2023年10月13日金曜日

第39回新潟シティマラソンのこと

 ラグビーワールドカップ、仏ナントで行われる日本 vs アルゼンチン戦を眺めながら、この日のマラソンの忘備録を書こうとしている。
 ジェイミー ジョセフ率いるラガーマンらが目指す高みには逆立ちしたって及ばない。ぼくの方は毎年恒例の催事、自分以外の何者からも特別な期待をされていないので、圧を背負っているとするならば、せいぜいベテランとして他人様の迷惑にはならないようにと思うぐらいだ。
 モニターに映る彼らとぼくとでは、職業選手としての立ち位置と趣味の領域という決定的な違いはあるものの、自身の全身全霊を用いて、悔いを残さぬように打ち込もうとする点は同じだろう。
 4時間以内(ペースはキロ5分30秒)で完走、次走に繋がるレース運営ならば御の字。これは言い訳に聞こえるだろうが佐渡トライ以降、調整が思い通りに進まないこともあって、ほどほどのところで折り合いをつけて臨んだ。

 秋の陽射しは手放しでは歓迎できなかったけれど、今年の夏に比べればどうってことはなかった。スタートのビッグスワンから信濃川左岸、そして萬代橋や古町の折り返しまで、ぼくは大勢のランナーに囲まれながら殊更にペースが上がらないように慎重に走った。
 10kmの通過は54分。計画より1分のアドバンテージ。昨年はこのあたりからどうペースを刻むか考えた。まだ序盤、調子の良し悪しの判断がしづらい。
 念のため封を開けた補給材を持った。補給はこれで3つ目。スタート整列の直前に空腹感を抑える為にひとつ、10km手前でもうひとつ補給をした。実際、エネルギーの補給というより、専ら脳を騙すためのもので、ぼくの中で1番利己的なヤツ(脳)に気分良くしてもらうのが狙いだ。チビチビと少量を口に含みながら進む。

 港トンネル。今や新潟シティマラソンの名物地点のひとつではなかろうか。沿道の声援は少なくない。今年は15kmのエイドでタレントの杉ちゃんを見つけてちょっとびっくりしたのと同時に、そういうことに全く関心を持たずに臨んでいた自分に気がついた。走ることばかりに気がとられ、楽しもうという想いに欠けているのだ。

 海からの風か、涼風を感じながら復路のトンネルに潜らんとしていたところ、不意にぼくの名を呼ぶ声を耳にする。反対車線のランナーの群れからだ。すぐにどなたか理解できたので振り返ったりはしなかった。次はぼくから真っ先に声を送ろうと思った。

 20km通過は1時間46分。アドバンテージが広がる。ペースはキロ5分20秒に少しお釣りがくるぐらい。レース特有の興奮状態がこれをさせた。控えめにみても今季の練習ではこれほどの時計で走ってはいない。オーバーペースだろう。きっと終盤、この対価を支払わされるだろう。

 海岸をトレースするコース、旧双葉中学校前の信号まではトンネル出口から緩やかに続く上りの終わりを告げる目印だ。信号手前の急勾配を駆け上がるとしばらくは概ね平坦で走りやすくなる。

 左手には波消しブロックで仕切られた海岸が映った。この夏、一度だけOWS練習として泳いだ場所だ。護岸工事の手が入る以前は専らOWSの練習場だった。このときの海面は雲や光の加減だろうか、目を疑うような青白さは幻想的で、その絵もいわれぬ海の様子が脳裏に焼き付いている。

 ピッチを意識的に刻むと滑らかにペースが上がった。どこまで継続できるかはわからない。キロ5分近いスピードは周囲を走るランナーとは少しだけ異なり、前へ押し出された。


 西海岸公園、通称タコ公園の25kmを通過。関屋分水から火葬場のあたりは折れ曲がりや起伏があって、ぼくの気を削ごうとする難所のひとつだ。そこを越えると防砂林に囲まれた見通しの良い直線道に出て、道路の中央を隔て折り返してくるランナーと互いに励まし合える場所だ。行き交う顔見知りに合図を送り、トンネルで声を掛けてもらった方々とはすれ違い様にタッチを交わす。そんなやり取りがあちこちで散見される区間だ。

 30km通過は2時間38分。直近で30km走をやっていなかったのでここまで辿り着いたことへの感慨があった。コース形状もあってペースはやや落ちていが状態は悪くはない。補給をちびちび口にしながら信濃川の土手をトレースする。しばらくはお世辞にも走りやすいとはいえない道だ。その代わりと言ってはなんだが、沿道の応援が多いところのひとつでもある。
 昨年の斜め向かいからの風を想い出した。今回はずいぶん楽だった。徐々に疲労に苛まれ、例の対価を支払わされることを思へば、少しでも楽な方がいいに決まっている。

 35km地点の土手を降りたあたりから怪しくなってきた。どこかが痛いわけではない。ただ止まりたい、歩きたいと願うようになっていた。
 いやいやどこも悪くない。四頭筋は全然、大丈夫。
 消極的思考回路と身体を引き離しに掛かる作業は必須。しかし残念ならがペースは下がっていく。
 37km付近、平成大橋の歩道が脚に応える。そこから本線大橋までのあいだ、何度も歩が止まりそうになる。しかしそれに相反していかに走り続けられるかが、結果的に自己満足感や肯定感を高めてくれる。このフルマラソンのオプションに向き合いながら、走る動作をやめないことこそがマラソンの醍醐味だとぼくは思う。こういうときは、これまでの様々なレースの記憶を手繰り寄せ、もっと辛かったと思い出したり、いずれ到達するゴールの達成感などで自尊心を刺激する。肉体的な故障が伴わなければなんとでもなる。

 里程標はゴールまでのカウントダウン。確実に陸上競技場へ近づいた。ペースはガタ落ちだが絶対に止まってはいけない。スタートのビッグスワンから市陸のフィニッシュに辿り着くまでに要した3時間46分57秒。21度目のフルマラソンが終了した。(了)

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