2023年12月25日月曜日

パフォーマンス ビヘイビアー 2023.12.18~12.24

 手に取った本に「パフォーマンスビヘービア」(Performannce behaviour)なる、アスリートの能力向上の考え方を知った。
 英語で表記するとなんか凄そうな感じがするけれど、要はアスリートの能力は日常生活がすべて直結し、日頃の行動を改善することが身体能力につながるんだぜということらしい。
 相違があるかもしれないが、ぼくはそう理解した。
 日常の何気ない行動で改善しなきゃと思うことはたくさんある。ちょっと生々しいし、照れもあるので内容は割愛するけれど、居住まいを正す心持がして気持ちいい。
 身の丈の範囲内で、自分で在り続けることを大切にすることが、ぼくにとっての行動改善だと思っている。

 さて。この頃はトレーニングのメニューを考えることがとても楽しい。いくつかのピースをつなぎ合わせていくのだが、目指す目標に僅かでも近づいていくような感覚が得られるととても嬉しい。年末年始となり環境が多少変化するが、ひとつひとつ丁寧にこなしたい。


★トレーニング備忘録

12/18(月) 終業後はジム。DSをしっかりやってスイム。100mインターバル泳。エントリーの入水位置とストレッチング時の伸ばす腕を意識して100秒前後。下っ腹に力をいれ猫背ぎみに浮力を得る感覚も大事。トレッチングタイムの姿勢にフォーカスして楽に速く泳げると嬉しい。続くドライランドはエアロバイク。アマプラ同伴のながら漕ぎ。締めにタバタで悶絶。

19(火) 朝は筋トレ。ボールクランチ、デッドリフト、ダンベルフライ、ダンベルプルオーバー。気温の低い冬の朝、かるくパンプした。そして終業後はジム。DSからトレミでアマプラをお供にながらジョグ。締めにエアロバイクに跨って連日のタバタ。割と充実のトレーニング。

20(水) 終業後ジム。DSからスイム。50mインターバル泳でストレッチングタイム、リカバリーの抜き手、エントリーの入水位置や角度と肘の動き・・・。48~50秒台の時計なので入水頻度と動きの意識が重要なのだろう。ムダに力まず少しでも速く泳げる身体の動きを研究しよう。

21(木) 終業後はジム。DSからエアロバイクで汗を取る。

22(金) 早朝から降り続く雪でもう大変。予定通り休養。夜は忘年会パートⅡで泥酔。

23(土) 午前中にインフルエンザワクチンの注射。二日酔いもあって連休。

24(日) 午前中ジム。DSからトレミ、ビルト走からのスイム。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
18(月)  スイム1.3(23)、エアロバイク14(29)
19(火)  筋トレ(11)、  トレミ10(59)、エアロバイク(5)
20(水)  スイム1.6(26)
21(木)  エアロバイク30(65)
22(金)、23(土) 休養
24(日) 午前 トレミ15(84)、スイム1.0(19)
12/18~24(km)S1.9、B44、R25、Re2

2023年12月18日月曜日

2023.12.11~12.17

 田畑泉氏の「世界標準の科学的トレーニング」(講談社ブルーバックス新書)を手に取った。
 タバタメソッド、タバタプロトコル、タバタ式・・・。20秒もがいて10秒レストを8セットのあの「タバタ」である。田畑氏本人の著作は読んだことがなかったが、先の基本フォーマットを用いて疲労困憊になることが氏本人の意図であるようだ。
 巷に流布される氏のフォーマットを用いたトレーニングを否定することもなく、万人が取りつき易いところを紹介しながら本章をすすめていくところは好感が持て、裾野の広がりを歓迎している趣があり、自らの実践理論の精度の高さを自負していることが伝わってくる。

 ぼくは結論を急ぎたかったので3章から読み始めたのだが、運動科学の専門書としてのエネルギーサイクルがとてもわかり易く知識の補完にもなった。
 氏の推奨するところのタバタは短時間で高強度有酸素運動が可能なメニューなのだと理解できたし、このフォーマットでエアロバイクはもちろん、プライメオトリクスを取り入れるのはアリと考えられた。例えば縄跳&バービージャンプ…とか。とても明瞭な良書でタバタは積極活用すべしだと思った。

★トレーニング備忘録
12/11(月) 終業後のジムは日曜に引き続いてトレミの上でなんちゃってスピード練。腰をおとし骨盤の前傾と股関節の稼働に意識を寄せる。走り終えたあと右の腰回りが痛んだのでこの日はこれで終了。翌朝、身体のあちこちが痛い。ムダに力んでいると思われる。

12(火) 終業後プールへ。50mインターバル泳にてひたすらフォームを確認。前重心、力まず推進力を得ることに徹する。ドリルを挟んでラストは全力100m泳で締めるも凡タイム。

13(水) 終業後ジム。DSから筋トレ。ディップス&チンニング、ダンベルフライ(下部)、サイドレイズ。次いでトレミはアップからビルトでキロ5分ペース。〆にエアロバイクでタバタ。マジでキッツイ!ポチ太が口から飛び出す。

14(木) 休養。前日のディップスのせいで肩や脇が筋肉痛。しばらく刺激していない部位を使うと概ね24時間後に筋肉痛となってあらわれる。

15(金) この日も休養に充て、連休。

16(土) ロードワークの前にボールクランチとデッドリフト。ロードは那覇の経験を踏襲するつもりで近所の放水路を周回。寒波前の高い気温で半袖半パンで丁度よかった。

17(日) 午前中ジム。DSからエアロバイクを1時間漕いで、続いてトレミで汗を絞る。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
11(月)  トレミ10(53)
12(火)  スイム1.5(25)
13(水)  筋トレ(9)、トレミ9(50)、エアロバイク(5)
14(木)、15(金) 休養
16(土) 午前 筋トレ(10)、ロード12(66)
17(日) 午前エアロ30(63)、トレミ8(45)
12/11~17(km)S1.5、B35、R39、Re2

2023年12月13日水曜日

2023年 第37回那覇マラソン ハーフからフィニッシュ編

 「那覇マラソンはさぁ、所々で写メ撮ったりして楽しむマラソンだよ。」
 何度か走ったことのある御仁がそうアドバイスしてくれた。新潟住みのぼくには信じがたい師走の気候と絵に描いたような南国の風景。そして沿道の絶えることのない声援や奉仕。起伏の多いコース設計は記録を狙うそれではなく記憶のレースなのかもしれない。

 20km通過。待ちに待った下り坂だ。幅員のある見た目にも長い下り坂が眼前に展開していた。しかしここに至るまでの疲労感は否めない。さりとてまだやり抜けない感じはなかった。後半の為のとっておきの補給の封を開ける。この下りを上手に利用して体力を繋ぐ。ペース遵守。調子に乗りすぎて終盤の失速が早く訪れるのは分かりきったことだ。

 平和記念公園の中間地点の通過は手元で1時間55分ぐらいだったと思う。下りのスピードに乗りながら、元気の良い地元の高校生達とタッチした。彼らの盛り上がりが尋常ではなく、こちらが臆するほど眩しく感じる。彼らは「人間の鎖」として時間制限オーバーのランナーを止める役目を担っているらしい。

 ひめゆりは漢字で「姫百合」と書く。ひと昔、いやふた昔前の看板デザインを目にして気がついた。漢字の表記だと誰もが知っている戦時中の事象についてさらに重みが増す。那覇マラソンの最中に、ひめゆりの塔に献花するランナーの方もおられるそうだ。
 先人の犠牲に立つ平和への感謝。今日のウクライナ、ガザへの手向けだろうか。為政者は争いを用いて無辜の人々の生活や命を奪うことを躊躇わない。寒い時代だ。

 26km付近、下り基調は終わり緩やかな起伏のコースに転じる。わずかな上りでも疲労を覚えた。左右のひらめ筋が痛む。ビギナーの頃以来の痛みだった。狼狽える。その両脚の鈍い痛みは走る意欲を容赦なく削っていくようだった。
 じわじわとペースは落ちていく。30km通過は2時間40分ぐらいだったと思う。残り12kmをキロ6分で刻んでもなんとか4時間は切れるなぁーと計算する。

 34kmの手前、遂に歩いてしまう。いやいや35kmまでは走ろう。なぜなら宮古島のランパートはその距離だから。己を鼓舞して再び脚を動かすがすぐにブレーキがかかる。休憩が必要だった。ひと息を入れる。そうこうしながら35km地点に到達した。そこまでは頑張ろうと思っていたせいか35kmの里程標で再び歩いた。4時間を切ることは、もうどうでも良くなってしまっていた。少し走って歩くを繰り返す。
 この辺りはどこでもみれるような商店が軒をつらねる印象が残っているのだが、沿道の盛り上がりは相変わらずだった。筋冷却スプレーを差し出す方々がとにかく目立った。

 37km通過。確かその辺りだったと思うが、沿道のサンピン茶の差し入れを頂いた。それはコーヒーを想起させるほろ苦さが口いっぱいに広がった。苦いのだけで不思議に清涼感となり、ぼくの背中を押すきっかけとなった。鞭を入た。あと5km、頑張ろう。

 小緑(おろく)バイパスからモノレール駅のある赤嶺(あかみね)までの上り坂が長くて辛かった。似たペースの方に話しかけたり、沿道の声援のお陰でなんとか歩かずに凌ぐことができた。
 坂を上りきって右に折れるとモノレールとの並走となった。見覚えのある道だ。なんとなく下り基調になることを予想していたが、差し掛かってみると想像以上に下りの勾配があって時計を稼ぐことができた。あそこがなかったらグロスで4時間はきれなかったかもしれない。

 奥武山公園の交差点を左折すると、屹立するセルラースタジアムが目に飛び込んできて圧倒される。ゴールは近い。けれど鉛のように脚は重くこちらの言うことを聞いてはくれない。先ほどの下りの反動だろう。

 スタジアムを右に折れて公園内の小道に入ってからとてつもなく長く感じた。見覚えのあるゼッケンを受け取った体育館の辺りを蛇行した。コースに沿って整列する地元高校生からは、あともう少し!の声援を山のように浴びる。で、あともう少しとはどれぐらい?なんて思いながら、必死に脚を進めると、遂に陸上競技場の入口とフィニッシュゲートがみえた。

 グロスタイムは3時間59分41秒。まじでギリ。ハードコースを理由に言い訳はいくらでもできるが、単に走力不足なだけだ。偶然に体裁を整えることはできたが肩を落として完走証を受け取った。
 ぼくはこういうコースは嫌いではない。こういう環境のフルマラソンは初めてで、とても良い刺激となった。可能ならばまたもう一度楽しんでみたいと思った。次回参加を胸に会場を後にした。

 すべてのメンバーが走り終えて集合地点に帰ってきた。そしてそのままチームメンバーのご自宅へ直行して大宴会が催された。準備していただいた奥様、お嬢様方、本当にありがとうございました。
 ぼくは沖縄の家庭料理に舌鼓を打ち、おいしいお酒を飲みながらその場を心から楽しんだ。思いがけず、普段よりも盃を重ねたけれど楽しいと酔わないらしく、フルマラソンにかけた以上の時間を過ごした。こうした繋がりも次回参加への意欲になろう。よい想いでとなった初めての那覇マラソンだった。(了)

2023年12月11日月曜日

2023年 第37回那覇マラソン スタートからハーフまで編

12/3(土)
 朝5:40に起床。TVをつけるとフィリピンでの地震による津波警報のニュース速報が流れていてちょっと物々しさを感じた。モニターに目を配りながら支度をせねばとポットで湯を沸かす。昨晩購入した白飯と地元のちょいクセのある味付けきんぴらをおかずに朝食を済ます。
 ホテルを発ったのは7:00過ぎ。ゆいレールに乗り奥武山公園駅で降り、モノレールに沿って壺川駅までジョグ。指定の集合地点は駅を出た目の前、川を渡った奥武山(おうのやま)公園の入口のトイレのすぐ横だ。
 行動スケジュールに関して問題はなかった。が、朝食以降どういうわけか気持ちが悪くなって何度かえずいていた。原因は判りかねたが、時間が経てば良くなるだろうと、なるべく気にしないようにして目的の場所へ向かう。
 集合場所には既に何人かがいて見知った顔を見つける。実に4年ぶりの再会。オンラインのやり取りはあったが、面と向かうのは実はこれが2度目。
 多少の照れはあったけれどみるみる消えていった。地方から来たぼくに皆が無条件に優しく気を遣って接してくれるのでつい甘えてしまう。会話に夢中になっているうちに気持ち悪さもどこかへ消えていった。
 整列の時間が近づいてきた。メンバーで円陣を組ん中央に右手を出し、親指と小指を隣同士で絡め合わせながら「あんぜんだいいちー」とキャプテンの発声に合わせ「オー!」と応える。キュッと気持ちが引き締まる。それにしてもかけ声が安全第一とは。つい顔が綻んでしまう。

 公園の様相はまさに人だらけ。見渡す限りのジョガー&ジョガー。脚の踏み場がないぐらいジョガーだらけだった。参加者は2万人は下らないそうだ。

 近隣の国の参加者も散見される。コスチュームにプリントされた文字でおおよそ判別できた。台湾、中国、もちろん韓国は当地と地政学上、互いに影響を及ぼし合える位置にあり人、の往来がそもそも頻繁なのだろう。

 かつてこの地に築かれた王国は独自の慣習と共に、大陸から多大な影響を受けていたと言われるが、人の往来が容易で習慣や文化の伝播の源になっていたと想像するのは難しいことではない。

 薄雲に覆われた那覇の空の下、同じグループのHさんとKさんと整列をして号砲を待った。スタート直前まで冗談めいた面白おかしい話をしたのは初めてだった。緊張とは程遠いスタートとなった。
 スタート時の気温は21℃。風の吹く場所はとても清々しいが、雲の切れ間から熱を帯びた陽光に照らされるとじわじわと汗ばんでくる。万人参加の大会はさすがにジョガーの密度は高い。れど似たような走力からか、あまりストレスには感じなかった。われ先にと隊列を縫うようなジョガーも少なく、譲り合う光景の方が多くみられた。もし時計にこだわるならもうひとつ前のグループが良いかもしれない。


 那覇マラソンは沖縄本島の南部の周回コースだった。記憶を繋ぎ合わせてふり返ってみたい。多かれ少なかれ実際と異なることはあるだろうがお許し願おう。
 スタートは那覇市内の中心部。起伏が多く激しいところもある。有名な繁華街、国際通りの左右の沿道には人だかりで溢れていた。地元のジョガーへの声援、いってらっしゃいの声、そして止まない拍手。沿道の迫力に圧倒され感心しながら、ぼくはチラチラと時計を覗きみてオーバーペースにならないように気を配る。

 ジョガーの群れの中でなかなか身動きがとれなかった。5km付近のエイド補給を取り損ねてしまう。得てして位置どりの問題だった。それとジョガー数の割にエイドが短かく感じ、これから先もこんなだと水分補給がままならいぞとも思った。しかしそれは全くの杞憂だった。
 この最初のエイドを皮切りに、沿道からの差し入れが途切れることなく続くのだ。既知のそれではないほどに。水、スポドリ、氷、氷袋、みかん、飴、チョコ…。声援のあるところ必ず我々見ず知らずのジョガーに補給が差し出されている。私設エイドの数は日本一かも。近所の世話焼きの方が、もう十分だというのにこれでもかと差し入れを届けてくる感じなのだ。もちろん押し付けではないけれど

 7kmあたり。バイパスに向かう勾配のきつい上りが現れる。頂上を目で追うとフォームが乱れてしまうので、視線を下に落とし肘を上げた。このコースで最初に長く感じる上り坂だった。頂上の左手に広がる那覇の住宅街のパノラマは登り終えたご褒美みたいに感じた。
 上りがあればその分の下りもある。ホッとしながら下っていくと大音量でYMCAの曲が流れ、前方の多くのジョガーがサビに合わせてYMCAの振りをやっている。
 ぼくは1度目はスルーした。が、2度目はついつられてしまった。すると右手沿道の台の上に立つマイクを持った男性が「みなさーん、ムダな労力、本当にありがとうございまーす!」とそれは嬉しそうに喋っている。
 なぁーんだ、そういうネタかと高をくくっていたが、少し間をおいて「でも、みなさーん朗報があります。あとたったの35kmです!」
 表情を崩さずにはいられなかったし、普通ならばズッコケるリアクションなのだが走っているのでさすがにそうはいかない。
 MCの彼はこれから続くジョガーの隊列にもYMCAをさせて、その決まり台詞を放っては笑わせねばならないのだ。そっちの方がよっぽどすごいな。
 あとから聞いたのだが、各地に行われるマラソン大会のYMCA芸の元祖らしい。捻りの効いた応援のひとつか。それを受け入れる風土も粋だ。多くのジョガーが親近感を抱くの当然。それにしてもこの段階で、あと35kmとはあまり考えたことがなかったので、そう言われたときは、確かにそれは長いナァと考えてしまった。

 坂を上って下るをひたすら繰り返した気がする。10km過ぎ、それから11~12kmあたり上りがひどかった。視覚的にもヤバイく気のめいる風景だった。頂上到達地点でガーミンを覗いたがなんとキロ7分ペース。
 まだまだ上りは続く。その先の14kmからも長かった。頂上付近と思われる信号機になかなか辿り着けない印象だけが残っている。
 街中と比べれば沿道の人びとの密度は下がるけれど、ふと顔を上げれば何かしらの差し入れが視界に飛び込んでくる。ポッキンアイス、沖縄では「チューチュー」と呼ばれる氷菓が私設エイドのメニューとしてあらわれはじめた。それから企業名の入ったのぼり旗を掲げた架設テントのエイドが見られるようにもなった。とても大掛かりなものあった。そうそう、もちろん公式のエイドだってちゃんとあった。これら人びとのおもてなし精神は特別な一部の方々によるものでなく、歴とした沖縄の文化なのだと確信する。ステレオタイプではなさそうだ。

 17km地点(具志頭交差点)は下りながら右折する。どういうわけだろう、ここの風景がなぜか脳裏に焼きついている。既視感のある南国の光景。背の高い緑の豊かな自然のなかで、時間(とき)の香りの嗅ぐわう堅牢なコンクリートの建物がコントラストを描く。相変わらずの沿道からの声援。高低表ではこのあたりから20km地点まで上りが続く。
 そんな上りの途中、鉄腕アトムの主題歌を演奏するバンドがいらした。ここに至るまでにも多くの奏者がいたが、その演奏が耳から離れない。チラ見するとみなさんは恐らくシニア以上で、ぼくより上の方々のようだった。戦後20数年間、本土とは異なる時間を過ごしてきた沖縄。鉄腕アトムで繋がる世代。
 ようやく20km。上り坂が終わる。左には沖縄の美ら海がパノラマで展開する素晴らしい眺めだった。そしてそこは、ぼくの今回のマラソン攻略の中でひと区切りとなる重要な場所であった。(続く)

リカバリー。2023.12.4~12.10

 那覇マラソンのリカバリー週。水曜あたりまで四頭筋の筋肉痛が消えなかったが、木曜に軽くジョグを入れて、金曜に休養を取って週末はストレスなくトレーニングができた。ハードモードのコースだったが後半楽をしたのでダメージもその分軽い。

 さて。今週は宮古島トライアスロンのエントリーと旅の準備の、バイク輸送を除いて、手続きを終えた。ありがたいことに逗留先はTECHI(てち)の副キャプテンが段取りしてくれた。あざーす!
 期間中、皆と過ごす時間がとても楽しみだ。
 これからは宮古島を意識しながらトレーニングの質と量を上げていく。今秋フルを2走したことで火が点いた。
 それぞれの種目のバランスを保つのは容易ではないが意欲的に取り組めそうな気がする。この意欲を削がぬように工夫しながら鍛えあげたい。そして、そこがゴールではなく、それ以降も続くエンデュランスライフに繋げたい。残された時間と機会はそう多くないと肝に銘じる。

★トレーニング備忘録
12/4(月) 朝の那覇市内はそこそこの雨。ホテルから傘を借り、そばにある24時間営業のスーパーマーケットで沖縄の香り漂う日常使いの品々を購入。品物を携帯バッグに片付けていると、地元新聞紙「沖縄タイムス」を発見。1面は那覇マラソン、もちろん購入。12時の便で那覇を立ちう、18時過ぎに新潟へ到着した。

5(火) 終業後ジムへ。両脚の四頭筋が痛いのでリカバリのスイム。インターバル泳。

6(水) 朝、少し筋トレ。ボールクランチ5セット、ダンベルフライ5セット。胸と腹筋をパンプ。終業後はジム。佐渡トライ以来、まったくやっていなかった500m泳の計測は9分22秒。うーん・・・。微細な動きの総合力でスイム技量は構成されると考えている派なので50mあたり2秒はとてつもない。インターバル泳をしながらあれこれ試しつつ、エアロバイクにつなぐ。

7(木) 終業後ジム、スイム。DSからまずは500m泳で9分24秒。前日と変わらない。次ぐインターバル泳で、胸で水を押す感覚とエントリーの腕の動きを試して100m泳で1分41秒台。続いてトレミでジョグを5km。

8(金) 朝、筋トレ。ボールクランチ5セット、デッドリフト、サイドレイズから体幹系を数種。夕方トレはおやすみ。

9(土) この時期としては最高の天候だったのでバイクに跨った。スタート時の気温は10℃だったがピーク18℃まで上昇。素晴らしく晴れ渡る青い空はなんとも気持ちいい。
 お目当てのパン屋さんを経由する周回コース。冬特有の風で苦戦する場面もあったが、反対にフォローの風もあって気持ちよく漕ぐことができた。途中、名所を経由して写メを撮ったり久々に楽しんだ。帰路の途中で(距離50km半ば)で低血糖になってコンビニのコーラ補給で凌いだ。
 おそらく今年最後のロードだったと思う。帰宅後ワンコを連れて病院へ赴き、2匹のワクチン注射とあんずの細胞検査で診療を受ける。

10(日) 午前中ジム。DSからのトレミ。ジョグでアップしてから、キロ5分前後をレスト(着替え)を挟みながら10km。骨盤を立てる姿勢と股関節に意識を廻す。お尻と腰を正すと非常に安定する。ちょっとわかりずらいだろうが、ゴリラが歩いているようなポーズを想像しながら走った。悪くなかった。
 続いてプールへ。今週で4度目。良い感じが掴めないのであれこれ試していたが、ようやく糸口をみつける。テーマは前重心。上半身と腕を脱力、エントリー時に肘を真っ直ぐにする動きに身を任せることで、少しそれっぽくなった。水中の身体の動きというのはすぐに失われてしまう。スイムはやはり頻度を上げる必要ありなのだ。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
4(月) 休養
5(火)  スイム1.0(19)
6(水)  筋トレ(10)、 スイム1.1(20)、エアロバイク10(23)
7(木)  スイム1.1(20)、トレミ5(29)
8(金)  筋トレ(10) アクティブレスト
9(土) 午前 バイク65(130)
10(日) 午前トレミ10(53)、スイム1.0(19)
12/4~10(km)S4.3、B75、R15、Re2

2023年12月7日木曜日

2023年 第37回那覇マラソン 前日編

 12/2(土)
 朝の気温は3℃。朝刊には昨日市内で初降雪を観測した記事が載っていた。この夏の破壊的猛暑の記憶と、最近までの気温を思うと急に寒くなった気がしてならないが、遠くの山々は雪化粧がはじまっており、このままいけば本格的な里雪も近いだろう。
 この日ぼくは那覇マラソンを走るために沖縄へ向かう。
 師走のレースに出走するというのは初めてで、コロナ禍以降初の遠征だ。これを皮切りに再び外へ飛び出していく機会が増えると思う。
 そして、沖縄にはもうひとつ目的があった。宮古島トライアスロンで知り合った沖縄のチーム「テチ」の面々と合流して酒を酌み交わすのだ。もしかするとマラソンは口実で友人らに会いにいくのが真の目的なのかもしれない。

 「人生を楽しむのならば旅をしなさい」
 人生の先達は口を揃えたようにそう語る。国内外問わず知らない土地々を訪問するような旅行生活を送ってみたい。それは多くの人の定番の夢のひとつかもしれない。
 ぼくはスポーツイベントを足がかりに出掛けたいと考えている。そこに集う人々やその地に住まう人に声を掛け、自身の生活圏以外の人々の営みのようなものを感じたい。いくらかの無理はやむを得ず、自身のやりたいことはどしどしやっていくべきだろう。拙い直感を信じて、勇気を持ってのぞむ。ぼくにとっての遠征は人生を最大限に楽しむための手段であり方法なのだ。

 お昼に新潟から出発して大阪伊丹空港で乗り継いで、那覇に到着したのは17時過ぎ。そこから「ゆいレール」でひと駅の赤嶺(あかみね)のホテルにチェックイン。手荷物を置いて再びモノレールで壼川駅へ向かい、受付会場の奥武山公園でゼッケンを受け取る。18時を少し過ぎたぐらいだった。空港、宿泊地にマラソンスタートの会場、それぞれが目と鼻の先ほどの近さだった。観光マラソンの草分け、流石の設計だ。
 会場が宿泊からとても近いことが分かったので、夕食や買い出しの散策を兼ねて徒歩で移動。テチの川平さんから教えてもらったソーキそばのお店の暖簾をくぐり、近所のスーパーマーケットで翌朝の食の買い出しを済ませ、20時にはホテルに戻る。すべてがほぼ想定通りで充分な余裕を持って行動することができた。
 午後11時には消灯。ちょっと寝付きが心配だったので久々に薬を飲んで眠りについた。(続く)

2023年12月1日金曜日

那覇マラソンへ。2023.11.27~12.1

  今年の締めくくりとなる那覇マラソン。もちろん初出場だ。雪化粧かかる新潟から南国へ移動するのは楽しみ。これがぼくにとっての観光なのかもしれない。
 さて、今週のトレーニングは適当&気分まかせの調整。でもってレース計画も超ざっくりで、ゆっくりペース(5分40秒ぐらい)で入って、後半の下りと平坦でポジティブに(とはいっても5分10秒台後半が関の山)いくつもり。
 レース当日の予想気温は20℃以上になりそうなので、身体がびっくりしないかが気掛かり。かつて春の宮古島に参戦したときの、かの地の空港に着いた瞬間の言葉にしづらい身体の違和感を思い出す。いつものことなのだが、なるようにしかならないので、苦しいよりも楽しいを念頭に挑戦したいと思う。

★トレーニング備忘録
11/27(月) 終業後ジム。DSからトレミ。緩急つけながら10km、しんどかった。

28(火) 終業後、悪天候による公共交通機関の乱れを回避するために帰宅。迷わず缶ビールの詮を開ける。

29(水) 終業後はジム。DSからエアロバイクを必死に漕いで、トレミはアマプラを流してジョグ。

30(木) 終業後、ジムへ。DSからのトレミジョグ、少しだけスイム。

12/1(金) 全休。沖縄行きの準備。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
27(月)  トレミ10(56)
28(火) 休養
29(水)  エアロバイク25(50)、トレミ5(29)
30(木)  トレミ7(40)、スイム0.5(10)
12/1(金) 休養
11/27~30(km)S0.5、B25、R22、Re2

2023年11月のまとめ

 那覇マラソンを控えていたのでひさしぶりにたくさん?走った。自分の中の美化された過去の記憶と内容を比較すると、やはり能力の衰えは隠せない。質、量共にである。
 もちろん抗うつもりだ。そのための布石としてのレース予定も入れる。計画しているところを挙げると2月の桐生ハーフ、4月宮古島、5月レースじゃないけれど佐渡ロングライドにマラソン…。コロナ前ぐらいのボリュームを意識しつつ計画を立て、座学に補強トレ(筋トレ、プライメオトリックス)にも注力しよう。量はともかく質にこだわって年末も汗を流そう。でかくなりつつある身体の管理もせねば。
 50歳前半、無理を承知で頑張ってみようじゃないか。

11月のトレーニング・・・Swim5.0(7)、Bike45(3)Run231(18)、Rest.9
1(水)  筋トレ  ロード10
2(木)  筋トレ  トレミ10、スイム0.5
3(祝) 休養
4(土) 午前 ロード20
5(日) 午前 ロード21

6(月) 夕 筋トレ、エアロバイク10
7(火)  スイム1.5
8(水)  ロード10
9(木)  筋トレ アクテイヴレスト
10(金) 休養
11(土) 午前 トレミ11
12(日) 午前 トレミ15、スイム0.5
11/6~12(km)S2.0、B10、R36、Re2

13(月)  トレミ8、エアロバイク10
14(火) 休養
15(水)  筋トレ トレミ8、スイム0.5
16(木)  ロード10
17(金) 休養
18(土) 午前 トレミ16
19(日) 午前 ロード25
11/13~19S0.5、B10、R67、Re2

20(月) 休養
21(火)  筋トレ アクティヴレスト
22(水)  スイム1.2
23(祝)  ロード20
24(金) 休養
25(土) 午前 トレミ12、スイム0.3
26(日) 午前 ロード13
11/20~26S1.5R45、Re3

27(月)  トレミ10
28(火) 休養
29(水)  エアロバイク25、トレミ5
30(木)  トレミ7、スイム0.5