ラベル バイクイベント の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル バイクイベント の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年5月28日火曜日

佐渡ロングライド2024 (後編)

 5/19(日) ロングライド当日

 4:00前に目を覚ます。朝食は前夜に作ってもらったおにぎりと手作り笹団子。起き抜けだが、腹にしまわなければイベントは持たないので黙々と食す。自宅ならばワンコ達がくれくれオーラを出しながら接近してやかましいのだが、静かで穏やかな朝食タイムを過ごす

 5:00頃にスタートに整列。夜はすでに明けていたが、薄く雲のかかった灰色の空が陽光を遮っていた。半袖半パンのチームジャージに薄いジャンパーは少し肌寒い。予報では気温は25℃ぐらいにはなるようで、サドルに跨がってしまえばジャンパーは必要なくなるだろう。昨年は気温が低くて随分寒かったらしいが、今年は天候に恵まれたようだ。
 ぼくはチームドレスコードのヘルメットに造花を一輪挿していた。見知った顔にご挨拶をすると、大抵は頭上をみて笑顔になってくれる。威力は絶大である。

 定刻通り5:30分にウェイブスタートが始まる。先頭はゲストのサイクリストの方々と、今や佐渡スポーツイベントのアイコンとなった松田さん。彼のバイクは赤いトレックのエアロロードに、ぶっといリムのホイールを履いてエグかった。トライアスロンをはじめとし真摯に打ち込む彼の姿を支持せずにはいられない。
 間もなくぼくの番が回って来た。2列横6台の計12台(だったかな?)でスタートを切った。佐渡一周ライドの始まりだ。ここからはエイド間の出来事や印象を綴ることにしたい。

〇スタート地点から相川エイドステーション(AS)(19km地点)
 勢いよくスタートを切った。佐和田湾を駆け抜け、相川へ向かう道中いくつかの起伏を超える。どこかの上り坂で1番軽いギアに入れたところガリガリガリガリーと、とんでもない異音がした。驚く。偶然なにかの拍子で、そうなったのだろうと高を括ったが、不安は募り、後部ギア周りを何度も見た。相川のASは素通りするつもりだったが、降車してギアのスプロケやディレイ部を点検する。目視ではおかしいところは見当たらない。いぶかしながらもバイクに跨った。

〇相川ASから入崎サービスステーション(SS)(42km地点)
 やはりアウターと1番大きい後部スプロケにギアを合わせると異音がする。メカトラブルだと確信。軽いギアが使えないとなるとこの先は辛い。ヤバいなぁと思いながらも入崎SSのマビックさんの黄色い車を発見して安堵した。他にも調整を訴える方がいて、ぼくも列に並んだ。症状を話すと、チェーンの調整がタイトすぎたようだとディレイ部の調整をしていただいた。これで大丈夫ですよとバイクを渡されひと安心。マビックさんありがとうございました。エイドでスポドリを飲んで気持ちよく出発する。
(ゴール後、再びマビックさんにお礼を言ったら、笑顔で喜んでくれた。ナイス、マビック!)

〇入崎SSから鷲崎AS(75km地点)
 Z坂に到達。あまり頑張らないようダラダラと上った。松田さんのコメントで、Z坂よりも小木がヤバいとの台詞を思い出した。確かに必要以上に頑張らなければ、ここはそう大したことはない。小木の坂とは・・・??ちいと不安がよぎった。
 お約束のようにトンネル入り口で下界(いましがたのぼってきた風景)の写真を撮る。トンネルを抜けても上り勾配はしばらく続くのだけれど、途中下界の景色がまた別な角度で一望できる場所があった。そちらの眺めの方がトンネルの入り口よりも良さそうだったので、次にどこか良い場所があったら、もう一度写真を撮ろうと思いながらクルクルとペダルを回したが、気がつけば坂のピークを過ぎていた。
 アクロバティックに折れるカーブが続き、下り坂で勝手に速度は上がる、大佐渡に海岸線が眼前に展開する。風を切り、気分が上がる。

 大野亀の坂で赤い悪魔さんとハイタッチ。ヘルメットの一輪挿しを褒めてもらった。悪魔さんはこのイベントの名物キャラ(非公認)でバイクの実力は相当なものらしいと噂されていた存在だ。もうレースには参加していないようだが、全身赤の装束を身にまとい赤いママチャリも健在でとても嬉しかった。
 (・・・実は前日の夕方、佐和田をジョグしていたところ颯爽と掛ける悪魔さんを見かけて、どこかでお会いすることを楽しみにしていた。)
 誘導に従って進み鷲崎ASに到着。ボランティアの子供さん達と松田さんが記念撮影をしていた。ぼくは空になったボトルにスポドリを補給していただき、すぐにサドルに跨った。

〇鷲崎ASから両津AS(103km)
 少し先に出発した松田さんらのグループを追いかけられるかな?と思ったが、まったく追いつけない。ペースがまるで違う。
 この区間ちょっとした上り坂のたびに大減速する。なかなかに頑張れない。そういえば、ここまでエネルギー補給をしていなかったことに気が付いた。早速、補給を取り出して口に放り込む。両津に近づくにつれて元気を取り戻す。

〇両津ASから多田AS(138km)
 両津ASは鬼太鼓(オンデコ)ドーム。時計を覗くと9時半台。スタートからちょうど4時間が経過していた。まだこんな時間、いやもうこんな時間?どちらかよく判らなかったが補給休憩。食べ過ぎに気をつけて白飯を少しと豚汁で小腹を満たした。偶然、顔見知りに遭遇し近況を報告する
 のんびりしていても詮ないので腰を上げる。両津ASを出て数分もしないうちに突如、右内腿が攣った。唐突にエアロポジションをとったせいか。こいういうとも起こり得るのねー、と妙に納得しながらペダルを踏み続けた。

 お馴染みの小佐渡を駆けた。陽が射してずいぶん明るかった。上り坂では相変わらず大減速するものの順調そのものだった。しかし赤玉地区に差し掛かったあたりで突如、前輪から異音。パンクだった。グレーチングの上を通った直後のことだった。
 すぐに下車してスペースの取れそうな場所を探すが簡単には見当たらない。バイクを押している間、通過する何人かから思いやりのある声に励まされる。
 適当な作業場所をみつけてチューブ交換にかかる。予備は1本しかないので、セオリー通りチューブの漏れ穴を特定し、タイヤ部を入念にチェックした。過去に私的ロングライドでタイヤに残った異物を取り損ねスローパンクを立て続けに起こした経験があるので、できる限りしっかり確認した。レースではないしね。なんだかんだと移動や作業に時間を掛けてしまったが、再びサドルをまたぐことができた安堵した。

〇多田ASから小木AS(163km)
 ここでもヘルメットの一輪挿しは大好評だった。気分をよくして早速小木へ向かう。一里塚などちょいちょい起伏が現れるが、パンク修繕の休憩やら補給が効いてのかスピードに乗れて気持ちよかった。

〇小木ASから素崎AS(183km)
 小木からはまったく未踏のコースだった。坂を「起伏」という表現でこの文章を記しているが、ここいらはまさに激しい起伏の連続だった。そしてトドメを刺すような長い登坂が待っていた。松田氏のおっしゃっていた、「小木の坂」というのはまさにここのことだろう。長い長い坂登りだった。ぼくが今まで経験した中では屈指の坂だ。もしも機会があればこの夏にもう一度挑戦したい。
 海岸部にでると国の天然記念物の「佐渡小木海岸」を初めて目の当たりにして、その姿に舌を巻いた。後で知ったのだがいい塩梅にその一体を海水?雨水?が覆うと、ウユニ湖のように空を写す瞬間があるらしい。今回の佐渡行きで他県からの移住者のカメラマンさんと知り合いになれたので存じ上げているようならばそこんとこを詳しく伺ってみたいものだ。激坂アタックからの小木海岸がモチベーションになりうるだろうから。

 素崎ASではアオサの入っているお味噌汁で塩分補給しつつ舌鼓をうつ。ボラの方に、まだ坂はあるかと尋ねると、あと2つだと伺った。ひとつは西三川だがもうひとつは・・・?

〇素崎ASから河原田(ゴール)(210km)
 ASを出て誘導にしたがって左折すると、すぐに坂が現れる。疲労感からくるのだろうか、なかなか長い。今居る海岸から国道350号線に出るとするならば、間違いなく結構な登りだろう。所々に設営されている標識に従って進むと想像通りに国道にでた。既知のルートに辿り着いたことと同時にゴールまで少しだと安堵する。西三川を抜けてしまえば、あとは適当にペダルを廻していればゴールに着くぐらいの心持ちだった。14:30分過ぎ、朝スタートしたゴールの河原田に戻ってくることができた。

 これにて回顧は終わりにして印象に残った事柄をまとめると、
上ハンの握りとペダル効率、サドル移動
②腰回り、大臀筋の疲労が殆どなかった
メカトラブル(パンク)の対処
 いくつかの気付きや考察を与えてくれた楽しいイベントであった。(了)

2024年5月24日金曜日

佐渡ロングライド2024 (前編)

 佐渡ロングライドへの参加は実に7年ぶりだった。2016,17年と130kmに参加した以来になる。今回は佐渡を一周する210kmにエントリー。衝動的に参加したくなって申し込んだ。
 しばらくこのイベントへの参加を見合わせていたが理由は明白だった。DH(ダウンヒル)バーが使用不可、つまりDHバーを利用したエアロポジションで乗れないからだった。
 ぼくにとってDHバーは必須装備で下ハンと比べると上半身を前方に預けられるので圧倒的に楽な体勢が取れ速度を保つことができるのだ。
 ちなみにDHバーなしの長距離走は2018年の「もてぎ7耐」が最後だ。 このときぼくは「エアDH」と称して、平坦直線で上ハンに肘を置いてあたかもDHバーを握るっているような姿勢を取った。レーシングコースという路面環境が非常に安定した場所だったので問題はなかった。
 もはやDHバーなしのでの速度維持は難しい。DHバーを装着できないのはネガティブな思考を引き起こすトリガーでしかない。しかしこのたびは妥協した。自分に必要のないものはバッサリ切り捨てしまう性質だが、原点回帰とでも言おうか下ハンのエアロポジションで走ろうと決めた。なにかしらの気付きを得れるかもしれないし。宮古島以降の概ね1ヶ月間、着々と準備をした。
 話は回りくどいが、要はDHバーなしで走ることが今回の趣旨である。レースではないがそこそこの時計でゴールはしたい。せっかくサービスエリア(SA)があるのだから補給も取りたい。最初は10時間ぐらいかけてのんびり走ろうと考えてたが、現状の走力を考慮して8時間台、スタートが5時半なので14時半(9時間以内)にゴールの河原田に戻ることを目標とした。
 レースではなくイベントであるので気負いやプレッシャーは皆無。佐渡の2泊3日を多いに楽しもうと心は弾んだ。

 5/18(土) イベント前日

 お昼頃に両津港に到着。交通量の少ない新穂経由で佐和田へ向かう。荷物は普段遣いのリュックひとつ。思いのほか気温も高くそこそこ風もあり進行を妨げたが、田植えの終えた新穂の平野部を走るのは気分が良かった。新緑の季節あらゆる緑が輝いて見えるようだった。
 お世話になる宿は会場まで徒歩2分とかからない戸建て平屋のワンルーム。これを1人で使って良いとのことで、早速荷物を解いてみたけれど余裕で持て余した。部屋の窓は佐渡一周線に面しており、眼前には午後の陽光に照らされた佐和田湾が広がっていた。コース沿線の建物の一角に自分が居る。こういう場所は常連層の予約で占められていてイチゲンでは無理だろうという認識があった。骨を折ってくれたYさん、本当にありがとう。

 会場の河原田小学校のグラウンドで受付を済ます。協賛の出店ブースに地元の飲食店が賑やかす一方で、北朝鮮による拉致被害の署名活動を行う曽我ひとみさんを発見。迷わず署名して曽我さんと握手を交わした。報道番組などで見かける彼女そのものだったが、実際に目の当たりにしてみると、恰幅の良さとでもいおうか人物の大きさを感じた。問題の解決を訴えるブルーリボンを直に頂戴したので、ぼくは明日のジャージに着けることにした。

 会場の賑わいはそこそこだったが、親近感のもてる雰囲気で居心地が良かった。強い陽射しの中時折吹く風も気持ちよかった。


 夕方、薄暮の海岸線でジョギングをした。イベントの特設ステージでは鬼太鼓(おんでこ)の催し事が行われている。太鼓の音が風に運ばれるからだろうかこだまの様な余韻を残した。雲に隠れがちの夕陽が大佐渡の稜線を鮮明に映している。薄暮の自然は雄大に映り、鬼太鼓の音と佐和田湾のさざ波がほのかな寂寥を想起させた。ぼくは予定の距離をこなし翌日に備えることにした。(後編に続く)

2018年11月25日日曜日

エンデューロもてぎ2018秋 7時間ソロで参加。

 11/22(木)
 帰宅して、予め準備していた必要なものを車に詰め込んで、いざ出発。

〇バイク用具一式
バイク、メット、シューズ、冬用ジャージ、ビブ、アンダーシャツ、グローブ、シューズカバー、ネックウォーマー、サイコン、前後ライト、パンクメンテ用具、バイクボトル4本、ジェルボトル1本
〇補給
アクエリアス2ℓ×2本、水2ℓ,粉飴150g,120g×各2(クエン酸3g入り)、サバスカフェイン×5個、アミノ酸、濡れせんべい、バナナなど消化に良いものを選択。

 スタートの時刻は気温1桁台は間違いなく、最高気温は10℃の予報なので防寒仕様の身支度にする。一応半袖のジャージも準備するけれど出番はないだろう。
 補給は佐渡トラの経験を踏まえて、想定消費カロリー5,500~6,000Kcalと考え、ざっと4,000Kcalほど持っていくことに。
 スタートはボトル2本150g×2、ジェルボトル(3個入り)、濡れせんべい(1800kcalぐらい)を持つことにした。
 厚手のグローブを着用するのでジェル系はボトルに、固形物はジップロックに入れて携帯した。

 11/23(金・祝)
 宇都宮のビジネスホテルで宿泊してAM5時半に起床。よく眠れた。喉や鼻の具合はほとんど気にならない。時々軽い咳は出るが問題はない、そう思うことにする。
  会場の「ツインリンクもてぎ」へと車を走らせる。秋晴れの清々しい空が広がっていた。太陽に向かって進むので陽光が眩しい。サングラスを持ってくりゃよかったと後悔。ちょっと前なら必須アイテムだったが、遮光バイザー付きのヘルメットを使うようになってから、バイクでは使わなくなってしまったのだ。が、そもそもこの時節、晴れ渡る空のもとでイベントを楽しむ想定がなかったこと、灰色の空でも雨が降っていなければ晴れを口にしてしまう、新潟で生まれ育った悲しい性か。前夜、福島の郡山に入るまでは土砂降りの雨だったし・・・。
ツインリンクもてぎ

パドック
 ツインリンクもてぎ南ゲートに到着。さてここからが問題なのだ。勝手がわからない。スタート地点の後方がパドック、つまり参加者の準備、及び待機場になっているのだが、こちらとしては荷物があるので出来るだけそこに近い駐車場に停めたい。最も近い駐車場はイベントにエントリーした時点で満車だったので、自力で見つけるしかなかった。
 警備の方に尋ねながら道を進み、コースに隣接する駐車場を発見。そこに佇んでいた参加者らしき方に尋ねるとパドックまではそう遠くなさそうだった。

 バケット(愛用している荷物入れ)を片手に、背中にはトラバック&空気ポンプを背負って自転車で会場へ向かう。片手運転は危険きわまりなかったが、7耐スタートの丁度1時間前、無事にパドックにたどり着く。
 天蓋の付いた場所はいっぱいで、所々にテントやらタープやらが張られていて、それぞれの陣地が形成されていた。
 コースではすでに子供たちのカテゴリーが行われていて、盛り上げるMCの声の共に会場全体が賑わいに包まれている。スタート1時間前に到着したぼくのような人間の入り込む余地はなく、孤独と不安の入り混じった寂寥感のようなものが込み上げてくる。No.13と書かれたパドックの外、チームで待機している方々の横にささやかな荷物置き場を作らせて頂くことで、なんとか会場の雰囲気に同化しようと努める。

 準備を整えてひと息付いた。陽射しが暖かくて、グローブとかシューズカバーとかいらなくなるのかな?と思わせるほどだ。周りのいでたちを観察すると指先の出るタイプのグローブや、シューズカバーなしは少なくはない。半パン姿で黒く照かったブッとい脚を出しているツワモノもいらっしゃる…。
 大会の申し込み時、ソロ参加の線良いパドックを用意してありますという、専用という我々の世代にはグッとくるフレーズに胸を躍らせていたのだが、取り敢えずスペースを確保できたことで満足してしまいどうでもよくなってしまった。

相棒のエボシックス。
 スタート15分前、コースへ出る。7耐上級、中級、初心者の看板があって、それぞれにちょっとした間隔が設けられている。僕は初心者の前列「ツインリンクもてぎ」と書かれたコースを跨ぐアーチ看板、その後何度もくぐることになる、そのほぼ真下中央に位置してスタートを待った。

 10カウント、スタートの合図が鳴る。想像し得ない7時間の始まりだ。
 コース幅いっぱいに広がったバイクがゆっくり前進を始める。こんなスタートは初めてでついキョロキョロしてしまう。なかなか壮観だ。
  1周目。まずはコースを知ることに集中。
 スタートからの直線を抜けると、幅の広い下りのS字コースになる。パドックから出てきたバイクと合流する地点だ。前方にはバイク集団が切れ間なく、ひと塊となって規則正しく移動している。まるで海中を自由に進む青魚の集団のように、先頭にその他大勢が連なり広がっていた。その群れの後方線上に僕はいるのだ。
 下りを利用して加速しながら進むと高架をくぐる。そこからは上りの勾配が始まり、左に大きくカーブして本格的な上り傾斜が始まる。勾配はわからない。「ツインリンクもてぎ」と書かれてるアーチ看板がピークポイント。そこを目指して上っていく。
 上りきって一息つく頃、今度は左にヘアピンカーブし、下りの傾斜となり加速が始まる。スピードに乗りながら右にヘアピン。下の傾斜はさらに増し緩やかに左に倒れると、行く手が急に開けてパノラマで視界に入ってくる。これには興奮する。
 そして右に倒れながらコース最大の下りに差し掛かかり一気に加速し、緩やかに左へ倒れて高架をくぐり左にカーブ。下りの恩恵の続く直線を進んで、右に倒れる頃、スタート地点の真裏、パドックの様子が伺える直線に出る。長い直線を楽しみながらコースは大きく左に曲がり、再びスタート地点へ。パドックに進むコースと、周回するメインコースに分かれるのだった。これがもてぎの1周4.8kmの概要である。

 詳細はコチラ↓。
 https://www.twinring.jp/bicycle_m/motegi7h/course/index.html

 ここからは印象に残った事柄を書き連ねていきたい。
 風はスタートに対して始終フォロー、コースの最大の下りと、スタートに向かう手前の直線はアゲインストの風をはっきりと感じた。
 周回を重ねるごとにコースの形状、スタートとの位置関係、コーナーで最適な進路があるというのもわかってきた。それから速い人は右側、遅い人は左側走行という原則ルールに則っとるのにもそう時間は掛からなかった。
 7時間耐久の上級者はもちろんだが、4時間耐久、僕らの4分後にスタートした先頭集団は、もうべらぼうに速かった。等間隔のきれいな長蛇の隊列になって、シャァァァーっとぼくの右側をすり抜けていく。ぼくにとってはまるで別次元だった。
 何周回目かのスタート地点通過の際、ゲストランナーの新城さんだと思うのだが、彼の横を通り抜ける場面があり、思わず振り向いて2度見しちゃった。カッコよかった。 それは彼だけでなく、実業団チームの面々の走りや動作はなるべく目に焼き付けようと、常にチャンスを伺った。

 7時間はやっぱり長いし辛い。特に4時間耐久がコースから消え、2時間耐久の選手が入ってくる間、それまで賑わっていたコースが急激に疎になる。寂しすぎて心が折れてしまいそうになる。さらに、この間はパドック侵入禁止となり補給ができなくなることが判明した。寂しいわ、補給できなくなるはのダブルパンチだ。進入禁止になる前に見計らって補充をする。
 実はソロ参加専用のパドックという場所は、上りのピークの脇にあって、スタート後にそこに補給を預けられたようだ。想い起こせばスタート時、小型のリュックを担いでいる方を散見したのだが、そういうことだったんだ、補充の周回で折角なのでとトイレを使った際に理解した。

 4耐が終了する頃、あーまだ3時間もあるんだなぁー、と思うわけだが、4時間耐久はちょっと短い感じがするし、5時間耐久ぐらいが丁度いいなぁ、なんて思ったりもした。要は7時間はぼくにとってはやはり長かったのだ。
  それでも20周、30周目と区切り毎に鼓舞し、あと10周、40周は必達!としてからは時間はあっという間に過ぎていった。

  結果は42周目でタイムアップ。手元のサイコンでは208.6km、走行時間は6時間49分、Ave30.6km/hという内容だった。
 Ave.30km/hはひとつの目標値だったのでこれはクリア。途中にトイレや補給など休みを入れたのでノンストップではない。
 佐渡トライのバイクパート105kmが3時間半で概ね30kmなので、もてぎではさすがに難しいと思ったが、下りの勢いを上手く使えるコースの形状と、単独走になりにくいことで助けられた。この、単独走になりにくいとは、裏を返せば誰かの後ろを走ることも可能なのだ。だが僕はあくまでも自分のペースを守ろう、というトライアスロン的な考えがあったので「20秒ルール」で前に出ることを繰り返した。それもひとつだが、むしろ積極的に、臨機応変に前を活用して走り切るという思考があっても良いかったかなぁ、とも今になって思う。リザルトを見てそう感じた。貪欲に周回を重ねる思考もアリな大会なのだ。
 楽しんだ者勝ち!とこの大会のキャッチコピーにはあるが、走り終えてみるとまさにそのフレーズはぴったりだ。ソロ耐久はどうなることかと不安しかなかったがと良い経験になった。
 気持ちよく送り出してくれた家族と、7時間一緒に走ってくれた新しい相棒のエボシックスに感謝である(了)。

 ※追記
 7耐で消費した補給は、粉飴入りのスポドリのボトル3本、水ボトル1本、ジェル4つ分。固形物は食べる余裕がなかったというのが実情。
 また、空になったボトルをホルダーに入損ねてコースに落としてしまったが、予備のボトルを持っていって正解だった。


2017年7月8日土曜日

ランシュ放浪記~ビワイチ バイク編 ’17.7.5

7/4(火)
 京都、滋賀の天気予報を幾度となくチェックする。土砂降りの新潟から向かった大阪伊丹空港は曇り。いつ降り出してもおかしくない鉛色の空が広がっていた。
 5月中旬、僕は会社の研修日程に合わせて、ロードバイクでビワイチ(琵琶湖一周)することを思いつき計画を立ていた。1人で200km近くバイクを漕ぐ機会はそうはない。それを全く知らない土地でやるのもアリじゃなかろうか、そうだ、やってみよう!
 半ば衝動的だった。なのに、いざこうして実行が怪しくなると、とてつもなく重要な機会を逸すようで、いつまでも諦めがつかないでいた。
 時間の経過と共に、滞在している大阪では雨が降り出し、次第に雨脚は強くなる。
 僕の計画を知る同行者は、空を見上げるようにして
「台風が雨雲を全部さらっていけばいいのに」と一言。
 あっ、それっ!その可能性に遅ればせながら気がついて台風情報を確認する。一条の光が射したようで、それは強い期待へと変わる。
 その言葉の通り台風が通過して時間が経つにつれ、京都、滋賀の天気予報からは傘マークがおもしいろぐらい消えていった。
 京都へ移動してホテルにチェックインする夕方頃には、翌日の天候は朝方を除き殆ど心配はなくなっていた。

 7/5(水)
 朝5時。予定よりも30分早くホテルを出発。近所のコンビニで行動食を調達し、店を出ようとするとポツリポツリ雨が降ってきた。
 アスファルトの水溜りに落ちる雨粒を見ながら、パンをほおばり雨が上がるの待った。それはほんの束の間のことで、雨粒の数がみるみる減っていった。
 よし、行こう。 僕はバイクに跨った。

 京都御所を過ぎ県道30号線、滋賀越道から山中越を通り、滋賀県大津市を目指す。
 住宅街から徐々に上り坂が始まる。思っていた以上に強い勾配で、山道へ入って早くも顎が出そうになる。想像以上の峠道だ。
  上り坂は比叡山ドライブウェイの入り口まで続き、やっとの体でピークを越えた。そこから濡れたアスファルトをブレーキをかけながらゆっくり下っていくと、突如、それとわかる湖が横たわっているのを垣間見る。雲の切れ間から光が湖に差し込んでいる。思わず声を上げた。

大津市側から望む比叡山。


 国道161号線、琵琶湖を右に置きながら、西近江路を北上して琵琶湖大橋へ。


琵琶湖大橋から望む琵琶湖

  県道559号線、湖岸道路に沿ってサイクリング専用道と本道を行ったりきたりしながら湖東をひたすら北へ向かう。早朝でも車通りは少なくはなく、かたや専用道は凸凹が多くスピードを出すのが躊躇われてしまう。

 近江八幡で湖岸をぴったりとトレースするコースへ出る。岸壁の特徴的な岩に名前を記した看板が立っていた。
 多少のアップダウンのある湖岸の森林道の中を、僕はバイクを滑らせるように進める。そこまでの憂さを晴らすようにペダルを回した。辺りには僕のタイヤのすれる音だけが響いている。

近江八幡、沖島。



 8時過ぎに彦根へ。実働3時間で最初のコンビニで休憩を取る。


各コンビニにバイクラックが常設

スタートから100km。湖北へ向かう

 彦根を過ぎて米原、長浜まで来ると交通量は減り、思う存分本道でペダルを踏むことができた。何度も思ったことだが、これで天気が良かったら、もう何も言うことはないだろう。

  湖北の県道44号線は国道8号線と交差するのだが、国道と並走する県道514号を選択すると、車通りの少ない安全なルートを取ることが出来る。
 賤ヶ岳のロープウェイを横目に山道を上がりトンネルを抜けると再び湖の視界が広がる。ここで漸く陽が射してきて、眼前に広がる湖の青色と木々の緑のコントラストに心が踊った。



  前日の雨の影響で県道557号線にて崩落があり、予定ルートの一部が通行止めになっていた。湖北のグッドロケーションと聞いていだけに残念。お陽さまも出てるのに。
 仕方なく国道303号でショートカットして、県道54号の湖周道路へ向かった。

 高島の湖周道路はずっと同じような景色が続き、正直言ってものすごく飽きる。休憩を取るようなポイントも見当たらないのでひたすら進んだ。さらに南下するごとに雲行きが怪しくなり、時々雨粒が当たった。
 湖州道路が途切れると国道161号線に合流する。車の交通量は半端ないが自転車の走るスペースは辛うじて確保されているので安心して進むことが出来た。途中、白髪神社で休憩を取った。

白髯神社の鳥居
 JRの高架線路と併走するコースを進みながら、道の駅の琵琶湖大橋米プラザを目指した。小雨が降る中、道に迷いながら12時半頃に道の駅に到着。ここを起点とするビワイチ150kmコースの達成だ。


道の駅

 再び京都へ。山中越をやり過ごすコースも考えたが、今回のサイクリングの締めとして、再度挑むことに。選択は間違いではなかったが、姿勢やサドルポジションをこまめに変えれずに、比叡山の入り口までは、ただただ苦行でしかなかった。

比叡山へ向かう坂の途中から

 ピークからの滋賀越道はひたすら下り。ここがなかなか長い。朝、ここを登ってきたのねーと改めて坂嫌いの自分に感心する。
 京都市街に入ると完全にサイクリングモード。銀閣寺、平安神宮を経由しながら烏丸通りの宿泊先を目指した。
 15時、ホテルに到着。
 走行距離212km、実働8時間25分 所要時間10時間。
 単独では初めての距離と時間だ。スタート時はコースの情報が希薄だったので、不安な点が多かったが、「ビワイチ」の為に施されている様々な工夫、専用道や案内表示の存在はもとよりサイクリングへの理解のおかげで無事に乗り切ることが出来た。安心してサイクリングを楽しめるコースだ。もしかしたら2度目があるかも、その時は湖北のコースをもっと攻めたい。それじゃ、じゃまたね!(了)

2017年5月24日水曜日

佐渡ロングライド2017

 佐渡ロングライドは前年に続いて2度目、今年もBタイプ130kmにエントリーした。
 そもそも今回のエントリーは、うちの家内と一緒に参加するのが目的だった。残念ながら彼女は勤務先の事情で参加することができなくなってしまい、僕はモチベーションを欠いた。けれど、バイク練には申し分ない環境であること、そして何より気の置けない仲間たちと一緒に行動できることもあり、イベント開催の前日、佐渡へ上陸を果たした。


 今回、快く幹事を引き受けてくれた、ゆーサーモンさんのスケジュールに沿って行動を開始、つつがなく会場へバイクを預け、翌日の準備は完了する。
 このたびの渡島に際して、持っていく荷物についてあれこれ考えを巡らせて、今までの中では随分とムダのない手荷物で済ませることができた。これはおそらく9月のトラで活かされるだろう。

 大河原のイベント会場を散策した後、ヒグマサさん、ブリ男さんと共にランで両津を目指した。両名ともランの実力は僕よりもずっと上の存在で、2人のファンランの言葉に騙され、想定以上の負荷をかけられ生命力を削られる。でもそのおかげで夜はすんなり床に就くことが出来た。



  迎えたロングライド当日、AM3時に起床。
 そそくさと支度してAM4時のピックアップ便へ足を運んだ。同じカテゴリーに参加するヒグマサさんと2人バスに揺られ、スタート地点の佐和田大河原へ向かう。観光バスの大きな窓から切り取られた夜明けの佐渡の風景は長い1日の始まりを予感させた。



  ゲートをくぐり抜けたのは6時20分頃だったろうか。申し分なく晴れ渡った空の下、ペダルを漕ぎだす。幾台ものバイクのタイヤがアスファルトを滑る音が辺り支配し、時折、沿道から「いってらっしゃい!」の声援が聞こえる。僕らは真っ直ぐ前を見据えて、この先にある難関を思い浮かべながらクルクルとペダルを廻す。ロングライドの始まりだ。

 道中はすこぶる順調だった。海外線をトレースするコースの起伏を味方につけて、小気味好くペダルを踏む。コースに点在する民家からは「頑張れー!」「いってらっしゃい!」の声援を受ける。島民の温かなホスピタリティを感じずにはいられない。

 20km地点、最初のエイドステーション相川ASで、僕は振る舞われたお蕎麦をわんこよろしく頬張り、ナガモのお粥やオニオンスープも頂いて朝食を補完する。クロワッサンだけは日頃の習性で手を出さなかったが、ヒグマサさんがしきりにクロワッサンを褒めていたことが記憶に蘇る。
 十分にお腹に詰め込んで腰を上げると、亀田トライアスロンクラブ(KTC)のジャージを纏ったTさんを発見。挨拶をして僕らはコースへ戻った。今思へば、これがこの後に繋がっていくわけだが…。

 40kmの入崎ASはスキップしてZ坂手前のトイレまで一気に進み、やおらZ坂へ向かう。
 坂ではそこそこ我慢したつもりだが呆気なくインナーを使い、何とかリヤを2枚ぐらいは残したかったが、それもトンネル手前で敢えなく使い果たしてしまった。坂への対応力は相変わらずお話にならないなぁと思いながらも、上り途中でお約束の写真撮影に興じた。


 Z坂から大野亀までの起伏をバイクで疾走するのがたまらなく心地よかった。佐渡のコースは大体そんなところが多いけれど、僕の知る限りこの区間は下り基調ということもありスピード感たっぷりである。それと右と左に細かく折れるので、ちょっとした体重移動の大切さを認識させられるのだった。

 大野亀が見えた。
 その勇姿がもっとも映える場所で停車していると再び、KTCのTさんと長身で筋骨隆々の若いサイクリストが僕と同じ場所で停車した。Tさんに撮影を求められ、2人を彼のアイフォンのフレームに収める。



  海に屹立する雄大な大野亀の姿は、そこを走る僕らに何かを感じさせずにはいられない存在だ。青い空に浮かび上がるその稜線を見て、この光景を妻に見せたかったんだよなぁと思った。
 坂を上る。つづら折り状のを4つ。
 距離は長くないが昨年の記憶以上に斜度を感じ四頭筋に力を入れた。ふとゆーサーモンさんのブログにあった、お父さんと共にここを訪れたというエピソードを想い出す。息を切らせながら、その気持ちがちょっとわかるような気がした。

 はじき野ASの手前、大野亀で写真を撮った2人が一陣の風のように僕の横をすり抜けていく。僕は本能的に彼らを追う。空気を切り裂いていく2人を追いかけるのが楽しくて、そのままはじきのASへ入った。
 ASのフードは何と言っても俵おこわだろう。最初の難関を越えたサイクリストの小腹を満たしてくれる。つい3つ目に手が出そうになったが我慢して引っ込める。相川で十分食べたし、次の両津でもまた食べなきゃならない。けれどバナナやオレンジは我慢できなかった。

 はじきのを出てしばらくして再びKTCトレインが後ろから現れた。もちろん先頭はTさん。2列3人の6人が連なっていた。僕らはつかさずそのトレインに参加した。8名のトレインの完成だ。僕にとっては久々の集団走だ。
 おしゃべりしながら走っていると、どうぞどうぞと促され、僕はまんまとKTCの調略に堕ちるように、気がつけばTさんと並びながら先頭を牽くことになった。KTC×潟鉄のコラボレーションである。Tさんと並んで牽くなんておこがましいが、折角の機会なのでやれせていただく。

 スタート前、両津へ向かう辺りから風が出てくるのでは?と予測しており、ヒグマサさんにもその旨を伝えていた。やはり両津に近づくにつれアゲインストが強くなる。もちろん巡航スピードは落ちる。
 そこまで2列で走ってきたがTさんが「風除けやりま〜す」と、さすが男前を見せる。そうなると当然、僕も。そうして幾度か2人でローテーション。すると後ろからスーッと長身筋骨隆々の彼と美人サイクリストが現れて「僕らも牽きますよ〜」
 おー!みんなカッケーぞ!でもって楽しぃー!はっやーい!!
 アゲインストの風の中をKTCトレインに乗って、あっという間に両津ASに到着。
 こういうのもバイクの楽しみの1つなんだろうナ。
 このはじきの~両津間が一番楽しい区間で、良いおもい出になりました。
Tさんに長身で筋骨隆々のIさん、美人サイクリストのSさん、アザーーっス!
あ〜もっとやりたかったなぁ!

 両津ではN藤さんに文ちゃんと案外いろんな方とご挨拶が出来た。気がつけば結構な強い陽射しの下、ヒグマサさん、Tさん、Iさんらとお弁当を頂いた。
 残すところ30km。
 ゴールの佐和田を目指し、逆風の中を必死にペダルを漕いだ。ラスト10kmは力を出し切るつもりで頑張ってしまった。基本この区間は下りで勢いをつけ上りはその勢いを借る。その繰り返しが何度も続く。時々勢いが足らず四頭筋に力が入ることも多々あったが・・・。

 12時半を過ぎた頃、フィニッシュゲート通過した。
 ー次は210kmだな。
 会場を後に宿泊のホテルを目指し、再びペダルを踏んだ。もう少しだけ僕のロングライドは続くのだった。(了)


2016年5月17日火曜日

佐渡ロングライド2016 Bコース出走編

 トキマラソンに続き、再び佐渡への上陸を果たした。今回はロングライドB130kmへの参加が目的だ。僕にとってサイクリングイベントの参加は2度目。このイベントは初めての参加。昨年、経験した佐渡でのバイクシーンを想い出しながら、初めて臨む大佐渡コースへの期待感は膨らんだ。
 レースではないので、景色やエイドに期待して楽しく走れば良いのだけれど、スコットカップや佐渡トライアスロンのコースと言ったキーワードが脳裏を掠める度に、どこか得体の知れないプレッシャーを感じ、冷静になれずにはいられない。


 僕らBタイプはAM6時を回ってからのスタートとなった。陽が昇り、雲ひとつない青い空が広がっている。海岸線を進みながら海を眺めると、見たことがないくらい海は穏やかだった。バイクの車輪がアスファルトを進む音と、沿道からの声援が辺りに響いている。
 相川ASのうどんは大いに気になったが、結構な盛況感があったのでそこをパスして入崎SSまで進む。ここで一息入れているとバイクイベントでおなじみのママチャリの赤い悪魔さんがいらして皆に大人気。赤く塗装されたママチャリが陽光に輝いている
 僕はウインドブレーカーを脱ぎ、コースの難所の一つであるZ坂を目指す。初めてでドキドキしていた。坂の直前で用を足し、道路から坂を仰ぎ見ると、本当にZ形状なんだぁと感心する。



 いざZ坂へ。喘ぎ喘ぎ坂を上る。ご多分に漏れず、トンネルに入るカーブ手前でバイクを降りて写メを撮った。眼下には大佐渡を描く新緑と、紺碧の海のコントラストの絶景が広がり、真下を見ると坂を上ってくるサイクリスト達がまるで蟻ん子のように見えた。



 しばらく上りがあり、海府に向けて下った。喜多方輪行で鉄女ママさんから教えていただいた要領で曲がる反対のペダルに体重を載せコーナリングをクリアしていく。もちろん減速すべき箇所ではしっかり速度を落としながら。



 大野亀が見えてきた。再びバイクを降りて写メ。いざ大野亀へ、とペダルを漕ぐと何やらカツカツと一定の間隔で異音が…。まさかのトラブルか。バイクを降りてあれこれ点検していると、声をかけてくれる方がいる。大丈夫ですよ〜、と返答するが内心は穏やかではなかった。すぐに原因を見つけた。なんて事はない、装着したボンベの固定バンドが緩んでペダルに当たっていただけだった。気を取り直してバイクに跨った。



 大野亀から二ツ亀へ。見たこともない風景が広がってテンションは最高潮。また天気のいい時に訪れたいなと思った。
 はじき野ASで小休止して両津を目指す。細かい起伏は下りの勢いを使ってこなす。途中、見知らぬ方から声を掛けられたり、チームジャージ隊列の後方に取り付いたりと、何かと楽しみながら、あっという間に両津に到着する。途中でゲストの益子さん、小島さんにエールを送った。
 両津で100k、10時を回っていた。エイドにはトイレまで列ができていて、そこに行儀よく並んでいるとシータージャージのオニバスさんを見つけ声をかける。ここでお弁当のようなものを頂き、バイクラックへ戻るとエイドの弁当を待つ列はラックを超えていた。うーん、これは大変だぁと、横目にバイクに跨って真野を目指した。
 今までのコースには多くのサイクリストがいて賑わっていたが、B専用コースは完全貸切の単独走。結局この区間で出会ったのは1台だけだった。
 コースは金北山を右手にみながら並走する里山道で、四つ角にスタッフがいて誘導をしていただけるのだけど、それがなければ車も、もちろん人の往来のない寂しいコースだった。それなのに時折、応援の方がいらして、逆にこっちが驚いてしまうのだった。

 コースの形状は起伏に富んでいて、上って下って、また上るをお腹いっぱいになるぐらい頂いた。ここで相当、消耗した。それでも山が開け、真野湾が覗けてくるとテンションは否が応でも上がった。
 350号に合流してゴールの河原田小学校を目指す。時間が早いせいかここにも誰も居らず、イベント感には非常に乏しい。


 フィニッシュゲート手前でMCからマイクで名前を呼ばれ、おかえりー!と声を頂いたので、ただいまー!と返す。そこがゴール。ゲート通過はAM11:45分ぐらい。サイコンで4時間43分、Ave28km。スタートから5時間半の旅だった。
 お天気に恵まれ、最高に気分のいいイベントだった。次はチームトレインで是非、参加したいと思った。(了)

2015年7月8日水曜日

越後長岡チャレンジサイクリング 2015

 朝の天候は曇り。高速道で雨がパラついてぼくらは気を揉んだけれどそれは杞憂だった。開会式の頃には雲の切れ間から陽射しが覗いた。会場の悠久山スキー場の駐車場では、色彩溢れるバイクジャージを身に纏ったサイクリスト達が朝の陽光のなかスタートを待つ。
  ひとつとして同じバイクがないなぁ、と感嘆に似たコメントが耳に入る。確かにその通り。どこか的を得たコメントだと思った。バイクには所有する者の用途や嗜好が投影されていて、それがどこかしらキラリと光るセンスを感じさせる。つい見惚れてしまう。



 ぼくは100km走行の部門にエントリー。初めてのバイクイベントだ。長岡、山古志、栃尾の山間のコースをバイクで走る。前夜、先輩サイクリストの女帝ペコわとさんからアウター縛りで完走せよという指令を受けていた。なぜならば彼女が昨年参加した時に実行したからという、MEができるんだからYOUもできるでしょう的な無邪気で、それでいてぼくの変態心をくすぐるオプションが付いた。トレーニングを一緒にする周囲からはいつも、自らを虐げて得る喜びは青天井だという事を教えられているので拒む理由なんてどこにもなかった。

 
 

 スタートは幾つかの集団に分けたウェイブスタート。スタートするのに少々時間を要したけれど和やかな雰囲気だった。ぼくはコスプレイヤーを写真に収めたり、周りにご挨拶をしたりと、ワイワイガヤガヤやりながらゲートから押し出されるのを待つ。
 
 ぼくらの順番がやってきた。クリークを入れペダルを踏み出す。一路、蓬平(よもぎひら)温泉を目指した。足馴らしに軽めのギアでクルクルとペダルを回しながら、コースがわからないので前を行く集団に取りつこうとペースを上げる。まだ始まったばかりで自制しようと思ったけれど興奮を抑えることができないでいた。
 
 山に向かって走る。山あいの道を通りスノーシェードを抜けると蓬平温泉だった。左折して坂を上ると第1エイドに到着。大勢のサイクリストでごったがえす中チーム潟鉄、H間さんを発見する。
 H間さんとぼくのバイクジャージには胸と背中に漢字2文字で大きく「潟鉄(ガタテツ)」とロゴが入っているのだけれど横文字全盛の中「麒麟山」の次ぐらいに目立つ。さぁ2人揃ったところで、潟鉄トレインの出発だ。本来ならば鉄女ママもこの隊列に加わる筈だったが急性ヘルニアで欠場。とても残念だったろうな。彼女の分まで頑張ろうと、ぼくらはバナナとコーラを胃袋にしまいエイドを後にした。

 山古志へ向かう。山あいの道を通り抜ける。短い区間で起伏が現れ、ぼくは早くもアウター縛りを呪った。
 コースに沿っていくと真新しさを感じさせる平坦な道路にでる。山古志地区だ。中越地震の碑が建てられた前後には震災の爪痕をあえて残したような光景があった。半壊した住宅、土砂に埋もれた自動車。青い雑草がそこいら一帯を覆い時間の経過を物語っている。それでもその景色は当時の凄惨で苛烈だった状況を伝えていた。その横をぼくらはバイクで走り抜ける。
 
 そして、つづら折りの登坂が始まる。バイクで坂を上るというより、山を上るという表現の方が正しい。晴れわたる空に向かって何台ものバイクが山の頂上を目指している。
 ぼくはオールダンシング。坂を見上げながらペダルを踏むと、アウター縛りを諦めそうになるのでひたすら下を、アスファルトを見つめペダルを踏んだ。右に左にとしっかり体重を掛け上半身の無駄な力を抜く。ひたすら右、左、右の単純作業。ヘルメットからたくさんの汗が滴り落ちる。とりわけ辛かったのは第2エイドの手前の僅かな傾斜だった。降参しそうになったけれどなんとか踏ん張る。

 山古志の第2エイドで一息。冷たいおしぼり、スポーツ羊羹、モロキュウ、それからコーラを頂いた。これから待ち受けているであろう、難所に備えて給水ボトルに水をチャージして頂く。

 山古志の闘牛場を過ぎると下り坂になる。トレインは山あいの道を軽快に進んだ。時々、並走し会話をしながら山道を抜ける。あっという間に第3エイド。ここでぽっぽ焼きをいただき、何本かをコーラで流し込んだ。こんなにコーラを飲むのは本当に久しぶりだ。

 栃尾市街に入ってしばらくすると反対車線でファイターズさんを発見。潟鉄ミーツ潟鉄。手を挙げ大きく合図する。まさかの1人チャレンジサイクリング、かっこいい!こちらも負けじとモチベーションを上げる。
 市街地を進んでいるとスタッフがぼくらをエイドに誘導する。クリームを挟んだコッペパンが配られていた。ぼくのバイクジャージの背中のポッケにはポッポ焼き、クリームコッペ、アミノ酸…パンパンに膨れ上がっている。そしてここでもコーラを補給する。

  すぐに出発した。ここからH間さんが先頭の潟鉄トレイン。ぼくは後ろにピッタリとつく。走り出しから巡行速度に達するまでの時間が早い。後ろについているのに体力を消耗する。
 栃尾スキー場を通過して刈谷田ダムへと道は続く。眼前には山が聳えていて、つい見上げてしまう。そしてここが2つ目?いや3つ目の難関だった。坂を上る。もちろんアウターで。ダンシングとシッティングを使い分ける。それぞれに使い慣れてきた。けれど甘くはない。上がるにつれて斜度が厳しくなる気がする。念のためにアミノ酸を補給。上りは続く。
  坂を上っている道中はアスファルトしか眼に入ってこないのだけれど、時折辺りを見回すと眺めが素晴らしい。眼下に点在する建造物、陽射しに照らされた緑、そして青く広がる空。練習走でまた来てみたいなと思った。
 エイドまで1,500mの案内看板からがさらにきつかった。半ば苦悶の表情で坂を上っていると横から、アウターですかぁ!と声を掛けられ、ハイちょっとした罰ゲームです、と応える。スゲーっと言いながらその方は軽々と先へ進んで見えなくなった。ホント、凄いのはペコわとさんです。心の中で呟いた。

 頂上到達。道院ロッジの駐車場がエイドだった。青空が広がり陽射しに熱を感じた。当然コーラパワー充填。汗で流れ出た分をコーラに置き換えているようだ。冷たいお絞りが気持ちいい。
 
 ここからはかなりの急傾斜の下り坂。道中でスタッフの方が減速を指示している。その指示がなければ相当なスピードで急カーブに突っ込むことになり危険極まりなかった。下りのスピードに身を任せ次のエイドをめざした。

  気がつけばポッポ焼きをもらったエイドに到着。栃尾を1周したわけだ。ここからゴールまで残りは20kmを切っていたと思う。まもなく正午。ぼくは少し空腹を感じポッケにしまっていたコッペパンを頬張った。隣のサイクリストに声をかけると、最後に相当辛い上り坂があることを教えてくれた。心して取り掛かろう。潟鉄トレインはエイドをあとにした。

 エイドから出て、すぐにその辛い上り坂は始まった。今までより坂が長いのだろうか。道の途中、坂を諦めてバイクを押している方が少なくなかった。ぼくは彼等を横目にダンシング&シッティング。決して速くはないが確実に坂を進んだ。
  大概の辛いことはいつか必ず終わる。終わらないことはない。終いまで付き合うか、途中でやめるかの二つに一つ。それは自身の選択次第。そんなことを何度も頭の中で繰り返した。
 右、左、右、左…踏み込むペダルに体重を乗せる。汗が滴る。すると漸くエイドの看板が目に飛び込んできた。


 ここに入ってくるみなさんは一様に疲れを隠せないようだった。もちろんぼくもその1人。冷たいコーラを喉に流し、スプレーで四頭筋をアイシングする。一息ついた。

 ぼくらはゴールを目指してペダルを踏んだ。少し上ってからしばらくは下り坂。その下りの終盤、なんとファイターズさんが坂を上っている。奇跡の2度目のすれ違いだ。ここももちろん合図をかわし、それぞれの進むべく方向へとペダルを踏んだ。
 
 坂が終わり、見覚えのある道に出る。サイクリスト達がまばらな列を作って同じ方向へ進んでいる。ペダルを踏み込んだ。スタートした会場が見えてくる。周囲もペースアップする。イベント名が印刷された2色のぼり旗がぼくらを迎えるようだ。ゴールはすぐそこだった。


フィニッシュゲートをくぐり、片手でガッツポーズ。そのままトランジションエリアまで行きバイクを降りた。ぼくの時計で5時間10分。13時前に帰って来ることができた。そしてアウター縛りも達成。ペコわとさん、やりましたヨ!ということでこのイベント、アウター縛り部門が新しく出来ました。

 完走後、ふるまいフードの山古志汁と栃尾のあぶらげで舌鼓を打ち小腹を満たす。フィニッシュゲートを通過するアナウンスと歓喜の声で終始会場は賑やかだった。その雰囲気も独特な感じがして、また来年も参加したいと思った。
 
 最後に。大集団がゴールを目指して坂を上ってくる。黄色、ピンク、黒の鮮やかなバイクジャージ。皆のジャージにはORZのロゴ。先頭はA木さん。次々とフィニッシュゲートをくぐる。みんなでフィニッシュする姿は圧巻、そしてちょっと感動的だった。これこそが自転車乗りなのかもしれない、そう思った。(了)