2015年7月8日水曜日

越後長岡チャレンジサイクリング 2015

 朝の天候は曇り。高速道で雨がパラついてぼくらは気を揉んだけれどそれは杞憂だった。開会式の頃には雲の切れ間から陽射しが覗いた。会場の悠久山スキー場の駐車場では、色彩溢れるバイクジャージを身に纏ったサイクリスト達が朝の陽光のなかスタートを待つ。
  ひとつとして同じバイクがないなぁ、と感嘆に似たコメントが耳に入る。確かにその通り。どこか的を得たコメントだと思った。バイクには所有する者の用途や嗜好が投影されていて、それがどこかしらキラリと光るセンスを感じさせる。つい見惚れてしまう。



 ぼくは100km走行の部門にエントリー。初めてのバイクイベントだ。長岡、山古志、栃尾の山間のコースをバイクで走る。前夜、先輩サイクリストの女帝ペコわとさんからアウター縛りで完走せよという指令を受けていた。なぜならば彼女が昨年参加した時に実行したからという、MEができるんだからYOUもできるでしょう的な無邪気で、それでいてぼくの変態心をくすぐるオプションが付いた。トレーニングを一緒にする周囲からはいつも、自らを虐げて得る喜びは青天井だという事を教えられているので拒む理由なんてどこにもなかった。

 
 

 スタートは幾つかの集団に分けたウェイブスタート。スタートするのに少々時間を要したけれど和やかな雰囲気だった。ぼくはコスプレイヤーを写真に収めたり、周りにご挨拶をしたりと、ワイワイガヤガヤやりながらゲートから押し出されるのを待つ。
 
 ぼくらの順番がやってきた。クリークを入れペダルを踏み出す。一路、蓬平(よもぎひら)温泉を目指した。足馴らしに軽めのギアでクルクルとペダルを回しながら、コースがわからないので前を行く集団に取りつこうとペースを上げる。まだ始まったばかりで自制しようと思ったけれど興奮を抑えることができないでいた。
 
 山に向かって走る。山あいの道を通りスノーシェードを抜けると蓬平温泉だった。左折して坂を上ると第1エイドに到着。大勢のサイクリストでごったがえす中チーム潟鉄、H間さんを発見する。
 H間さんとぼくのバイクジャージには胸と背中に漢字2文字で大きく「潟鉄(ガタテツ)」とロゴが入っているのだけれど横文字全盛の中「麒麟山」の次ぐらいに目立つ。さぁ2人揃ったところで、潟鉄トレインの出発だ。本来ならば鉄女ママもこの隊列に加わる筈だったが急性ヘルニアで欠場。とても残念だったろうな。彼女の分まで頑張ろうと、ぼくらはバナナとコーラを胃袋にしまいエイドを後にした。

 山古志へ向かう。山あいの道を通り抜ける。短い区間で起伏が現れ、ぼくは早くもアウター縛りを呪った。
 コースに沿っていくと真新しさを感じさせる平坦な道路にでる。山古志地区だ。中越地震の碑が建てられた前後には震災の爪痕をあえて残したような光景があった。半壊した住宅、土砂に埋もれた自動車。青い雑草がそこいら一帯を覆い時間の経過を物語っている。それでもその景色は当時の凄惨で苛烈だった状況を伝えていた。その横をぼくらはバイクで走り抜ける。
 
 そして、つづら折りの登坂が始まる。バイクで坂を上るというより、山を上るという表現の方が正しい。晴れわたる空に向かって何台ものバイクが山の頂上を目指している。
 ぼくはオールダンシング。坂を見上げながらペダルを踏むと、アウター縛りを諦めそうになるのでひたすら下を、アスファルトを見つめペダルを踏んだ。右に左にとしっかり体重を掛け上半身の無駄な力を抜く。ひたすら右、左、右の単純作業。ヘルメットからたくさんの汗が滴り落ちる。とりわけ辛かったのは第2エイドの手前の僅かな傾斜だった。降参しそうになったけれどなんとか踏ん張る。

 山古志の第2エイドで一息。冷たいおしぼり、スポーツ羊羹、モロキュウ、それからコーラを頂いた。これから待ち受けているであろう、難所に備えて給水ボトルに水をチャージして頂く。

 山古志の闘牛場を過ぎると下り坂になる。トレインは山あいの道を軽快に進んだ。時々、並走し会話をしながら山道を抜ける。あっという間に第3エイド。ここでぽっぽ焼きをいただき、何本かをコーラで流し込んだ。こんなにコーラを飲むのは本当に久しぶりだ。

 栃尾市街に入ってしばらくすると反対車線でファイターズさんを発見。潟鉄ミーツ潟鉄。手を挙げ大きく合図する。まさかの1人チャレンジサイクリング、かっこいい!こちらも負けじとモチベーションを上げる。
 市街地を進んでいるとスタッフがぼくらをエイドに誘導する。クリームを挟んだコッペパンが配られていた。ぼくのバイクジャージの背中のポッケにはポッポ焼き、クリームコッペ、アミノ酸…パンパンに膨れ上がっている。そしてここでもコーラを補給する。

  すぐに出発した。ここからH間さんが先頭の潟鉄トレイン。ぼくは後ろにピッタリとつく。走り出しから巡行速度に達するまでの時間が早い。後ろについているのに体力を消耗する。
 栃尾スキー場を通過して刈谷田ダムへと道は続く。眼前には山が聳えていて、つい見上げてしまう。そしてここが2つ目?いや3つ目の難関だった。坂を上る。もちろんアウターで。ダンシングとシッティングを使い分ける。それぞれに使い慣れてきた。けれど甘くはない。上がるにつれて斜度が厳しくなる気がする。念のためにアミノ酸を補給。上りは続く。
  坂を上っている道中はアスファルトしか眼に入ってこないのだけれど、時折辺りを見回すと眺めが素晴らしい。眼下に点在する建造物、陽射しに照らされた緑、そして青く広がる空。練習走でまた来てみたいなと思った。
 エイドまで1,500mの案内看板からがさらにきつかった。半ば苦悶の表情で坂を上っていると横から、アウターですかぁ!と声を掛けられ、ハイちょっとした罰ゲームです、と応える。スゲーっと言いながらその方は軽々と先へ進んで見えなくなった。ホント、凄いのはペコわとさんです。心の中で呟いた。

 頂上到達。道院ロッジの駐車場がエイドだった。青空が広がり陽射しに熱を感じた。当然コーラパワー充填。汗で流れ出た分をコーラに置き換えているようだ。冷たいお絞りが気持ちいい。
 
 ここからはかなりの急傾斜の下り坂。道中でスタッフの方が減速を指示している。その指示がなければ相当なスピードで急カーブに突っ込むことになり危険極まりなかった。下りのスピードに身を任せ次のエイドをめざした。

  気がつけばポッポ焼きをもらったエイドに到着。栃尾を1周したわけだ。ここからゴールまで残りは20kmを切っていたと思う。まもなく正午。ぼくは少し空腹を感じポッケにしまっていたコッペパンを頬張った。隣のサイクリストに声をかけると、最後に相当辛い上り坂があることを教えてくれた。心して取り掛かろう。潟鉄トレインはエイドをあとにした。

 エイドから出て、すぐにその辛い上り坂は始まった。今までより坂が長いのだろうか。道の途中、坂を諦めてバイクを押している方が少なくなかった。ぼくは彼等を横目にダンシング&シッティング。決して速くはないが確実に坂を進んだ。
  大概の辛いことはいつか必ず終わる。終わらないことはない。終いまで付き合うか、途中でやめるかの二つに一つ。それは自身の選択次第。そんなことを何度も頭の中で繰り返した。
 右、左、右、左…踏み込むペダルに体重を乗せる。汗が滴る。すると漸くエイドの看板が目に飛び込んできた。


 ここに入ってくるみなさんは一様に疲れを隠せないようだった。もちろんぼくもその1人。冷たいコーラを喉に流し、スプレーで四頭筋をアイシングする。一息ついた。

 ぼくらはゴールを目指してペダルを踏んだ。少し上ってからしばらくは下り坂。その下りの終盤、なんとファイターズさんが坂を上っている。奇跡の2度目のすれ違いだ。ここももちろん合図をかわし、それぞれの進むべく方向へとペダルを踏んだ。
 
 坂が終わり、見覚えのある道に出る。サイクリスト達がまばらな列を作って同じ方向へ進んでいる。ペダルを踏み込んだ。スタートした会場が見えてくる。周囲もペースアップする。イベント名が印刷された2色のぼり旗がぼくらを迎えるようだ。ゴールはすぐそこだった。


フィニッシュゲートをくぐり、片手でガッツポーズ。そのままトランジションエリアまで行きバイクを降りた。ぼくの時計で5時間10分。13時前に帰って来ることができた。そしてアウター縛りも達成。ペコわとさん、やりましたヨ!ということでこのイベント、アウター縛り部門が新しく出来ました。

 完走後、ふるまいフードの山古志汁と栃尾のあぶらげで舌鼓を打ち小腹を満たす。フィニッシュゲートを通過するアナウンスと歓喜の声で終始会場は賑やかだった。その雰囲気も独特な感じがして、また来年も参加したいと思った。
 
 最後に。大集団がゴールを目指して坂を上ってくる。黄色、ピンク、黒の鮮やかなバイクジャージ。皆のジャージにはORZのロゴ。先頭はA木さん。次々とフィニッシュゲートをくぐる。みんなでフィニッシュする姿は圧巻、そしてちょっと感動的だった。これこそが自転車乗りなのかもしれない、そう思った。(了)

2015年7月6日月曜日

トレーニング(レース後週)'15.6.29〜7.4

6月最終週、及び7月第1週について
テーマ : 秋のフルに向けたカリキュラムの開始。

月 朝ジョグ 5km 30分 (積極的休養日)
火 朝ジョグ 5km 30分
    プール 500,300,200,2分半サークル100m 6本 50分
水 ラン 15km 5分20秒ペース 80分
木 ラン 15km 6分ペース 90分
金 朝ラン 5km アップ〜坂道ダッシュ12本 30分 (積極的休養日)
土 ラン 16km 5分30秒 10kmから5分ペース 90分
日 越後長岡CC 100km 5時間10分

今週の振り返り 
 さて7月。ここから再びラン強化に向けてトレーニングを開始。隙あらばランニングだ。質と量共にこだわって、秋の土台となる身体をつくりたい。
 日曜は越後長岡サイクルチャレンジに参加。バイクイベント初体験。もう一つ楽しい世界を見つけてしまった。素敵な仲間達共に山古志、栃尾を駆け抜ける。天気に恵まれ、コースは面白く、そしてエイドも充実した内容でした。

 6/30までのラン走行距離…194km
 7/5までの走行距離…51km

2015年7月1日水曜日

第30回みなと酒田トライアスロンおしんレース

 前回大会に続いて2度目の参戦。
 当日、新潟から車を走らせること2時間半。予定通りAM6時半に開催地の酒田港に到着する。
 薄墨色した空は今にも崩れ堕ちそうだったけれど持ち堪えてくれている。そんな空模様とは裏腹に、海岸端は風はなく穏やかな佇まいだった。

 前入りしていたメンバーとトランジションエリアに隣接する第1駐車場で合流する。今年は潟鉄メンバーをはじめ、見知った顔が幾人かいて心強い。皆に挨拶を交わし早速準備に取り掛かる。
 バイクを組み立てたところで受付へ脚を運んだ。そこに偶然居合わせた潟鉄メンバーのG明さんにご挨拶。と、同時にスイムが中止であることを告げられる。確かに告知用のホワイトボードにはスイム中止と代替ランの概要が記されている。G明くんの悪い冗談ではなかった。
  思い切り拍子抜けしてしまった。まさか2年連続とは夢々思っていなかったし、主催のアナウンスで是が非でもという想いが伝わっていたので、今年は大丈夫だろうと思い込んでいた

 昨年の大会、エリート達がウネる白波の中、果敢に挑む光景が脳裡に蘇る。ぼくにスイムへのきっかけを与えてくれたのは彼らだった。
 またしてもデュアスロン。今度こそと意気込んでいたが仕方がない。改めて天候次第で状況が一変する競技だということを思い知らされる。

 トランジットエリアで準備をする。今年はカゴが入れものとして予め用意されており、必要なモノを仕舞った。ぼくは雨が降っても濡れないように持参したビニール袋で道具を覆う。一通り準備が整い、バイクの際の予行練習を試してみる。カゴの位置と手順の確認だ。
 ランからバイク、再びラン。漠然とながらエリア内での所作をイメージする。
 周囲を見渡すと選手らそれぞれにセッティングをしている。その姿が一様に真摯に映り、競技に対する姿勢にも伺える。レース前の静謐。それは本番と対局するコントラストを醸し出していて、トライアスロン独特の雰囲気に繋がっているように思われた。

 走破タイムをシュミレートする。代替えランは流れ次第。最近取り組んでいるショートインターバルの効果が期待できるかもしれない。そしてメインはバイク。元から今回はバイクパートに力を注ごうと決めていて、更にそれを前提として10kmランを50分以内にまとめようと考えていた。昨年タイムを基準にすると2時間20分は切りたいところだ。
 前回ははバイクの練習不足から無理が祟りランに影響した。今年は昨年以上に跨っているし、教本を見つけてそれに則って踏んでいる。そうすると自ずからバイクへの期待値は高まってしまう。

 開会式からスタートまで潟鉄メンバーと一緒だった。他愛のない会話を交わしリラックスする。仲間がいるというのは嬉しいものだ。 会場ではお揃いのトライスーツの「潟鉄」という二文字が気になる方もおられ、それどういう意味?といった質問をいただくことがチラホラ。新潟では、新潟鉄工所ですか?と尋ねられるのがベタなところであるが、ここ山形では「潟」は新潟の潟と、説明すると、ほぅニイガタからねー、となる。声を掛けて頂くというのはありがたいことだ。

 スタート5分前。代替ラン3.5km走のスタート地点へ移動する。ぼくは軽く走って心拍を上げた。キロ4分程度で入る為には欠かせない直前のアップ。
 第1ウェイブがスタート。強い緊張感という訳ではないが、スタートの肌が泡立つような感覚は相変わらずだ。スターターがフォーンの引き金を引くのが見えた。その合図と共にぼくたち第2ウェイブは一斉に走り出す。レースの始まりだ。

 すぐさま縦長の隊列になる。入りの1kmは4分2秒。息が上がりそうになるのを調整してペースを落とす。次のキロラップは4分10秒。この辺りで第1ウェイブの後続と交わる。さらに落として3kmラップは4分20秒。
 ラン終了の間際で何人かの選手に追い抜かれ気持ちが高揚する。トランジットへ向かう道中でちょっとした競り合いになる。息が弾む。エリア侵入口から数えて3番目の通路を目掛け、自分のバイクまで駆ける。

 サンバイザーを外しバイクに掛けたヘルメットを着用。ランシューズを脱ぎバイクシューズに足を入れる。乗車の準備が整いバイクを押しながらトランジションエリアを抜ける。
 乗車ラインを超えたところで勢いを付けた自転車をサッと跨いで、クリークをペダルに噛み合わせ発進!と出来れば相当格好いいのだけれど、ぼくはラインを超えたところで一度立ち止まり、いつものようにヨイコラショっとバイクを跨いで右のクリークを入れる。
 さぁ待望のバイクパートの始まりだ。足慣らしを兼ねて一つ軽いギアでクルクルとペダルを回す。路面は乾いている。問題ないなと思った。
 今回、天候が良くないことが想定できたのでDHバーを使うのを止めた。あとは「やまめ乗り」を意識するだけだった。骨盤の前傾、スピードアップはおじぎを深く、脚の不要な力を抜いて1時7時の漕ぎ脚に体重を乗せる。コース形状に応じ適切なパワーを一定出力することを心がける。
 
 バイクコースは昨年と同様。難所は追い越し禁止区域のSクランク。1周目、スピードをキープして入ってしまい、次のカーブで大きく膨らんで砂の上を通ってしまった。タイヤが取られるんじゃないかとヒヤヒヤした。調子に乗って突っ込むとかなり危険な場所だ。実際その場所が原因かわからないけれど転倒事故が起こったようだ。救護を受けている選手が視界に入り、その復路で救急車とすれ違った。
 バイクパートはリザルトを見てかろうじて70分を切ったことを知る。昨年と同じくらいかなと思っていただけに素直に喜んだ。フィジカルは一旦棚上げして、機材に投資することでさらに伸びしろが得られるのではないかとも考えてしまうのであった。

 そして10kmラン。ランコースを3周回する。トランジットエリアからコースに出るまでが遠いなと感じる。バイクの後なので骨盤から下が強張ってしまい、走り出し直ぐはもどかしい感覚がある。いつものように身体を動かすのが難しい。ストライドが狭くなる。ブリックランはニュートンのようなフォアフット用のシューズが合うかもしれない。今回準備しようか再三迷った挙句、所有する中から比較的クッションの効いたものを選択したけれどしっくりこない。これは次への改善点の一つだろう。結局ピッチを上げスピードを得る方法しかなかった。後は身体がほぐれるまでの辛抱だった。入りの1kmは4分50秒。期せずしてぼくのフルマラソンのラップと同じだった。体感よりは速くて少し驚く。

 殊のほか1周目が長くて辛い。あれ?こんなに辛かったかな?と昨年の記憶からは走り出しの足腰の痛みしか思い起こすことは出来なかった。バイクが終わればあとはラン、10kmなんて楽チンさと思い込んでいただけに重くのしかかってくる。
 速いランナーに次々と追い抜かれる。焦る。けれどこんな時こそペースキープ、いくつもあるエイドを利用しながら慣れるまで我慢。すれ違う仲間たちに合図を送り励まされる。

 2周目の折り返しから身体が楽になった。ペースが上げられそうだ。ほんの僅かだけれど。後方からH間さんが確実に差を詰めてきていた。発奮材料にする。続いて視界にはフェマンさん、鉄女ママが火花を散らさんばかりのデットヒートを繰り広げている。それぞれに声を掛ける。

 最終周回、ラスト1周だ。ちょうどG明さんのフィニッシュにすれ違い、合図を交わす。
 いつものラン感覚でいけた。じんわりとアクセルを踏む。3度目の折り返し、周回の輪ゴムを左手にかけて貰いスタッフに、ありがとうと声をかける。
 海岸線に沿った直線コースをしっかりと踏みしめる。グレーの擁壁の隙間から白波の立つ海が覗く。次こそ泳げるといいなぁと思った。ラストは4分半でまとめフィニッシュゲートに通じる青い絨毯を駆け抜けた。(了)


 



 

2015年6月27日土曜日

トレーニング(レース週)'15.6.22〜6.27

6月4週のトレーニング
テーマ : 酒田おしんトライアスロンに向けたコンディショニング

月 休養
火 ラン13km 5分30ペース走 70分
水 バイク ショート連 20分
木 朝ラン10km 6分〜5分半とSI変化走 60分
金 朝ラン10km 6分ペース 60分
     プール 500m 2本 +α 40分
土 バイク ショート連 30分

今週の振り返り 
 関川マラソンを走って良かったと時間の経過につれて感慨深くなる。同年代からはもちろん、それぞれ活躍した仲間達からの刺激を受け、もっと自身のトレーニングや自己管理をブラッシュアップしなければと思う。
 そして今週日曜は酒田おしんトライアスロン。これを記している木曜現在、関川のダメージが未だに残っている。よく考えたら全力ハーフ走の翌週にショートトラのローテーションは些か身の丈を超えているのではと今更ながら思う。然るに、回復を意識した生活とテーパリングを心掛け当日を迎えたい。

 6/27までのラン走行距離…171km(トレ時間/週…4時間40分程度)

2015年6月25日木曜日

準備が8割

 物事を進めるに当たって「準備が8割、実行2割」なんて言葉があるように(あっ、聴いたことナイかな?)計画とそれに沿った準備を隈なくやらなければ、いざ行動する際に様々な想定外の出来事に見舞われてしまい、計画の変更を余儀なくされてしまう。そうなると目標の通りとはいかなくなるものだ。
 そういう意味ではトライアスロンは準備がとても大切だ。機材や道具の準備はもちろん、各パートに於けるシチュエーション、トランジットの想定が欠かせなくなってくる。
 そんな中、レース予行を兼ねたバイク練の最中、ひょんなことから後輪に2㎝程度の亀裂を発見。不幸中の幸いなのだけど急遽タイヤ交換のメンテナンスが加わった。
 ポジション、ビンディング位置調整、それから補給ジェルを車体に貼り付けての乗車確認…。やらなきゃならないことは、いくつもあるのに落ち着く隙がなく気忙しい。
 バイクにまつわる準備でもう一つ。車に設置するバイク用ルーフキャリアを購入した。日曜の酒田が初使用となる。このキャリアの取り付けにも一悶着あって今尚継続中。試しの搭載は前日までにもつれ込みそう。
 スイム、バイク、ラン。それぞれのシーンを切り取りながら反芻しあれこれと準備を進める。残り2日、大変だけれどこれら準備も含めて楽しみたいと思う。

2015年6月22日月曜日

第42回Up・Down関川マラソン

 2年ぶりの出走。前回は途中で気持ちが折れてしまい、完走こそしたけれど不完全な想いが残った。昨年は酒田おしんトライアスロンとバッティングし出場できず。そして今回満を持してと言うほどではないけれど、苦い想い出をバネに力を出し切るつもりで臨んだ。

 会場にはたくさんの仲間達が集合した。参加者はもちろん応援組みと称してバイク練を兼ねて続々と登場する。
  

 ハーフ走のぼくたちはスタートの混雑を避けるため前方に待機した。スタートを待つ間、ぼくは小まめに水分補給をする。2年前、待機中から喉が乾いていたのに水分補給を怠ってしまい、早々に暑さに負けてしまった経験があったからだ。今年は同じ轍を踏まぬように、やや過剰装備に見えたであろう日除けの付いた帽子、冷却用のスポンジ、それからジェル状のアミノ酸…ぼくにとって欠かせない対策だった。二転三転する天気予報を半ば無視し、暑くなったときのことを想定して準備した。結果的にこれらは正解だった。

 恒例の前説とスターターの村長さんからの一言。そして、スタートの号砲。
 ぼくはためらいなく前に出た。いつもより気負っていたのかもしれない。4分半でシュミレーションした走破タイムのイメージをなぞらえるように走り出す。5月の白根マラソンの前半が慎重だった反省を込めて、早いうちからスピードに乗る作戦だ。

 陽射しが強い。アスファルトの照り返しがキツく、風がない場所はねっとりと空気が絡みつくようだ。想像していたより難しいレースになりそうだった。下川口橋を渡る頃には速めに入ったことを後悔していた。
 橋を右に折れ、大石川沿いにうねった道をダムの方面へと向かう。ここまではかろうじて4分半をキープしていた。コースの木陰と川から吹いてくる涼風が救いだ。川の中洲では除草作業が行われていて時折その作業音が耳に届く。ウィーンと唸るカッター音とランナーのアスファルトを踏む足音が山間に響き渡る。そうしている間にも気温は確実に上昇していた。レースの後半はきっと暑さとの戦いになるだろう。

 5km通過は23分と少し。意図的に落としたのではなく、落ちてしまったという方が正しい。4分半は最初の3kmまで。もう少し距離を踏めば身体が慣れ楽になるはずとペースキープで進む。
 折り返しからしばらくして、恐らく8kmあたりでスピリットZさんに抜かれる。2年前もこの辺りで抜かれたかも。一瞬、悪いイメージが広がる。彼を中心に5,6人の集団が出来ていた。ぼくは少しペースを上げその集団の後ろに位置した。がっちり並走するほどの余裕はないし、かと言ってあまり離されてしまうのも得策ではない。やんわりと付いていくことにする。10km通過は46分中盤。残り半分と少し、悪くない時計だ。
 晴れ渡る空、緑の稜線に川のせせらぎ。風光明媚な関川村にいつもとは違う、少しいびつに展開するランナーの集団が風景に溶け込もうとしていた。

 再び下川口橋に出て、丸山大橋へ向かう。コースを右折した途端、ピタリと風が止んだ。そして眼前には上り坂が待ち構えている。最初の難関。木陰の坂を喘ぎながら上る。もちろんスピードは保てない。日向に出ると陽射しと傾斜のダブルパンチで更にペースが落ちる。四頭筋を随分と酷使してしまったようで、丸山大橋へ出る頃には脚に強い疲れを感じていた。下りで休ませないと持たないだろうと思った。

 フェマンさんら応援組みから声援をもらう。そしてそこからは下りだ。坂に対して垂直に姿勢を取る。身体を任せ加速する。坂は蛇行しながら続く。ぼくはブレーキが掛からないように坂に身体を預けた。下りきる頃には息も整い平地に備えることができた。辛い上りがあれば、それ相応の下りはあるのだ。ちょっとホッとする。あわよくば前との差を詰められるかと思いきやスピリットZさんはさらに前方に位置していた。赤いキャップが目立つのでそれが良く判った。

 15km通過は1時間9分を超えていた。5km毎23分台は保っている。あと30分ぐらい我慢すれば嫌おなくゴールできるのだと思うと気持ちが軽くなる。けれど確実に暑さにやられていることも認識できた。喉の乾きを感じる間隔が狭くなっている。最初の給水からスポドリにしておけばよかったと反省。ペースキープが難しくなってくる。

 16km過ぎでファイターズさんに抜かれる。順当と言えば順当で走力通りなのだけれど、10mぐらい離されたところで突如ぼくのスイッチが入る。ファイターズさんの背中を追う。ペースがグッと上がる。もしかしたらスピリットZさんにも近づけるかもしれない。ここで力を出さなくてどこで出すんだと、ファイターズさんの背中を追い続けた。
 問いにならない問いと、答えにならない答えが頭の中をグルグル回る。とにかく追いかける。息が切れる。呼吸を深く吸い込む。17kmの坂で並走し、下りですぐにまた前を行かれる。さすがだなぁと感心しつつ追いすがる。千切れない。きっとファイターズさんも脚を使っている筈だし、前を行くプレッシャーもあると思った。粘る。そして最後の給水で再び追いついた。

 赤い鉄橋の小見橋を渡るとゴールのふれあいドームが見える。最後までしっかり踏もうとフォームに集中した。前傾姿勢、腕振り、骨盤…。いつもの練習を想い出し、各パーツを点検するように動作を意識する。この日一番の安定したフォームで走れたのではないだろうか。残り1kmの里程標でもう一つペースを上げ、ゴール前は下り坂の勢いを借りてフィニッシュテープを切った。
 1時間37分34秒。
 仲間に引き出された結果であり、ここを頑張ったことで、ぼくらのランシーンがまた面白くなってきたと思う。お互いに切磋琢磨する理由が整いつつある、そんな関川マラソンでした。 (了)

トレーニング(レース週)'15.6.15〜6.21

6月3週のトレーニング
テーマ : ハーフ走へのコンディショニング

月 ペース走 15km アップから5分走 76分
火 朝 ジョグ 5km 30分
水 休養
木 プール1,300m、50m 60〜65sサークル 5本 40分
金 朝ジョグ 10km 60分
土 朝ジョグ 10km 60分
日 関川マラソン ハーフ走 1時間37分
    プール 1,000m+α 40分

今週の振り返り 
 年齢からくるものか、はたまた気候(暑さ)からのものなのか回復に時間が掛かる気がする。先週土曜のショートインターバル(SI)から中1日の月曜ペース走のダメージが殊のほか尋常ではなかったからだ。そういうわけでレース週ということもありトレーニングは軽めの内容とした。
 ところで、SIの目的は最大酸素摂取量の向上を、それからペース走はLT値の向上を狙った練習だ。これらを積み重ねて来たるべく秋シーズンに向けて土台を拵えることが今の目標だ。
 マラソン練習とは走力に関わる閾値を押し上げるトレーニングを、身体と心の調子に注意深く向き合いながらコツコツ積み重ねることだ。それが上手く出来ると過去の自分を超える、つまりレース結果に繋がっていくのだと思う。そして練習に費やされる時間や体力は有限であると気がついた時、ぼくらは選択と集中を余儀なくされるのかも知れない。

 6/21までのラン走行距離…138km(トレ時間/週…6時間半程度)