2018年9月7日金曜日

2018佐渡トライアスロン Bタイプ出場編

 ネガティヴ思考がチラホラと脳裏を掠め、得体の知れない不安に覆われる。そいつらは容赦なくやる気や集中力を削いでいく。
 何をするにも自信がない。
 今シーズンのここまでずっとそんな精神状態なのだ。エントリーしたいくつかのレースをスキップした。ただし佐渡だけは…。そう想い続けてここにたどり着いた。
 ジュニアトライ出場の息子の頑張りには勇気をもらった。それでもまだどこか引っ掛かりが残っていた。大会前日の午後、金北山に近い里山を走って汗を流す。時間にして1時間弱。見慣れない風景と心地よいBPMはマインドリセットにはうってつけだと思った。
 全力でレースに取り組む。上手くいかなければ調子が悪かったことにすればいい。それ以上でも以下でもない。そう思うことで少し腹を括ることができた。

□スタート直前
 スイムチェックのあと、仲間達と砂浜に腰を下ろしスタートを待つ。会場上空をホバリングするドローン、先行するAタイプの選手を見ながら、これから始まろうとしているぼくのレースへの想いをポツリポツリ言葉にしながら、硬直しそうな心を解きほどく。
 思い起こせばスタートの直前はいつも誰かが、今こうしている仲間たちの誰かが傍に居た。一旦、皆から離れ、自分のスタートポジションに着こうとしたが、僕は踵を返して皆のところへ戻り「円陣を組みましょう!」とそれぞれの肩に手を置いた。そしてHさんの掛け声と共に「オー!!」と声を上げる。
  スタートポジションに着いた。鼻を両手で包み込み、ゆっくり、大きく呼吸しながら一点を見つめ号砲を待った。

□スイム
 波の立つ浜でOWSをしていたので高波、離岸流といったハードな環境への対応は経験したが、それ以外にこれといったスキルの上達はなく、然りとて量をこなした訳でもない。手持ちのスイムのカードは去年のままだ。
 スタートは前列3番目ぐらいから。蛇行のロスを抑える為に、インサイドのブイを見ながら一定の距離を保つように心がけた。
 1つ目の黄色のブイがヘッドアップで確認できる頃まで、他の選手との接触が相次いだ。今年は初めてゴーグルがズレた。配布されるラバーキャップの下にメッシュ帽をかぶり、その上にゴーグルを掛けていたお陰で完全に外れることはなく、自分でもびっくりするくらい冷静に対処できた。備えあれば何とやら。ただしまともに顔に一発喰らったので、右顔面がしばらく疼いた。

 バトルはそれだけでは終わらなかった。2つ目の黄色のブイを折れてからも苦労した。接触に次ぐ接触。インコースよりの位置取りが災いしたようだ。アウトへ出ようとしても、泳力の近い集団ということもあってか抜け出すのに容易ではなかった。
 そうこうしている間に、気が付けば浅瀬に着いたというのが実直な感想だ。泳ぎながら来年の佐渡OWSは3kmでも嫌がらずに出場しようと思った。いやもっと長くてもいいかな・・・。
 いつものように砂底に手がつくぎりぎりまで泳ぐ。スイムアップはジャスト40分だった。

□バイク
 トランジションで時間を割いてしまった。ペダルに装着したシューズを固定する輪ゴムが、用具入れのカゴに当たって外れてしまった。手を伸ばし、ゴムを掛け直そうとしたがすぐに掛け直せない。心拍が上がっているときは、細かい作業はできないものなのだなぁと、まるで他人の事のように頭に浮かぶ。
 乗車ラインを超えてサドルに飛び乗る。これも、もう少し練習しなきゃなと、昨日のジュニアトラの華麗なテクニックを思い出す。
 サイコンを確認するとケイデンスが取れていない。きっと、さっきシューズを直そうとした時にセンサーをいじっちゃったんだな、まぁこれも仕方ない。シューズに脚を差込みペダルを漕ぎ出す。

 両津の交差点を右折すると、応援に駆けつけてくれた走友会Kさんを発見。掛け声とともに手を振った。同じチームジャージを着ていらしたので気がついた。
 ここまでに補給はマルトデキストリン150g入りのボトルと、サバスのジェル1つを空にした。予定通り両津エイドでボトルを入れ替える。今年のデザインはクリア地に黄色で、僕のバイクに合いそうだった。もう一本必ずもらって持ち帰ろうと思った。

 水津に近づくに連れてフォローの風の恩恵を受け、いつもより一つ重いギヤでペダルを回すことができた。ケイデンスは80ぐらい。時折ふっとペダルが軽く感じられる場面があり、オーバーワークにならないように自制した。
 抜かれてもムキにならぬようにマイペースでペダルを踏む。僕としては十分なスピードでペダルを回すのが楽しくて仕方がない。もしかすると11時30分にはトランジション入りがあるかもと思ったら尚更ワクワクした。
 もう一本用意したマルトデキストリン120gのボトルも赤泊までには空にする。お腹はいっぱいだったけれど、小木に着く頃にはちょうど良くなっていることだろう。

 赤泊のエイドだったかな。通過時に「何が入りますかー?」と大声で尋ねられ、即「いりませーん!」と答えながら通過すると「おーえーん!!」と声がかかり、居並ぶ若いボランティアの皆さんから礫のような声援をもらう。
 なるほどバイクが連なっていると、こういう対応はできないな。これ案外レアなヤツかもと思ったら妙に嬉しくなった。チームプレーの天晴れなおもてなしだ。

 そして小木。平地の勢いそのままに掛けの上がったのまでは良かったが、ギアを落とす際スプロケのチェーンのかかりが悪くなり、つい焦ってギアを落としすぎてしまった。リズムが崩れる。点検の際に指摘されたチェーンとスプロケの交換を思い出し、それを勿体ぶらなければ起こらなかったかもなと後悔した。

 小木の坂に苦戦し、アゲンストの風に晒され、なぜか左側のお尻が痛み、それに伴い腰や背中が強張ってくる…。良くない条件が揃いだす。泣き言が出そうなくらいに。でも、ここは我慢。ランスタート11時30分を目標にペダルを踏む。

 真野湾をのぞむ坂を下ったあたり、更なるアゲンストの風にスピードを抹殺される。上体を起こすとあっという間に減速。DHバーにしがみつくように、必死に、けれどBPMを上げすぎぬようペダルを踏んだ。
 このパートは前半の貯金のお陰で、自分史上最速の3時間31分でバイクを終えることができた。

□ランからフィニッシュ
 トランジションはスムーズだった。両手に補給を握りしめて走り出す。
 バイクの乗車ライン辺りに会場に到着した妻が応援をしてくれていた。そして早朝から会場に待機してくれた息子も一緒だった。彼らに手を挙げて合図をする。いってきます!ほんのすぐ先の反対車線にはマーシャルのKさんがいらして声を掛けていただく。
 さぁ、ここからが本番だ。いっくぞー!と気合と共にアミノ酸のジェルとサバスを口に入れる。

 最初の1kmは5分17秒。バイクで強張った身体をランに順応させることに専念した。距離を踏むごとに身体が慣れてくる。着地する脚全体の動き、地面の感触がはっきり認識できるようになる。だが・・・ペースはまったくもって上がらない。喉が渇く。去年の前半はキロ5で走ったじゃないかと自分に言う。口腔の渇きは収まらない。脱水か、ここにきて暑さでへこたれそうだった。ちょっとだけ脚を止めようかとも・・・。

 黄金色の田んぼ道、道端に並んだ手作りの行灯を見つめながら、明かりの灯るたそがれ時を想像する。それは自分の気を紛らわす為だ。専門誌で見たその光景を重ね合わせながら自分がいつか自分が走る姿を想像する。
 抜かれることはあっても、先を行くランナーを追い抜くことはなかった。ただ脚を動かし、次のエイドを目指して進む。ただそうすることしかできなかった。但し、絶対に脚を止めない。それが自分との約束、必達だった。今回のランで一番辛かったのはこの10km手前あたりだったかもしれない。

 往路の畑野、バイクに跨った応援のKさんが再び登場。
「6時間、切れるぞー!」と声援をいただく。その言葉が妙にフックした。こういう応援の仕方もあるのかーと感心した。今のペースでは、どうやったってその目標を切れない。でも、そうだ、まだ時間は十分にある。諦めたら終わりなのだ。彼の一言が、目標に向かって走りつづける強い動機を与えてくれた。

 そして同じく畑野の復路。小学生ぐらいの男の子が、僕のゼッケン番号を大声で叫ぶ。するとそこから10mぐらい離れていたところで、その親御さんと思われる方から「シグナスさん、がんばってー」と名前で応援をいただいた。すれ違いざまに横目で確認すると、彼女の手にはパンフレットがある。通過する選手へ、その全てに声をかけるのかと思ったら感心を通り越して平伏しそうになった。

 再び金丸のエイドを通過して残り5km。同じチームのH澤さんが向こうからやって来るのに気がついた。
 すれ違いざまに、いってらっしゃい!と呟いてタッチする。彼女のタッチの勢いのよさで、僕の出した右手は後ろへ圧されてしまったが、元気をもらった。

 あと2km。ふと名前を呼ばれ、顔を上げると、佐渡トライ出場常連のKさんが反対車線を走っていた。右手で合図。もしかしたら、すごくへばっているように見えたか。河原田の商店街のアーケードはすぐそこ。僕は前を真っ直ぐ見て背筋を伸ばした。

 河原田の商店街の十字路あたり、ゼッケン番号を呼ばれ「お帰りなさーい」とマイクから声が届く。もう少しだと安堵する。フィニッシュには、同伴ゴールするつもりの妻と息子が待っているはずだ。
 今回もいろんな人から声援を、応援のメッセージを頂いた。僕は計り知れない人々に背中を押されながらゴールを目指している。この感覚は、初めて大会に参加した頃から全く変わっていない。僕1人ではなんにもできない。出場回数を重ねるほどその想いは深く、確信に変っていく。
 苦しんだランは2時間01分。送トータル6時間13分でフィニッシュ。4度目の佐渡トラは家族と共にゴールテープを切ることが出来た。暑い暑い夏の終わりだった。(了)

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