく僅か。5月のGWを過ぎた頃の時期ぐらいだろう。
 オールドボーイ氏の言う通り、ワイキキは滞在日すべてが「Beautiful Day」だった。空は晴れ上がり、気温湿度ともに快適であった。それは何よりにも勝る恩恵だった。そんな気候の下、異国の空間を満喫しながらの朝食。朝ランでひと汗を流し、シャワーを浴びてサッパリしていることも手伝って身心ともに気持ちがいい。時々、食事の手を休めにぎわい始めたサーフを眺める。今日は何をしようかと、実は概ね決まっているくせに違うプランを考えるフリをしながらぼんやりと時を過ごすのである。
 朝食を終えると、僕らは決まってプールサイドで休憩をとった。僕はいつも海パン仕様&スイム道具一式を携えてビュッフェに訪れて休憩というより、片道20mほどのプールを何往復かゆっくりとクロールするのだった。ひとかきひとかき水の感触を確かめるようにゆっくりと。

 こうした特別な場所ではなく日常の生活でも、ちょっとした心掛け1つで時間を優雅に過ごすことができるのではないか。晴れ渡る空や、心地よい風は新潟にもある。要は感受性とそれを増幅してくれる装置が足りなかっただけなのだ。
 時間を優雅に過ごすこと。ハワイ滞在で学んだ、人生において重要な事柄の1つである。



2016年5月24日火曜日

ホノルル滞在記② 潟鉄ジャージでハナウマ湾自走編

 ホノルル滞在3日目。AM5時、ワイキキの街を一周するイメージで朝ラン開始。カラカウワAveからカピオラニ公園までは前日の同じ道程であるが、そこからパキ、モンサートAveへと進路を取る。ただの行き当たりなのだけれど、なだらかな上り坂に魅せられてつい脚を向けてしまう。

 カピオラニ コミュニティカレッジからUターンしてホノルル動物園へ戻り、アラワイ運河の歩道に出る。対岸にはアラワイゴルフ場があり、早朝プレーを楽しむ人達の姿が見える。前日バスで通った際に、走ったら気持ちよさそうなシチュエーションだったのでコースに取り入れようと思った。僕らが走っている間、幾人ものランナーとすれ違う。恐らく定番コースの1つなのだろう。

 運河を気持ちいいペースでトレースしていくとアラワイボート港に辿り着く。その名の通り、小型の船舶がぎっしりと停泊しており、そこをさらに進むと砂浜へ出る。その砂浜の上を2人が並んで走るぐらいのコンクリート道が、ホテルの敷地に合わせるようにうねりながら通じている。
  ホテルのテラスが除け、ビーチバレーのスペースや、これからサーフィンを楽しもうとする人達など賑わっていて、南国リゾート感たっぷり。僕らもその風景の一部に溶け込んでいたかもしれない。1時間ちょいの心地よい汗を流す。


 そして、この日はアクティヴィティ第2弾、ハナウマ湾輪行であった。
 レンタルバイク店で自転車を借りる。我々に差し出されたのはジャイアントのマウンテンバイク。PM5時返却でレンタル費用は15ドル。安かろう悪かろうでは困るのではあるが、これが随分お粗末な状態。ただここで躊躇してしまっては時間の無駄になってしまうので、バイクの具合を確かめるべく、かつ右側通行にも馴れる必要もあるのでワイキキの街をちょい乗りする。ハナウマの往復40kmぐらいなら大丈夫だろうと判断し、予定通り出発することにした。
 時計はAM9時半を回り気温は27度。この日、気温は30度まで上がる予報がでており、暑い1日になりそうだった。

 ABCストアで水や補給食を買い込んで、ダイヤモンドヘッドロードからカハラアベニュー、72号線(カラニアナオレ ハイウェイ)を目指す。
 当たり前のことだが交通ルールを守れば、比較的安全に走行することが可能だ。ただし交通量の多くなる72号線はバイクレーンが確保されているが、両方向合わせて4車線で行きかう車両のスピードは、なかなかのもので気をつけるに越したことはない。バイパスの路肩を自転車で走るようなものと想像して貰うと判りやすい。

 ハナウマ湾まではおおよそ20km。サイクリストならどってことない距離だが、同行する妻にとってはそう簡単ではない。この辺も考慮しながら常に後方確認、声がけをしながら進んだ。
 ハイウェイの脇には大きな庭をたたえた住宅が一定間隔で立ち並ぶ。その中にFor SaleだとかPreviewの看板が少なくはなかった。それと教会の数。僕が気付いただけで3軒。町内会にひとつはあるのかな。
 出発から1時間、マウナルアベイビーチパークで小休止。人影はなくほぼ貸切状態。平日だしね。



 クアバ池を越え、教会のある交差点から上り坂が始まる。左手には美しい円錐形をしたコーコーヘッドパークがそびえ立つ。目を凝らすと山頂まで一直線に上る階段のようなものが見え、人が歩いているが確認できた。

 ハイウェイの上りのピークにはハナウマ湾の入り口があった。反対車線のバス停に腰を掛けたカップルが、僕のバイクジャージを見て日本人と気が付いたようで手を振ってくれる。僕もそれに答える。彼らはトレラン目的でハナマウに来たそうだ。湾を形成する海にせり出した巨大な岬は標高もありトレランには適していそうだった。自走ですか?と尋ねたら、笑いながらもちろんバスですと返ってきた。


 僕らはハナウマ湾の入り口を通り過ぎ、長い下り坂に出た。眼前には海岸に続くハイウェイと青い海が広がり、その景色に吸い込まれてしまいそうだった。テンションが上る。ただ、この下りから突如としてバイクレーンが消えていた。反対車線を見ると同様に専用のレーンはない。ところどころにきついカーブがあり、車の交通量を考えるとちょっと危険な感じがした。目の前の風景に躊躇したが、すぐに妻を止め状況を話し、それ以上進むことをやめた。本当ならばそのまま岬へ出てしまいたかったのだけど…。まぁ仕方ない。

 ハナウマ湾は想像を絶する美しさで、正しく本物のコバルトブルーの海の色だった。眼下の三日月に広がる砂浜では、海水浴を楽しむ人たちで賑わい、時々、甲高い笑い声が聞こえる。




 帰路、ハイウェイからダイヤモンドヘッドロードへ向かう途中、キラウエア アベニューという、見たことのない、まるで聳え立つようなゲキ坂を発見。思わず、いってきまーす!と妻を置き去りにして単独アタック。実は僕の乗っていたバイクはインナーには入らず、悶絶しながらピークにたどり着く。


 復路は1時間も掛からずにワイキキの街に戻ってきた。行きは気がつかなかったが、ひたすら下り基調でスピードに乗った。よし、それじゃぁ、このままパールハーバーを目指そう!と妻に打診するが呆気なくNO。えーっと不満を漏らすが、昼のビールを交換にしぶしぶ引っ込める。
 もしも、また次に来ることがあれば自分のバイクをもって来たいものだ。もちろんジャージは「潟鉄」でね!
(続くかも)








2016年5月23日月曜日

ホノルル滞在記① ダイヤモンドヘッド登頂のこと

 此度のハワイホノルル旅行は、僕の勤める会社の永年勤続者への功労として付与されたものであることを冒頭に伝えておきたい。今どき、こうした福利厚生を実施する企業は多くはなく、縮小あるいは消滅の一途であるというのが一般的な見識である。僕らがホノルルに到着した同日、日本を代表する自動車メーカーと、そのグループ会社の方々と空港で一緒になり、どういった主旨のツアーであるかは判りかねるけれど、やっぱりかの企業は大したものだと思った。一方のお前さんらも大したものじゃないかとなる訳だが、気前の良さで制度が維持されているのではないことを承知しているので、また来るべき年にかくあるようにと願うのであった。

 滞在2日目。AM5時起床。ランニングの支度をして早速ホテルを出る。随分と早い時間の行動となったが、あらかじめ時差ボケ修正を考えていたのが功を奏した。
 日本時間に対してこちらは19時間前に戻るので時差ボケは避けて通れない。出国から到着までの移動時間を睡眠に充てたとしても、簡単に解消できるものではないと思い、一睡もしないでホノルルに入った。当然、到着初日はかなり憔悴していたがさっさと就寝し翌日に備えた。

 さて、最初のアクティヴィティはダイヤモンドヘッド登頂ラン。宿泊するシェラトンからワイキキショッピングセンターにあるジャングルを連想させる庭園を抜ける。途中、耳慣れない鳥のさえずりがやけに騒がしい。人工的に作られた庭だけに、スピーカーか何かからかとキョロキョロ辺りを見回したけれど、どうやらホンモノの様子。またもう一方では、大きなディーゼルエンジンの音が聞こえる。そちらはヤシの木の葉落とし、あるいは幹の皮はぎなど、通りの木々のメンテナンスを高所作業車で行っている。もちろん辺りはまだまだ暗い。そんな中、目抜通りのメンテナンスをこの時間帯に行う必要は想像に難くはない。観光地の見えない努力、美観を維持しイメージを損なわないようにするための役割分担があることを認識せずにはいられない。
 妻がその作業風景を写真に収めようとすると、高所作業車に乗ったおじさんがとても器用に作業車を上下左右に、まるでロボットダンスのようにコントロールしながら、僕らに向かってアローハサインを送ってきた。僕らも尽かさず、グッモーニン!と馴れない挨拶でアローハ。僕らは通りをおもむろに走り出す。ふと気になって後ろを振り向くと、彼のダンスはまだ続いていた。

 未明の見知らぬワイキキの街を走る。眼に映るもの全てが新鮮だ。
 ゆっくりと空が明ける。眼前にそびえるダイヤモンドヘッド(以下DH)、左手にはビーチに広場。観光用のホテルの居並ぶカラカウワアベニューの舗道は整備されていてランニングにはうってつけだ。ランナーの姿は少なくはない。この日、見かけたランナーは総じて白人で女性が多かった。すれ違い、追い抜きの際にはほぼ何らかの声をかけ合う。

 カピオラニ公園を挟んで景色が一変する。商業施設が姿を消し、住宅が立ち並び始める。住宅の門扉付近には大きく4桁の数字が表示されていて、住んでいる方のセンスなのだろうか、それらは思い思いの形状で、大きく掲げられているのがちょっと無機質に感じた。名前の表記されている日本の表札と比較するからだろうか。
 そんな住宅地から上り坂が始まる。緩くもキツくもないほどよい傾斜だ。この上りの途中、同じく坂を上る自転車に乗ったカップルと併走し、カタコトの会話を交わす。楽しくて思わず笑顔になる。

 坂の頂上では海側に車が十分に駐車できるスペースが設けてあり、すでにポツポツと人の姿があった。新潟で例えるなら、シーサイドラインから海を眺めるようなものだ。このときの空は薄っすら雲が広がり、紺碧色の海にはいくつも白波が立っていた。風はほとんど感じられない。
 僕らはそんな風景を横目に坂を下った。左手にDHが迫っていて、そこに這うように建てられた住宅群、その反対、道路を挟んだ学校やデパートメント オブ ディフェンス(軍事基地)を通り抜過ぎる。朝の早い時間ということもあり、人影は少なく、僕らの足音だけが響くような、そんな静けさがあった。

 陽は昇り、茶褐色のDHの断崖を照らしている。道に誘導されるようにDHの裾野を上る。少しづつ上昇しながら、眼下に広がる風景を切り取る。とても贅沢で貴重なことに感じ、ときどき脚を止め風景を写真に収める。
 トンネルをくぐり、DHの登山ゲートに到着する。左手にしたガーミンはホテルから7kmの距離を示していた。割とあっけなく着いたというのが感想だった。どうでも良いことだが日本時間で放っておいたガーミンが衛星同期に合わせて、こちらの時間に表示が変更していた。AM6時10分。おおよそキロ6分ペースで辿り着いたワケだ。
 僕らはゲート入り口で1ドル紙幣を2枚渡し、頂上を目指した。登山と言っても整備されたコンクリートの専用道を進むので楽だった。ただ意外だったのは人の多さ。早い時間に関わらず次々に観光客が送り込まれ、僕らの後方には長い隊列が組まれていく。



 30分もかからないぐらいで山頂部に到着。島の山脈から海へと向かう偏西風を肌に受けながら、一通り景色を堪能する。
 頂から見るDHの摺鉢形状と、そこから一望する東西南北の景色は押さえておくべき光景の1つではないか。特に太平洋側は海と空の境が分からなくなるくらい何処までも続いて、いま立っている場所は海の真ん中にぽっかりと浮かぶ島であることを容易に連想させる。




 来た道を戻り下山する。下りで若干行く手を阻まれる。それは右脚の筋膜炎と左のモートンだった。上りは高揚感から気にならなかったけれど、下りになった途端、凸凹したコンクリートの道が苦痛になった。イタタ…と何度も口にしながら下山した。

 AM7時。登山ゲートから往復約50分。最初のアクティヴィティが終了。ゲート付近に据えられたベンチに腰を掛けながら休憩して帰路に着く。

 ホテルまでは朝の街を観察するように少し回り道をした。AM8時、銘々の朝がすでに始まっており、観光地の賑わいと喧騒があった。未明のワイキキとは様相が一変していた。



 真っ青な空が広がり、強い陽射しが僕らを照らした。風はほとんど感じられない。スタート時刻から往路、DH山頂部、そして帰路、と天候を1つ取ってみても地形と環境でまるで異なっていたことに気がついた。これがハワイたる所以であるところの偏西風のもたらす恩恵なのだろうか。(続く)