2021年11月8日月曜日

「ランニング」することについて 2021.11.1~11.7と

 筋膜炎の状態が良好なので、ランニングの頻度を上げはじめた。そんな只中、想うことを整理しておく。
 運動能力は可逆性がある。易しく言えば、能力はなかなか上向かないが、衰えるのは早い。毎日何らかの運動能力の維持向上のトレーニングをやり、時には能力の100%を出さなければ…そんな思考回路が起動し続け、ぼくは走るのが難しくなるまで故障を悪化させてしまったのだ。

 この故障、足底筋膜炎に限っては、少なくとも2年ほど前から自覚症状があった。今より痛みはずっと軽く、気にせずにトレーニングを継続できた。痛みが酷いときは2.3日様子をみたりしていた。症状を悪化させたのは昨年の終わり頃、まだ断定できないが、おそらくは厚底シューズの使用とランニング量が原因だ。自分の体型(体重、筋力など)とランニングフォームがことを招いたのは間違いなく、悪化しているという自覚を無視した結果なのだ。

 そんな反省はともかく、今回特に記しておきたいのはランニングから離れてみて感じたり考えたことだ。
 ぼくにとってのトレーニング時間とは、本質的には自分と向き合う時間なのだ。この「向き合う」という表現がとても腑に落ちる。内容が苦しいときほど周囲への注意が削がれ、焦点が自分自身に絞られる。
 そのトレーニングの7割を占めるランニングは、自分に向き合うのにもっとも相応しい手段であり、これを別な言い方をすると「孤独の時間」を作り出すと言い換えられる。

  孤独の時間(とき)を作り、自身に向き合い会話をする。辛く苦しいと感じている自分と出会い対話する。それこそがトレーニングの真の目的なのではないかと考えるのだ。
 特にレース中は、
 目標は達成できそう?、もうやめる?、楽しい?、生きていることを実感してる?、また次もやる?・・・こんなかんじに具にもつかない質問を次々と投げ問うているのだ、自分に対して。
 明滅するいくつもの物事をうまく整理できない朦朧とした頭だが、意識だけははっきりしていて、自分の目標を達成してこそ生きている実感、喜びが湧くのだと、それだけはすこぶる明確なのだ。
 とどのつまり、そう、日々のトレーニングとは運動能力の担保はもとより、自己との対話の条件を揃えることこそが肝要で、ノルマ思考の物理的行動計画であってはならないのだ。
 面倒な言い回しだが、これを取り違えることが無いように、これからのトレーニングをデザインしたい、今はそう考察している。


★今週のトレーニング備忘録
 
1(月) 業務の懸念事項を無事クリアできたことですこぶる気分は良く、前日トレオフだったことを受け帰宅後は迷わずランニング。スタートはやんわり入って以降8kmまではビルト的にペースを少しづつ上げて40分内で収める。呼吸も脚も楽ではなかったがしっかり刺激を入れた。右脚の足底筋膜炎の改善を努めるようになってからもっとも速いペース。走った後のダメージはあるが以前とは明らかに異なり良化が伺える。9月中旬からランニング頻度は週1.2度程度だったが今月からは増やせそう。増やせるといいなぁ。

2(火) 帰宅後、四頭筋やハムが筋肉痛だったので筋サーキットのみ、アクティブレスト。

3(祝) 午後の晴れ間をみながらランニング。月曜と同じようにビルト走8kmがメイン。結果タイムは39分30秒。この時計を縮めることを念頭にやっていきたいと思った。先週末から中1日ペースで10km程度を踏んでいるけれど筋膜炎の状態は悪くはない。インソールの効果は大。

4(木) 帰宅後、筋サーキットをフルセット。アクティブレスト。

5(金) ヒロシさんのソロキャンプの記事を読んで、共感できることがいくつもあった。冒頭の内容と重複するが、ぼくにとって身体を動かすことは自身と向き合うことであり、動的瞑想(そんな言葉は多分ないけれど)なのかもしれない。
 ・・・この日のトレは気持ちが向かないという理由をつけ、何もしせず休養。

6(土) 午前中、気持ちの良い秋空のロードへ。走り出しから速め。くじけそうになりる寸前でだましだまし8kmビルト走のタイムは37分50秒。それなりに満足しながら、午後にまた何かやろうとモチベーション高く帰路につき、せっかくの天候をワンコ達とも共有したくなりそのまま散歩へ。張り切りすぎたせいで右踵の痛みが出たので午後のトレはヤメ。

7(日) 午前中、島でゆるジョグ。連日のランニング日和だった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
 
1(月)  ロード10(51)
2(火)  自トレ 
3(祝) 午後 ロード12(61)
4(木)  自トレ
5(金) 休養
6(土) 午前 ロード10(59)
7(日) 午前 ロード12(80)
11/1~7までkm…R44、Re3

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