2024年11月11日月曜日

2024.11.4~11.10

★トレーニング備忘録

11/4(祝) 9:00発の1便のフェリーで沖縄本島へ向う。運天港からはOさんの運転で那覇へ。道すがら、北部の美味しいソーキそばのお店に連れていって欲しいと懇願し、92歳の超高齢のご夫婦が切り盛りするお店,我部祖河(がぶそか)食堂本店に入る。
 年季のはいっている店舗は、小上がりにテーブルとかなりの席数があった。ぼくらがお店に入った頃は閑散としていたが、あっという間に満席。人気店らしい賑わいを目の当たりにした。お店の推し、元祖ソーキそばを注文したが、これまで食べたどの沖縄そばよりもぼく好みの味に舌鼓をうった。お代わりしたくなるほどの味だった。また来なきゃね。
 13:00過ぎ、那覇のホテルに戻る。バイクパッキングや洗濯をして後片付けしながら、明日の出立の支度を整える。そうしているうち強い眠気に襲われ、少し仮眠をとった。
 夕方、チームリーダーT様の馴染みの居酒屋へ集合。ついつい時間を忘れてしまい午前様となる。ぼく以外は皆、仕事があるというのに付き合わせてしまった。

5(火) 朝食はホテルすぐそばの地元スーパーマーケットで買って済ます。午前の早い時間だったが国際通りに脚を運んで散策する。平和通りや公証市場はすでに開いていて、そこそこに賑わっていた。店主に話を伺ったところ、9:00にはお店を開けているとのことだった。ぼくは周辺を2時間ほどウロウロし、次回12月の那覇訪問の際のお土産の狙いを定めた。
 お昼すぎに空港へ帰路へむかった。帰りの機内には驚くほど家族連れが多く、この時期特有のイベントでもあったのかと勘繰ってしまうほどだった。予定通り夕刻、新潟空港に到着。上着をはおって飛行機を降りたが、寒さひとしおだった。

6(水) 朝、唇や舌に炎症ができて腫れる。なんか上手く喋れない。疲労からというより、指笛の練習のせいだったらやだなと思った。休養。

7(木) 朝は筋トレ。ボールクランチ20レップ×3セット、サイドクランチ20〜35r×3s、脚上げ60秒×3s、膝コロ8~10r×3s。口の炎症がさらにひどくなり体調はいまひとつなので休養。

8(金) この朝も筋トレ。ボールクランチ20レップ×3セット、サイドクランチ35~50r×2s、脚上げ60秒×3s。午後の業務で難易度の高いヤツを難なくこなし胸を撫で下ろす。そういう雰囲気も手伝って、帰宅後のロードは8kmビルト走で頑張った。

9(土) この日の一大イベントは虫歯の治療。その治療を行う。伊是名行き直前、歯医者で歯石取りをお願いしたところ発見されたヤツだ。その前に那覇対策を意識したロードワークを15km。

10(日) 気の置けない仲間達とコンディショニング走。走っているとパラパラと人が加わった。空は最高級の青空で、かなりレアな新潟の秋晴れだった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

11/4(祝)~6(水) 休養
7(木) 朝 筋トレ(15) アクティブレスト
8(金) 朝 筋トレ(10) 夕 ロード8(45)
9(土) 午前 ロード15(86)
10(日) 朝 ロード12(90)
11/4~11/10(km)…R30、Re.4

2024年11月10日日曜日

第37回伊是名88トライアスロン(レース編)

11/3(日)レース当日

 未明の頃、仲田港に隣接する陸上競技場のあいだの架設のバイクラック、いわゆるT2と呼ばれるバイク-ランのトランジションエリアへ赴いた。ランで使用するあれこれをパッケージした袋を自分のゼッケンNo.に準備するためだ。確かAM5時半頃だった思うが、空を見上げると名だたる秋の星座が光り輝いていた。

「昼間の空は大地の一部で夜の空は宇宙の一部」そんな台詞が脳裏をよぎるほど美しい星空だった。わずかに明かりが灯るアスファルトの道をポツポツと歩いていると、鳥の鳴き声が聞こえてくる。誰かが琉球梟の鳴き声だと教えてくれた。

 ぼくらは淡々とレースの準備を進めた。正直いうとぼくは寝不足感があった。小心者は枕が変わると途端に眠れなくなる。今回も例外はなく熟睡には程遠かった。隣で高いびきをかく副キャプテン殿を恨めしく思ったものだ。ここに及んでコンディションを言い訳にしてもつまらない。船酔いも寝不足も、そして30℃近い気温も全部受け入れるしかない。


いざ会場へ

 AM7時半を過ぎた頃、島内放送で大会の実施が告げられ、周囲の民家から歓声がきこえた。ぼくらと同じように民泊する選手たちだろう。さぁいこうか!用意したデュアスロン用のシューズを装備から外し、ぼくらは少し雲のかかった朝焼けの陽光に照らされ、急ぐこともなくペダルを踏んでスイム会場を目指した。


 バイクのセッティングをして、スイム会場でICチップを受けとる。試泳をして、スイムチェックを済ませたぼくは体育座りで海を眺めていた。

 海にはいくつものコントラストがあり目を奪われた。遠くの珊瑚礁を越える波の行方を眺めているだけで飽くことがなかった。北東の涼やかな風が陽光を和らげ、これまで見たことも感じたこともない不思議な海の景色がそこにあった。この海の向こう側にニライカナイがあると信じてしまうのは道理だと思えた。レース直前に関わらず、ついもの想いに耽ってしまう。


 スタートが近づいてきた。テチメンバーで円陣を組み安全第一!のかけ声を合わせる。それぞれ思い思いの位置について号砲を待った。ぼくはいつもの直前のルーティーン、両手を鼻に合わせて深呼吸をして気持ちを整えた。


1.スイム

 AM9:00、定刻通りレースはスタートした。浜辺から数歩進んで海に入ると、すぐに泳げる深さに到達した。先を行く選手を追うように水を掻く。そこそこにバトルを繰り広げながら目標物を確認する。海水の透明度が高いのは言わずものがだが、それ以上に強い潮の流れを感じた。気がつけばコースロープ側へと流されている。だがこれは計算通り。しかしさらに流れが強いところでは前に進むことすら容易ではなかった。抗えずに左手がコースロープに引っかかる。掻きを深めにとったり、ピッチを上げたりと潮の流れからの脱出を試みるが簡単ではなかった。自身の技量のなさを恨んだ。スイムアップ目標は40分、いや、もう少し早いだろうなんて甘々だった。リーフの切れ目から流れいずる海流がいく筋も存在するのか。これまで泳いだ海とは比べ物にならないテクニックが要求される伊是名の洗礼だった。さらに幾度か海水を飲んでしまい気持ちが減退する。いっそリタイヤしてしまおうかと脳裏をよぎる。あまりに苦しくなって立ち泳ぎして息を入れたのは確か3度。潮流を攻略できなければタイムは望めない。コースロープに対する位置どり、ヘッドアップの頻度を上げ自身の居場所を確認することが必須のコースだった。四苦八苦してT1に向かったのは44分を経過していた。(スイムアップ 44:26)


2.バイク

 スイムゲートからバイクトランジションまでの距離はおおよそ300m程度。ウエットを脱いでしまえば、所定のものを順番通りに身につけるだけ。ラック付近の、着替えにあてられるスペースがやや狭い。さらに、ぼくのスペースはすぐ後ろが砂地だったので、脱いだウエットはもちろん、脚やら何やらに砂が着くことに躊躇して気を取られてしまった。

 スイムの疲労もあり、さらに向かい風スタートだったのでバイクはすんなりと入れない。スピードに乗れない。焦っても仕方ないので、ぼくは予め準備した被り水で身体の熱を逃し、リカバリの補給飲料と固形物を口に入れた。

 1周目はコース観察、焦る必要はないと言い聞かせながら、力まないようにペダルを踏む。そうこうしているうちに追い風を受ける区間に差しかかりスピードがぐっと上がった。

 周回カウントするバックストレッチからの紺碧の海の眺めがよくて気持ちが上がる。仲田港の入り口、やや下り、少しクランクする右カーブに差し掛かる。そこでとんでもないアクシデントが発生。カーブを曲がりきれないことがわかった瞬間、ブレーキを強く握って、段差のある歩道に沿って転倒する。あーやっちゃった!とつぶやきうように声を出しながら倒れたことをはっきり覚えている(笑)。


 アスファルトに身体を打ちつけられ、寝転がるように倒れた。すぐに起き上がり、倒れたバイクを起こし状況を確認する。ボランティアの中学生ぐらいの男の子2人が、大丈夫ですかー!と近寄ってくる。ぼくは右手を挙げて、大丈夫!と声を張った。本当は大丈夫かどうか全くわからなかったけれど。

 バイクチェーンが外れている。転がったボトルを拾ってホルダーに戻す。バイクを起こして跨り、ビンディングをはめペダルを踏んだ。キャノンデールは何事もなかったように前進した。特に異音もない。行ける!大丈夫。自分に言い聞かせる。

 仲田港のコースにいた人々は、ことの始終を目撃していたのではなかろうか。転倒してしまったことんも恥ずかしさが先行し、左の膝や腿や肘の裂傷の痛みはそのあとに判った。アドレナリンのせいか、この2周目はややオーバーワーク気味になってしまった。


 島を時計回りに周回するバイクコースを面白くするのは風向きだった。起伏はいくつかの区間はあるが長い距離ではない。スピードに乗れるコースだと思う。

 前日の試走では向かい風と起伏が重なる場所があって、やや面倒かもしれないと感じたが、本番の、少なくとも自分の時間帯では、前日のように難儀をする箇所はなかった。

 向かい風になる場所が時間経過と共に変化してた。伊是名漁協あたりの右左に連なるカーブを抜けると大体向かい風で、その前後で風向きが半時計周りに少しづつズレていくようだった。

 懸念事項だった周回不明もGarminの計測とOさんのマスキングテープ作戦があって、迷うことなくフィニッシュを迎えた。落車したけれど、スイムのロスはそう大きくはなかった。

(バイクアップ 2:07:36)


3.ラン

 T2到着。ラックにバイクを掛けながら周囲をみると、戻ってきているバイクは多くはなかった。シューズの紐をしっかり結び、走りながら身支度を整える。腰ポシェットから補給を取り出して封を開け、スタートのそばのエイドの飲み物で一緒に飲み下す。さぁ行こうか、ランの始まりだ。

 坂を上る。降車したてでスピード感覚が麻痺しているので余計に遅く感じて、歩いているみたいだ。左にゆるやかにカーブするとコースが見通せた。沿道には応援団がいらして鳴り物の音が耳に届く。まもなく、今回宿泊でお世話になっている名嘉(なか)さんの自宅前に差しかかり、名前を呼ばれる。立ち止まって補給をいただき、S子さんとHさんにハイタッチ。いってきまーす!と涼しい顔をして手を振った。

 上り坂は続く、とても長い。陽射しも強い。ようやく下りになった確か4km過ぎ。下りの衝撃で左ハムがつりそうになる。ずやんわり下ったが衝撃がハム伝わるたびに裏返りそうになった。

 銘刈(めかる)家を通過。日陰に平坦の場所だがペースは上がらない。しばらく進むとまた上り坂だった。

 往路に小高い起伏が4つ、つまり往復で8回は上る。表現しづらいがそれらがそこそこの上り坂だった。

 7km過あたりでついに脚が止まる。陽射しに負けた。葛藤。走り出そう、ゆっくりでいいから。そもそもペースはスロジョグ程度なので、気持ちの問題だった。


 折り返しに到達。さてあと半分。復路、ひとつ目の下りでMさんとすれ違いハイタッチ。1人じゃない、チームメンバーの仲間も頑張っているんだと励みにする。

 サトウキビ畑を見渡せる場所にたどり着いた頃、副キャプテン殿とすれ違った。もちろんハイタッチ。

 畑の通過途中、ボランティアの自衛官らの力強い声援をもらう。沿道のそれとは異なり気持ちが引き締まる応援だった。

 眼前に急な上り坂が見える。ここでも脚が止まる。前には同じように坂を上る選手がいる。もう坂は全部歩こうかとも考える。いやいや走ろう。止まっては走るを繰り返す。


 チームのMTさん、そしてOさんとすれ違いざまにハイタッチ。どの辺りだったかはよく覚えていない。次のエイドで水をかぶろうと考えていたことだけはよく覚えている。コースレイアウトも去ることながら、とにかく陽射しが大敵だった。


 銘苅家に辿り着くまでの下りが案外と長い。あぁここはキツイ上りだったんだと往路を思い出す。

 残り4km。行手には急坂が映った。まるで壁のよう。あの坂を登りきればあとはゴールまでは下り、そう考えながら脚を前に出し続けた。

 そして最後の上り坂に入る。絶対に歩こうと思っていたけれど、最後だしゆっくりでも走り続けようと頑張ることにした。無論速くはない。が、走りながら脚を前に出した分だけ早くゴールに辿り着けると信じて前に進んだ。

 遂に下りにはいった。ここから陸上競技場までは下りだ。だが距離はそれなりだ。応援する名嘉さんらに手を振って、坂の勢いを借りて前進した。


 競技場のトラックを半周してフィニッシュゲートをくぐる。いつものレースの締め、回れ右して一礼。終わってみればあっというまに感じてしまうのは齢をとったせいか。

(ラン 2:11:07 フィニッシュ 5:03:09 もう少し続く)

2024年11月8日金曜日

第37回伊是名88トライアスロン(前編)

2024.11.1(金)
 昼頃の便で新潟空港から那覇へ。今年は祝日が日曜と重なる振替休日ができたおかげで伊是名(いぜな)行きを決めることができた。この時期にトライアスロン大会に参加するのは初めてで、しかも沖縄本島から離島へ渡るという工程に心が躍った。
 昨年の12月、チームメンバーの自宅で開かれた那覇マラソンの打ち上げで、副キャプテンから伊是名を勧められなければ意識すらしなかっただろうし、もっと振り返れば5年前、2019年の宮古島トライアスロンに挑戦していなければ、チームの面々と出会うことはなかったかもしれない。
 ぼくは流されるように生きていた方が楽だと思っている人間のひとりだ。が、受動であれ能動であれ、なんらかの行動を起こせば、少なからず変化が訪れることは知っている。ぼくはあのときの宮古島で、伊是名へ続く扉を開けていたのかもしれない。

 念のために記しておこう。この新潟-沖縄の旅の工程は、復路(帰り)の券がキャンセル待ちでなかなか確定しなかった。確かGW明けに予約を入れたのだが、8月を過ぎても決済に結ばなかった。ぼくは痺れを切らしてしまい、帰りを1日遅らせる工程として手続きを進めた。
 連休の絡むこの時期のエアは人気のうえに高価であることを学んだ。そういった事情で金曜に出発して翌週の火曜に帰宅するという4泊5日の旅となった。

 新潟からの離陸が予定より遅れたことを受け、那覇空港の到着は若干遅れた。時間の制約は特になかった。予約する赤嶺のホテルにチェックインし、さっそく翌日の支度に取りかかった。
 自転車をパッキングして運ぶ「シーコン」はなかなかの大荷物だったが、各所に設置されているエレベーターのお陰ですんなり運ぶことができた。だが、もしもエレベータがなかったら…、想像するのはぼくだけだろうか。観光の土地とあって公共交通機関の利便性が高いと感じた。

11/2(土)
 朝7:00。チームの若人2人が迎えにきてくれた。彼らとは実に10ヶ月ぶりの再会だ。噂に聞き及ぶウチナータイム(沖縄時間)があるか?なんて思わないこともなかったけれど、誠実な彼らは予定通り迎えにきてくれた。ぼくら3人はOさんの運転で今帰仁(なきじん)村の運天(うんてん)港へ向かった。
 このほんの少し前こと。宿泊したホテルのロビーで同じく伊是名トライに参加する関西からいらしたご夫婦に声をかけられた。ぼくのロードバイクに呼び鈴がわりに装着している黄いアヒルのソフビ(通称2代目村長)が目にとまったらしい。この相棒はどこでもウケがいいのだ。
 お話をしていると伊是名行きのフェリーはかなり揺れるとのこと。一瞬、頭が真っ白になったが、酔い止め薬を余分に持ってきているので、なんとかなるだろうと思った途端、昨年はハンパない揺れで〜と追加情報をいただいた。
 台風の通過した今年はきっと揺れるだろうと、彼ら見解に脆弱な三半規管を有するぼくはなす術はなく、諦めるしかなさそうだった。と、そんな話を移動の車中でしたところ、同乗するMTさんは、昨年の状況を赤裸々に教えてくれて、僕らは甲板でビニール袋を持って待機しようと話し合った。前途多難とはこのことだ。

 沖縄北部、今帰仁(なきじん)村の運天港には2時間ほどで到着した。こじんまりとした港にはトライアスリート達のバイクが散見され、フェリー乗り場の一角に備えつけられた大会参加歓迎の横断幕が雰囲気を醸し出していた。
 年季を感じさせる運天港のフェリー乗り場から、伊是名島へ1日2往復フェリーが運航されている。
車から荷を降ろしていると副キャプテン殿とMさんが現れる。彼らとは春の宮古島以来の半年ぶり。硬い握手を交わす。こうして伊是名トライ参加メンバー、チームテチの5名が揃った。

 定刻通りフェリーは伊是名に向けて出港した。おおよそ1時間の航行だ。予定通りビニール袋をポッケに船の甲板にでると、真っ青な空の下に湾内を展開するパノラマを見渡すことができた。そして、しばらくすると船首が大きく下がり船体が揺れはじめた。足元が不意に下がり、ゆっくりと隆起する。船首の方にいると潮の飛沫を被った。
 群青の海面には飛魚たちが、船の進行に驚いたように逃げまわる。甲板にいたOさん、MTさんと会話しながら、船が揺れていることを意識しないように努めた。船上を見上げるとソナーがくるくると回転していた。
 伊是名から那覇の航行は、新潟から佐渡両津のそれとはまるで違った。船のサイズは佐渡フェリーの半分ぐらい。太平洋に浮かぶ島々へ渡るために持ち合わせなければならない逞しさをぼくは想像すらしていなかった。上下する船にしがみつくように島への早い到着を願った。
 目指す伊是名島を目視で確認できるようになる頃には、さほど揺れなかったねと人々が口々に感想を述べていた。同胞は少なくなかったようだ。ポッケに忍ばせたビニール袋の出番はなかった。この日は単にラッキーだったのかもしれない。伊是名へ、あるいは太平洋の離島へ向かうということは、船酔いの克服が必須であること思い知った。

 お昼頃、伊是名島の仲田港に到着。ついに上陸だ。宿は港から数百メートルほどの場所で、ランコース沿いでもあった。ぼくら5人はご縁のある方々のご自宅を訪問した。
 ぼくは初めましてなので会話の頃合いを見計って新潟からやって来ましたー、と合いの手のように差し込んだ。お邪魔させていただいたS子さんのご自宅には、いつぞやの国営放送の朝の連続ドラマでみた沖縄風の御仏壇や、大きな海亀の剥製を目にすることができ感激した。

 伊是名島は沖縄の原風景の残る島らしい。どこまでも広がる青い空、珊瑚礁と紺碧の海、舗装された道路に迫り出さんとする生い茂るさとうきび、尚円王のお墓、銘苅(めかる)家、珊瑚を積み重ねた黒い塀、赤や黄色のハイビスカス。どれもこれもぼくには目新しかった。そしてなにより、島の人々が明日のトライアスロン開催を真摯に受け入れ、参加するぼくらを歓迎してくれていることがひしひしと伝わってくるのが嬉しかった。大人達はもちろん、おじぃもおばぁたちも目を輝かせるように、明日は天気だといいねぇとか、どこに泊まっているの?と声を掛けてくだった。子供たちだってちゃんと理解している。島には小学生1年生は13人、2年生は8人いるよと太陽のように輝く笑顔で教えてもらった。
 バイクースを一通り下見したあと、小心者のぼくは翌日が不安になった。このときはとにかくランコースの険しさが際立っていて、そこにばかり気をとられていたのだった。
(続く)

2024年10月のまとめ

 意欲的なトレーニングが積み上げられとはいい難い。新潟シティマラソン、そして翌月初めの伊是名88に連なるというはじめてのローテ。レース前後のコンディション、3種目練のどれに重きをおくかかにやや悩む。

10月のトレーニング・・・Swim7.2(7)、Bike121(4)、Run160(13)、Rest.10

10/1(火) 朝 筋トレ(10) 夕 トレミ12(67)
2(水) 夕 トレミ10(60)
3(木) 夕  筋トレ(16)、スイム0.6(10)
4(金) 休養
5(土) 午前 ロード25(138)
6(日) 朝 ロード11(73)
9/30~10/6(km)…S0.6、R58、Re.2

7(月) 夕 スイム1.4(22)
8(火) 夕 スイム1.5(23)
9(水) 夕 トレミ7(40)
10(木) 夕 筋トレ(20) アクテイィブレスト
11(金) 夕 ロード5(30)
12(土) 休養
13(日) 新潟シティマラソン(NET 3:49:44)午後 スイムちょっと
10/7~10/13(km)…S3.0、R54、Re.2

10/14(祝) 夕 スイム1.1(18)
15(火) 朝 筋トレ(13) 夕 スイム0.5(10)
16(水) 休養 
17(木) 夕 エアロバイク20(43)
18(金) 休養
19(土) 午前 エアロバイク22(45)
20(日) 午前 ロード13(72) 夕 筋トレ(13)
10/7~10/13(km)…S1.6、B42、R13、Re.2

21(月)、22(火) 休養
23(水) 夕 エアロバイク22(45)
24(木) 夕 ロード7(40)
25(金) 夕 ロード6(38)
26(土)  休養
27(日) 午前  バイク57(114)、ロード5(29)
10/21~10/27(km)…B79、R18、Re.3

28(月) 夕 スイム1.0(18)、トレミ5(30)
29(火) 夕 スイム1.0(18)、トレミ5(31)
30(水) 夕 トレミ7(40)
31(木) 休養

2024年11月1日金曜日

今週末は伊是名、台風21号接近中。2024.10.28~11.1

 この時期にトライアスロンに参加するのは初めてだ。こちらと沖縄の最高気温の差が10℃以上に生じているのが想定外だった。沖縄は常夏なのだ。接近する台風21号もしかり。準備や対策はするけれど、どうすることもできないことに心を砕くのはやめにして、バカンスモードに変更しようかとも思わなくもない。
 さて、伊是名の走破計画。
 スイムは40分、バイクは2時間とちょい。現地時刻am11時50分以内なら及第点。
 ランは5分半/kmですすめられれば、なんて思うけれど当日の気温次第か。現時点の天気予報(名護市)では最高気温30℃と環境は厳しそうで、ランは2時間を超えてしまうかもしれない。
 バイクで時計を稼ぎたいけれど、コースがわからないので大口をたたくのは控えることにして4時間50分以内のゴールが第1目標、ついで5時間以内を目標にしたい。
 天は味方してくれるのだろう。新潟シティマラソンからここに至るまでのトレーニング量は計画の半分ぐらいであまり自信はない。風邪をひいたりしたが現時点では体調には問題なく、恒例のレース前のカフェインとアルコール制限もできている。
 完走目標はあまり好きじゃないので、倒れたときは仲間達に面倒をみてもらうことにして目標にこだわりたい。

1.タイムとカロリー
●スイム2km 40分台 (60s/50mペース) …450kcal
●バイク66km 2時間5分 (12時前にはランへ) …1,500kcal
●ラン20km 1時間55分(サブ4ペースぐらい) …1,500kcal


2.補給

 カロリー計算は測定値(ガーミン)を参考にしている。合計は3,450kcal(今回もラン時の消費カロリーは大目に算出)のうち、おおよそ1,600kcalを準備する。

 バイク時のスペシャルドリンク2本(粉飴ベース240g/1,000Kcal)、Vespa2個、ライスピュレ各種4個は各100kcal、カフェイン含有のKODA(コーラバニラ)、とっておきのモルテンGEL2個。


3.レース前のルーティーン

 ウォーターローディングとしてアルコールは3日前、カフェイン(コーヒー)は5日前から摂取をやめる。大会前日のお昼から炭水化物を多目、夕ご飯は午後6時頃に食べたい。当日の朝は5時半起床してすぐに朝食を摂りたい。


★トレーニング備忘録
10/28(月) 就業後ジム、プール直行。実に2週ぶりのスイム。掻き数がやや多い感じがいかにも久しぶりのスイムって感じがする。1,000m泳いで、30分トレミでジョグ。

29(火) 就業後ジム。この日もプールへ直行。ストレッチを入れて500m泳はギリ9分切り。キック、スカーリング、ヘッドアップなどドリルを入れて1,000mでヤメ。やっぱりトレミで30分ジョグ。もっとスイムは速くなりたいと思っているのだがトレーニングに反映できていない。ネット検索していると自身のレベルの低さを痛感する。より謙虚になろう。そして現状は水中フォーム改善に尽きる。飽くことなく取り組んでいくしかない。

30(水) 終業後はジム。気持ちが重かったかが一応の解決をみたので、更に気分を上げる為にジムへ。ストレッチからトレミでビルト走。

31(木) 伊是名の最終調整なんてものには程遠いが、終業後ジム、スイム。

11/1(金) 朝は筋トレ。ボールクランチ20レップ×5セット、サイドクランチ20〜35r×3s、脚上げ60秒×3s、膝コロ8~10r×3s。サイドレイズ8〜10r×3s。
 ここは有給を使ってまずは沖縄、那覇を目指す。午後、ホテルに到着してバイクを組み立てたあと早速ジョグへ。外の気温は28℃。台風の影響だろうか風が強い。汗だくになりながら那覇マラソンコースをトレース、赤嶺から小緑あたりを徘徊する。
 至る所に険しい起伏があってキツかった。走り終えシャワーを浴びるときに鏡に映った自分の顔がまるで鬱血したように真っ赤だった。気温差10度以上の環境に飛び込んだからか?

(以降は別記します。)

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
28(月) 夕 スイム1.0(18)、トレミ5(30)
29(火) 夕 スイム1.0(18)、トレミ5(31)
30(水) 夕 トレミ7(40)
31(木) 休養
11/1(金) 朝 筋トレ(38) 夕 ロード8(48)
10/28~11/1(km)…S2.0、R25、Re.1